46.お母さん
シスネロス公爵家のダイニングルームに、私の育ての親であるマーチが登場したことにより、私はジュリー様と交代していた。
「お母さん……」
私は呟いて席を立っていた。
実の父親に会えても、産みの母親が亡くなったと聞かされても、正直あまり心が動かなかった。
でも、母のマーチは違う。
数日ぶりの顔を見ただけで、懐かしくて泣きつきたくなる。
「ココさんの侍女としてつけるのは、このマーチです。本当はサイネア侯爵に嫁いでいただくための侍女だったのですが……」
「お母さん!」
メアリー様の話を遮って、私は駆け出してドア前にいた母に抱きついた。
何故か分からないが、涙があふれてとまらなかった。
「ココ、たくさん知って、不安だったでしょうに、よく頑張ったね……」
母は私の頭を撫でた。
そうだ。
神官長の不貞の子どもだということも、産みの母が亡くなっていた事実も、いきなり捕まったことも、シスネロス家に来たことも、おじいちゃんに嫁がされそうになったことも、「浄化の祈り」でニール様の顔色が変わったことも、全部、全部、気を張って受け止めていただけなんだ。
泣きながら頷く私を、母はぎゅっと抱きしめて、神官長とメアリー様を見た。
「恐れながら神官長、メアリー様。ココは何度も転生を繰り返していて、おっしゃるとおり確かにふてぶてしいのですが、この世界ではまだ17歳の少女です。本日はこれ以上はご容赦いただけないでしょうか」
「……そうですね。部屋を用意していますので、ニールも執事の方も今日はもうお休みください。あとジュリーとはもう少し話がありますので、可能でしたらこの人に降霊してもらえますか?」
メアリー様は、神官長を指差した。
事前打ち合わせはなかったようで、神官長はギョッとしている。
「ええ……? 伯父様に降霊は、なんだか嫌ですわね……」
私の中のジュリー様の素直な声が私に流れ込んでくる。
ジュリー様の気持ちは分かる。
降霊術は気持ちまで伝わってしまうから、知り合いに降霊するのは気が引けるのだ。
友人とルームシェアするより、初対面の人とルームシェアした方が、実は気が楽な状況と似ている……かもしれない。
「メ、メアリー。霊を体にとどめることは難しいのだよ。いくらジュリーに力があるといっても、私では5分と持たないよ」
どうやら神官長も気が引けるようだ。
「ココさんは長時間とどめていますが……?」
メアリー様は首をかしげる。
「あ、あの、メアリー様。私は前世『降霊術師』だったので知識と経験があるのです。もちろん、ジュリー様の力と相性が良いこともありますが……、もし良かったら私が体から出ますので、それでお話し下さい」
降霊術はかなりの集中力を必要とする。
高齢の神官長がいきなり試すのは、危険を伴う。
メアリー様は、ふぅと息をついた。
「あなたは本当に……。分かりました。それでお願いします」
私はジュリー様に体を任せて、すうっと外に出る。
「ココ、幽体で遠くに行ってはいけませんよ。他の霊に会った時は……」
神官長は幽体の私をしっかり見て心配そうに話す。
どうやら幽体の私と話が出来るのは、神官長だけのようだ。
神官長、シスネロスで誰よりも強い力を持っているのに、立場が弱い。
やはり浮気などするものではない。
「分かっております!」
「ココ、私も幽体になりますので、部屋で一緒に話しましょう」
ニール様が私の方を見てほほ笑む。
おお! 二度目のダブルニール様!
「ニ、ニール兄様は幽体になれるのですか!?」
イライザ様が大声を上げる。
「あれ? イライザはなれませんか?」
ニール様はニヤッと笑う。
「な! わ、わたくしだって、やろうと思えば、で、できますわ!」
イライザ様は腕を組んで、ふいっと横を向く。
ニール様、なんでそんなにイライザ様をいじめるのですか?
なんかちょっと、モヤモヤしますけど?
「ニール、大人げないですよ! イライザをいじめないでといつも言っているでしょう!」
私(ジュリー様)がニール様を叱りつける。
え? いつも言っているのに、いつもいじめてるの?
イトコとはいえ、ニール様がそんなに女性にかまうなんて、何かあるの?
ニール様は、「はい。すみません」とあまり反省の様子はなく謝っている。
「ココともう少し話したかったのですが……」
母が小さく溜息をついている。
それは、私もである。
母は幽体の私の気配さえ感じ取れない。
私は神官長に「お母さんに明日ゆっくり話しましょうと伝えてください!」と訴える。
「マーチ、ココが明日ゆっくり話そうと言っています」
「そ、そうですか! ありがとうございます」
笑顔の母を見て、私はホッとする。
神官長、便利である。
前世の私は、霊から見て、こういう存在だったのだろう。
だとしたら、霊感が強いのも悪くない。
かくして、部屋に案内されるニール様と執事様の後に、幽体の私はついていったのだった。




