47.私を嫌わないで
シスネロス公爵家の客室へと続く通路で、執事様はニール様にシスネロス家に来るまでの経緯をざっくりと話していた。
ニール様は相槌を打つ程度で納得し、執事様とは別の客室に入って、ベッドに腰掛けた。
ニール様は幽体離脱をして幽体の私と話をするつもりらしいが、旅の疲れがある状態での幽体離脱はあまり良くない……
「では、出ますね」
ニール様は前回と同じく、簡単にスゥッと幽体離脱をした。
私はハッとなり、とりあえずダブルニール様を拝む。
「その行動は……、まあ、いいですけど、ココは何か気になっているようですね?」
「あ、はい。旅の疲れがある状態で幽体離脱をするのはあまり良くないと思います」
「……そんなことですか。大丈夫ですよ。かなり練習したので30分は幽体の状態を保てます」
「30分はすごいですね!」
ニール様って、試したり練習したりが好きだよね。
そのうち降霊術もマスターしそうだ。
「他にもあるのではないですか?」
幽体のニール様は幽体の私を覗き込む。
「あ、あの、えーと、イライザ様は癇に障らない女性なんだなぁと……」
うう、これじゃあヤキモチ妬いているみたいだ。
いや、みたい、じゃなくて妬いているのか。
「……女性?」
ニール様は少し考えた後、「ああ!」と言った。
「そうですね。イライザは癇に障りません。可愛いイトコですしね」
「か、可愛い……、た、確かにイライザ様は可愛いですよね!」
私は何とか答える。
幽体なのに、このモヤモヤは何なのだ!
ていうか、ニール様は、癇に障らない女性は、ジュリー様を除けばシンディ様と私だけだと言っていたのに他にもいたということだ。
イライザ様は親戚だからいいのか?
いや、私もジュリー様のイトコなんだから、親戚だよ!
あれ? ニール様って、私を好きなんじゃなくて、親戚だから癇に障らないってだけ……?
すると、ニール様がクスクスと笑い出した。
「すみません。ヤキモチを妬くココが可愛いので少々からかってしまいました」
「か、からかう?」
「はい。イライザは大人っぽく見えますが、まだ12歳なんですよ」
「え? ええーっ!?」
私は驚愕の声を上げていた。
いや、幽体なので、声を上げたという言い方も変なのだけど。
「やはり同じくらいだと思っていましたか。クロックが怒っていた理由は、子どもの前でココが『巨乳』や『手足を縛られて監禁』などと言ったからだと思いますよ」
私はイライザ様の反応を思い出していた。
「巨乳変化の祈り」の時、イライザ様はお顔を真っ赤にされていた。
そもそも、私を棒で叩こうとした行為も、子どもならではの行動だったのだ。
この世界の平均的な成人は16歳である。
12歳は立派な子どもだ。
「す、すみません! 私ってば、純粋な子どもの前でアダルトな言動をしてしまったのですね!」
「アダルト……? まあ、確かにココは、経験が全くないのに知識は豊富ですよね……」
それは前世が25歳で、情報が溢れる世界だったからなんです!
しかし、コレは言い訳にならない。
その情報を好んで見たのは私なのだから。
私が押し黙っていると、ニール様は再び私を覗き込んだ。
「手足を縛って監禁してほしいのですよね?」
「ち、違っ、それ、それは、言葉のアヤと言いますか、その場のノリと言いますか……!」
私は幽体の首を横にぶんぶんと振る。
「そうですか。ちょっと面白そうだなと思いましたが……」
「面白そう……! い、いえ! この話やめましょう! 変な扉を開きそうです!」
ニール様は「変な扉?」と笑っているが、笑い事ではない。
ニール様は確実にドSの扉を開いてしまう。
「あの、ニール様は、何故12歳のイライザ様をいつもいじめるのですか?」
私は話を変える意味も含めて、ニール様に尋ねてみる。
ニール様は笑うのをやめてうつむいた。
「……イライザは負けず嫌いなのですよ。ああ言っておけば、『大嫌いなニール兄様』に負けるわけにはいかずに頑張るでしょう?」
「……どうしてわざわざ嫌われるように振る舞うのですか?」
ニール様が「癇に障る」女性が多いことで生きづらいことは知っている。
自分の特性で女性を傷付けないように、そもそも女性を近づけないようにしている。
でも、「癇に障らない」イトコのイライザ様にまでも嫌われるようにしなくてもいいのに……。
「……そうですね。ココに隠しても仕方ないかもしれませんね。実は私にはお父様側にもイトコがいるのですよ。私の7歳下の女性で名をユリナと言います」
7歳下というと、今は18歳か。
私と同年代だな。
「私は自身に兄弟がいないこともあり、ユリナを妹のように可愛がっていました。ココも知っているとおり、私は10歳でシンディと婚約し19歳で婚約破棄しました。そして私が22歳になるころ、ユリナから『結婚してほしい』と言われたのです」
「え! そ、そうなんですね……」
「私は驚きました。ユリナにではなく、ユリナを『癇に障る』と思っていた自分にです。あんなに可愛いと思っていたユリナを、私は『そういう女性』として認識したのです」
私は下を向いて黙っていた。
この話は、他人事ではない。
「正式な申し入れではなかったので、私は『妹以上には思えない』と何とか平静を装って断りました。でもその後泣きつかれてしまい、抱きついてきたユリナを私は突き飛ばして……。結局イトコの関係までも壊れてしまいました……」
「そんな……」
「この件は、ユリナは何も悪くありません。むしろ、私の体質のせいで、ユリナは傷付いたのです。ユリナは最後に『ニール兄様なんて大嫌い』と言いました。当然です。それなのに私は、ユリナに嫌われたことに、とてもショックを受けていたのですよ」
「あ……」
「最低ですよね。私は相手を嫌うくせに、相手には私を嫌いになってほしくないのです。そんな関係が成り立つはずはないのに……」
幽体のニール様は、どこか遠くを見ているようだった。
「癇に障らない」イコール「好き」ではないのと同じように、「癇に障る」イコール「嫌い」ではないのだ。
「わ、私は、たとえニール様の癇に私が障っても、ニール様が好きです!」
私は声を張り上げた。
幽体なので、張り上げるというのはないのだけど、ニール様に届かせなくてはと思っていた。
「ココ……」
「ニール様から離れても、本当に嫌われても、私はニール様がずっと好きです! しつこく、しつこく、想い続けます! ストーカーになってもいいです! だから安心してください!」
幽体のニール様はふふっと笑った。
「ストーカーでは安心できませんね」
「た、確かにそうですね! えーと、しつこく想うだけにします!」
「シンディのように念を飛ばすのですか?」
ニール様はニヤッと笑う。
「あ、私を誰だと思っているんですか? 私は念のコントロールが出来ますので、飛ばさないように想うことが出来ます! 密かに想い続けることが可能です!」
私は幽体の胸をスカッと叩いた。
ニール様は下を向いて、ハハッと笑っている。
「あなたは本当に能力の無駄使いですね……!」
私は「無駄使い!?」と、ショックを受ける。
ニール様は顔を上げて私を見た。
「……ココ、あなただけは、私を嫌わないでください……」
「……はい。嫌いません、絶対に……」
ニール様は、臆病な人なんだ……。
いや、もしかしたら、人はみんな臆病なのかもしれない。
嫌われたくないし、失敗したくない。
幽体の私は幽体のニール様を抱きしめた。
幽体同士なので実際には抱きしめた感覚はなかったが、ニール様の寂しさや温かさが私に伝わってきたような、そんな気がした。




