51.お祈りの口伝者
私がシスネロス公爵家で淑女教育を始めてから、2ヶ月が経とうとしていた。
母のマーチとメアリー様と私の中のジュリー様の厳しい指導のおかげもあり、私は姿勢も良くなり、ずいぶん淑女らしく振るまえるようになった。
シスネロス家はとにかく広くて、客室とは別に、家具や調度品を極力置いていない「勉強部屋」という部屋が存在する。
私は今日の講義が行われるその勉強部屋の椅子に姿勢よく座っていた。
今日はメアリー様による、「お祈り」の講義だ。
シスネロス家では「お祈り」が使える人しか勉強しない内容があるそうで、ジュリー様も初めて聞く内容だと思われる。
実は私は、「お祈り」についてちゃんと勉強したいと常々思っていた。
「お祈り」は、普段の生活では一切使用されていない。
つまりこの力は、生活を便利にする力ではないのだ。
「お祈り」は何のために継承していて、何故シスネロス家から出さないようにしているのか。
これを学ばないと、約定を理解しないままシスネロス公爵家とコイラーン侯爵家が協定を結ぶことになる。
「ココさんは恋愛が絡まなければ、驚くほどしっかり物事を考えていますよね……」
私の中のジュリー様が、呆れたような感心の念を送ってくる。
「でもジュリー様、この状態は私にとっては良くありません。ニール様に会わなさすぎて、干からびそうです」
私は至極真面目に答える。
「さすがココさんですわ。本気でおっしゃっていますね……。でも、干からびはしないと思いますが……」
「いえ、干からびます」
「…………」
ジュリー様の諦めたような感情が伝わってきたが、本当なので仕方がない。
私の魂は、「お祈り」や「淑女教育」よりも、本気で素敵な男性との恋愛と結婚を望んでいるのだ。
何度も転生を繰り返し、何百年も恋愛と結婚をせずにいた積年の恨み(?)は恐ろしい。
自分自身でも、この望みの重さに若干引いている。
ほどなくして、侍女と共に車椅子のメアリー様が勉強部屋に入ってきた。
侍女は車椅子を机の前まで押すと、一礼をして退出した。
私は立ち上がって「お願いします」と礼をする。
メアリー様も軽く頭を下げると、抱えていた3冊の本を私の前の机上に置いた。
3冊とも辞書並の分厚さである。
「まず初めに、『お祈り』には教本は存在しません。全て口伝となります」
メアリー様の言葉に、着席した私は机上の本を見た。
「それはシスネロス家の歴史です。教本ではありません」
なるほど、まず歴史からね。
これは納得である。
歴史というのは、驚くほど他の学問と結びついているのだ。
「それは読んでおいてください」
な、なるほどね。
確かに歴史の教科書を読むだけの講義は意味がない。
歴史好きな人は大体自分で読みあさっている。
……いやいや、読んでおいてって簡単に言ったけど、分厚すぎる……。
私の中のジュリー様が、「要約できるところは要約しますわ! 頑張りましょう!」と励ましてくれる。
私もう、ジュリー様なしでは生きていけないかもしれない。
「では、『お祈り』について話しますが、メモなどは取らないでくださいね」
「は、はい!」
メモを取ってはいけないというのは、記録を残すな、という意味だろうか。
なんだか、徹底している。
「まず、『お祈り』の始祖ですが、およそ1000年前の金の女性だったと言われております」
メアリー様は、淡々と話し始める。
「金の女性……」
私の中のジュリー様が呟く。
「始祖様は、祈るだけでどんな病気も治せたそうですが、ある日この国の王子と恋に落ち、結婚をし、子どもを授かりました」
なんと、特別な力を持っていた始祖様でさえ、恋愛と結婚をしているよ!
なんで私は出来なかったの?
もしかして、何度転生してもぶさいくだった件?
「ココさん! 論点がズレていますわ!」
私の中のジュリー様が必死に私に訴えている。
「ですが出産をした始祖様の力は半減し、何人かお生まれになった御子様たちも、始祖様ほどの力はありませんでした」
出産をすると、力が半減するということか。
それで神官長になった女性は「聖女」と言われて結婚を禁じられているのね。
「『お祈り』の力が遺伝することは証明されましたが、『お祈り』が発現しなかった御子からは、二度と『お祈り』が使える御子は生まれませんでした」
それは、なんとなく、分かっていた。
だから、「お祈り」が使えないとされたジュリー様は他家に嫁げたのだ。
「シスネロス家は元は王家ですが、『お祈り』の力を守り神職に特化するため、分家し公爵家となりました」
元は王家で1000年の歴史があるから、本が分厚いのね!
私はウンウンと頷く。
「『お祈り』の主な力と目的ですが……、いえ、その前に、何故口伝なのかという話ですが、記録として残すと一族全員の力が弱まる……と言われております」
メアリー様は目を伏せる。
「……え? そんなこと、ありますか?」
私は瞬きをする。
「そう思いますよね。でもこれは信じざるを得ないのです。なぜなら、口頭で伝えた者の力は、確実に弱まるからです」
淡々と言葉を発するメアリー様を、私はすぐには信じることが出来なかった。
「あの、口伝を実行した人の力が弱まるということは、メアリー様は私に伝えることでどうなるのですか?」
私の質問に、メアリー様は弱々しくほほ笑んだ。
「私はこの世代の口伝者に認定されています。伝える度に『お祈り』の力は弱まっていきました。あなたに伝えることで、力を完全に失う可能性はありますね」
私は愕然としていた。
私の中のジュリー様の「そんな……!」という呟きが、私の頭の中で響いていた。




