48.淑女教育
シスネロス公爵家に一泊した翌日、昨夜と同じメンバーでのダイニングルームの朝食の席で、私は衝撃の事実を聞かされた。
「え!? 私はこのままシスネロス公爵家に残るのですか!?」
私はフォークを持ったまま叫んでいた。
ちなみに今日の朝食は、ふかふか白パン、かぼちゃのスープとサラダ、スクランブルエッグにソーセージという、何とも王道かつ美味しそうなメニューである。
「シスネロス公爵家の養女として隣国に嫁ぐのですから当然です。淑女の教育もいたします」
メアリー様が毅然とした態度でピシャリと言う。
書面だけのことだと思ってたよ!
ニール様と離れて暮らすことになるじゃないか!
「大伯母様、具体的には誰の養女で、期間はどのくらいでしょうか?」
ニール様は冷静にメアリー様に尋ねている。
「まだ決定ではありませんが、アシュリーの養女にしようと考えています。期間は半年ほどでしょうか」
アシュリーって誰?
ていうか、半年?
半年もニール様に会えないの?
私が呆然としていると、私の中のジュリー様が「アシュリー兄様は伯父様と伯母様の息子でココさんのお兄さんに当たる人ですわ」と教えてくれた。
この国の宰相をしているという腹違いのお兄ちゃん(50歳)か。
やっぱり貿易の再開も絡めているんだな。
しかし、兄妹なのに親子になるのは複雑である。
「大伯母様、淑女教育に半年も必要ないと思いますが?」
ニール様は質問を続ける。
「それはココさん次第ですね。言葉使いも姿勢も全くなっていませんので」
メアリー様は、またもやピシャリと言う。
そりゃそうだよ。
ずっと平民の村娘Bだったのだから。
さすがに前世のバイト履歴にも、「貴族令嬢」はない。
「ココさんはどうですか? シスネロス家としては、別に何年かかってもいいのですよ?」
メアリー様は私を見てほほ笑む。
これは、真面目にやらないと、うやむやにシスネロス家の一員になる流れである。
「私、勉強は嫌いではありません。公爵家の皆様のお手を煩わせないように励みたいと思います」
私もメアリー様にほほ笑む。
ここは、変に反抗するより、速攻でマスターして、ニール様に嫁ぐのが得策である。
「良い心がけですこと。期待しております」
メアリー様は笑顔を消して淡々と言う。
私は朝食のメンバーを見回した。
メアリー様の両隣には、浮かない顔の神官長と少しムスッとしたイライザ様。
私の両隣には、ニール様と執事様が座っている。
昨日も思ったけど、母は貴族なのに同席してはいけないらしい。
シスネロス家ではないし、お客様でもないからだろうか。
シスネロス公爵家は、ちゃんとした貴族なのだろう。
これは淑女教育も厳しそうである。
ニール様と執事様は、朝食後にシスネロス公爵家を発つことになり、私と私の中のジュリー様はお見送りのため、シスネロス家のエントランスにいた。
「あの、執事様。昨日はイライザ様の前で不適切な発言をしてすみませんでした」
私は執事様に頭を下げた。
しばらく会わないし、お互い悪い印象のまま別れるのは良くない。
執事様は少し驚いた顔をした後、ペコリと頭を下げた。
「私も申し訳ありませんでした。何も叩くことはありませんでした」
うん、本当にその通りだよ。
ケーキとフルーツにダイブした時は、さすがに恨んだよ。
そして最後に美味しくいただいた(地球の常識)ら、メアリー様に怒られたよ。
「クロック、今後は叩くにしてもココには触らないようにね」
ニール様が意味不明なことを言い出した。
というか、ニール様的には私が叩かれるのはいいのだろうか。
「お言葉ですが、触らないで叩くのは無理です」
執事様が真面目に返答する。
「そう? 手刀で風を起こしてとか、クロックなら出来そうな気がするけど?」
ニール様はニヤリとしながら言う。
え? まさか、そんな少年漫画みたいなことが出来るの?
執事様は、手刀のさわやかな風で、相手をぶっ飛ばせるの?
ちょっと見てみたい……
「ココさん! ニールにからかわれているだけですわ!」
私の中のジュリー様が必死に訴えている。
私の表情があきらかに不機嫌になったのを見て、ニール様はふふっと笑った。
「残念。お母様が教えてしまいましたか」
『ニール様、性格悪いです!』
私と執事様の声が重なった。
とはいえ、ニール様の意地悪のおかげで、私はニール様に悲しい別れの言葉を言うことなく、笑顔でお見送りすることが出来たのだった。
かくして、シスネロス家での私の淑女教育が始まった。
主に教師は、メアリー様と母のマーチ、そして私の中のジュリー様だった。
メアリー様は、私の能力を調べることも目的としているようだった。
実の父である神官長と12歳のイライザ様は、日中は教会に出向いているため、あまり会話をすることはなかった。
そして、ニール様と別れて2週間後。
私は養父となる兄のアシュリー・シスネロス宰相と会うことになるのだった。




