52.口伝ではない方法で
シスネロス公爵家の勉強部屋で、ジュリー様の伯母であるメアリー様から、「お祈り」を口伝した者が力を失っていく、という話を聞いた私は考え込んでいた。
冷静に考えて、それはおかしい。
記録に残したら一族全員の力が弱まるというのも不思議だ。
「お祈り」は、力さえあれば正しく理解していなくても、ジュリー様から聞いた話で、私やニール様のように見よう見まねで使えるのだ。
口伝する人が伝えているのは、言葉だけではない?
「あの、もしかしたら、弱まるというよりは、伝えた相手に力を渡すということでしょうか?」
私はメアリー様の目を真っ直ぐに見た。
「さすがココさんですね。おそらくそういうことだと思われます。ただ、私は元々力があまり強くありませんので、伝えた相手、アシュリーとルーカスとイライザの力が劇的に強まったという感じはありませんでした」
メアリー様はふふっとほほ笑む。
なるほどね……。
結局、始祖様の力を分け与えている感じなのかもしれないな。
これは、確かに他家に広められない。
広めすぎると、一人一人の力はかなり弱まる。
「数百年に一度、ココさんのように生まれつき力が強い者が生まれることもありますが、力の平均値はイライザくらいですね。まあ、そういう事情ですので、マーチに命じてココさんをずっと見守って……、監視しておりました。まさか前世の記憶があり、ジュリーを降霊させているとは思いませんでしたが……」
メアリー様は、ふぅ、と息を吐いた。
前世の記憶と霊感が強いことは、母にも内緒にしていたから、シスネロス家には伝わらなかった。
ジュリー様に出会わなければ誰にも言うつもりはなかったし、ケビンとの婚約破棄がなければ、私は普通に生活していたかもしれない……
「でも、わたくしとココさんは出会う運命でした、と思いますが……」
私の中のジュリー様が私に気持ちを伝える。
はい。それは、その通りです。
「たられば」には、意味がありません。
私とニール様も出会う運命だったのです。
……やばい、ニール様が圧倒的に不足しています!
お顔を見ないと枯渇します!
「ココさん、落ち着いてください! 今は『お祈り』の勉強中ですよ!」
私の中のジュリー様が必死になだめてくれる。
私が目を白黒させる様子を見て、メアリー様は溜息をついた。
「またジュリーと話しているのでしょうが、『お祈り』の口伝をいたしますね……」
「あ、メアリー様! 口頭ではない方法でお聞きしてもいいでしょうか?」
私は身を乗り出して、メアリー様の言葉を遮った。
「口頭ではない方法って……、書くのはダメだと先程言いましたよね?」
「いえ、書くのではありません。私がメアリー様の中に入ります!」
勉強部屋がしんと静かになる。
いや、この部屋にはメアリー様と私しかいないので、うるさくはなかったのだけど。
「……中に入る?」
「はい、降霊術の逆ですね。メアリー様の中に私が幽体で入って思考を読み取ります。もしかしたら、力が弱まらずに済むかもしれません」
メアリー様は目を見開いた。
「あなた、簡単に言いますけど、それがどれほど危険で難しいか……」
「私はこの道の専門でした。霊に憑かれた人の中に幽体で入って、霊を引きずり出したこともあります」
私は胸をドーンと叩いた。
「そ、そんな荒療治なことをしていたのですか!? シスネロスでは悪い動物霊などに取り憑かれた人は何日も『お祈り』を受けに通っていただくのですよ!」
メアリー様は珍しく声を張り上げる。
「あ、普通はそうですよね。でもぶっちゃけ、物理で追い出した方が早いし、取り憑かれた人への後遺症もないのですよ。除霊はその後ゆっくりやればいいのです!」
私は除霊は専門ではないが、霊感が強すぎたためか、私を前にすると、霊は諦めて帰っていくのである!
厳密に言うと除霊ではないかもしれないが、除くという意味では間違ってはいないので、私はこれを除霊と呼んでいる。
メアリー様は頭を押さえた。
「ちょっと、理解が追いつきませんが、まあ、試してみる価値はありますね……」
「ココさん、凄すぎますわ……」
私の中のジュリー様の複雑な呟きが聞こえてくる。
「ではやってみますね。ジュリー様、体をよろしくお願いします!」
私はスッと幽体離脱をして、メアリー様の中にスゥッと入っていった。
「何の躊躇もないのですね!?」
メアリー様は驚愕の声を上げている。
「ココさんは恋愛が絡まなければとても優秀なのですよ」
体を任された私(ジュリー様)は苦笑する。
私はなるべく『お祈り』以外のことは感じ取らないよう気をつけながら、メアリー様の心の言葉に耳を傾けたのだった。




