53.メアリー様の中へ
私は今、幽体でメアリー様の中にいる。
メアリー様の中はとても静かだった。
いや、メアリー様がそのように思考をコントロールしているのだろう。
それが出来るなんて、さすが年の功である。
「誰が年寄りですか!」
メアリー様の怒声が直に聞こえる。
「す、すみません!」
思考のコントロールが出来ていないのは、私の方でした!
私は意識的に集中をして、メアリー様の心の声に耳を傾けた。
「お祈り」とは、人々の体や心の異常を治すものです。
始祖様は祈るだけで人々を治しましたが、子孫の私たちにはそのような力はありません。
考えて作り出した力が、「変化の祈り」です。
「変化の祈り」は、体や心の異常を変化させて元の状態に近づける「お祈り」です。
しかし急激な変化は患者の体に負担がかかるため、少しずつ変化させ治していきます。
治療にかかる時間は、軽い症状で2週間ほど、重い症状だと年単位必要です。
数百年に一度現れるという「お祈り」の力が強い者は、「浄化の祈り」が使えるため、少しずつというまわりくどいことをしなくても、患者を治すことが出来ます。
「浄化の祈り」は始祖様が使用した「お祈り」に近いものだと言われています。
そして「浄化の祈り」の基礎は「綺麗にすること」で、先日ココさんが汚れた顔と髪を綺麗にしたことがまさに「浄化の祈り」の基礎となります。
ここまでメアリー様の心の声を聞いて、私は妙に腑に落ちていた。
つまり「変化の祈り」は「浄化の祈り」の下位互換というわけだ。
でも私からすると、「変化の祈り」の方が応用がきいてバリエーションが豊富だ。
私がやった「匂い変化の祈り」と「巨乳変化の祈り」は、体の異常は治せないけど、かなり面白いバリエーションだと……
「面白さは必要ありません」
メアリー様が私の思考を一刀両断する。
「す、すみません……」
うーん、私がやった「お祈り」はかなり邪道だったようだ……。
大事なのはここからです。
何故「お祈り」を継承しているかということですが、始祖様の言葉に「いずれ来る災厄に備えて継承すべき」とあるのです。
「災厄」の中身は分かりませんし、いずれとはいつなのかも分かりません。
ですが、この力を与えられたシスネロス家の者には責任があります。
始祖様の力は「治すこと」でしたので、子孫の私たちは「変化の祈り」をより「治すこと」に向けて鍛錬しています。
鍛錬の仕方は実践のみと言われていますので、シスネロスの教会はその実践場所となります。
もちろん信者の方々や治療目的の患者の方々を実験台のようには扱いません。
誠意を持って慎重に接しております。
「あ、あの、これって、コイラーン領でもやった方が良いということでしょうか?」
メアリー様の説明が一区切りついたところで、私は心の中で質問をした。
「いえ、『お祈り』をそのように広げるつもりはありません。コイラーン領では目的と必要性を理解し、決して悪用せず言い広めたりしないようにして下さい。それに、ココさんには普通に暮らしていただかなければなりません」
「……神託でそう言われたからですか?」
私は少しいぶかしんで尋ねる。
「ココさんが神託を怪しむのも理解しますが、神官長が神託を授かるのは初めてではないのです」
「そ、そうなんですね!」
「私が口伝者になったのは神託でそう言われたからなのですよ」
「そんな……! 口伝者は力が弱まるのに、神官長はそれをメアリー様に伝えたのですか?」
私が驚くと、メアリー様がふっとほほ笑んだイメージが伝わってきた。
「口伝者なんて、楽なものですよ。神官長になってしまったら、一生祈って過ごすことになります。あの人の息苦しさを、ココさんのお母様は和らげてあげたのでしょうね……」
「メアリー様……」
なんて言ったらいいのか分からず、私の困惑だけがメアリー様に伝わってしまう。
「……ココさんは結婚を目標にしているようですが、結婚なんて別にいいものではありませんし、結婚後の方が本当に大変なのですよ」
「うっ……! 言葉の重みがありすぎます!」
私の反応に、メアリー様は笑っているようだった。
「さあ、口伝はここまでです。体に戻ってくださいな」
私は「ありがとうございました」と言い、メアリー様の体から出て、私の体に戻った。
私がメアリー様から聞いたことは、心の中を通してジュリー様にも伝わった。
「あの、それでどうでしょうか? 力は弱まっていますか?」
体に戻った私は、身を乗り出すようにしてメアリー様に尋ねる。
「そう、ですね……。あまり変わった感じはしませんね」
メアリー様は、手を握ったり開いたりしながら答える。
「ですよね! 私から見ても、メアリー様の力は変わっていません!」
私は安堵の息を吐く。
メアリー様は私の様子を見てほほ笑んだ。
「少々裏ワザのようで後ろめたいですね。ですが、良かったかもしれません。ニールにも同じ方法でココさんから伝えていただけますか?」
私は「はい」と言おうとして、とどまった。
同じ方法ということは、ニール様の中に、入る……?
「そ、そ、それは、ちょ、ちょっと、無理……かも……」
私はメアリー様から顔を背けて、どもりまくる。
「何が無理なのですか? 何の躊躇もなく私に入りましたよね?」
メアリー様は首をかしげる。
「だ、だって、なんか、エ、エロくないですか!? ニール様に入るとか、ニール様が入るとか……」
私がしどろもどろに答えると、メアリー様は呆れた表情になった。
私の心の中で、ジュリー様からも同じようなイメージが伝わってくる。
「ニ、ニール様の思考をうっかり読んじゃったり、私の邪な気持ちがバレたりしたら、死ねるじゃないですか! はっ! ニール様が私のことウザッて思ってるのを知るのもヤダぁっ!」
私はムンクの叫びなみの表情とポーズをとり、椅子をガタガタと揺らす。
「……ちょっと、ジュリーと代わってください!」
メアリー様の怒気のこもった声に、私はすごすごと意識の奥へ引っ込んだ。
「伯母様すみません。ココさんは恋愛が絡むと、かなり残念になると言いますか……」
私(ジュリー様)が溜息と共に言う。
「ええ、まあ、よく分かりました。ニールへの伝え方はジュリーに任せます」
メアリー様と私(ジュリー様)は、同時にハァーと息を吐いたのだった。




