44.浄化の祈り
シスネロス公爵家のダイニングルームは静まり返っていた。
なぜこんなに静まり返っているのか。
それは、私の魂の叫びが全員をドン引きさせ、さらには文武両道である執事様の怒りの平手の力が強すぎたことで、私が目の前のチーズケーキとフルーツの皿にダイビングし、髪の毛と顔とドレスを汚してしまったからに他ならない。
「ココさん! 大丈夫ですか!?」
私の中のジュリー様だけが、私のことを心配してくれている。
大丈夫……じゃない。
ちょっと、執事様、ひどすぎじゃないですか?
これじゃあ昭和のコントですよ?
さすがに泣きますよ?
「ココ、顔を拭くから……」
ニール様の手には、使用人が持ってきたらしい濡れたタオルがある。
私はニール様に顔を見られたくなくて顔を伏せた。
こんな、ケーキとフルーツでベタベタの顔なんか見せられない。
せっかく今日は少しだけお姫様みたいだったのに、タオルでゴシゴシ拭かれたら、お化粧も取れてひどい顔になってしまう。
私が強い力を持っているのなら、今すぐさっきのお姫様に戻して欲しい。
お化粧は残して、ベタベタだけ綺麗にする。
なんの祈りか分からないけど、それくらい出来る気がする……!
「……これは、浄化の祈り!」
イライザ様が再び驚愕の声を上げる。
「こんな、祈ってもいないのに……」
神官長が呟く。
「思っていた以上のようですね……」
メアリー様は溜息をつく。
私は綺麗になった顔や髪をなでてホッとする。
これで、ニール様に顔を見せられる。
しかし、顔を上げて見たニール様は、少し困った顔をしていた。
「……ニール様……?」
名前を呼んでみたけど、ニール様は曖昧な表情をしている。
私はこの顔を知っていた。
数ヶ月前に、この顔をした人を見た。
そう、ケビンが私に「婚約破棄してくれ」と言った時の顔だ。
「ココ……」
「い、嫌です……!」
私は咄嗟にニール様の言葉を遮った。
「これでニールにも分かったでしょう? ココさんはシスネロスが引き取ります」
メアリー様のはっきりした声がダイニングルームに響き渡る。
どういうこと?
なにが分かったの?
「ココさんは『浄化の祈り』を使ったのです! 『浄化の祈り』は数百年に一度現れる聖女にしか使用できない祈りなのですよ!」
私の中のジュリー様が、必死に私に説明している。
じ、浄化の祈り……?
綺麗にしただけなのに?
ま、待って!
聖女ということは、ニール様と結婚できない!?
ふとイライザ様を見ると、泣き出しそうな顔で唇をギュッと結んでいる。
ああ、これは、完全に、そっちの流れだ。
でも私は、聖女になるために転生したわけじゃない。
それに、いくら私が強い力を持っているとはいえ、「浄化の祈り」とやらをいきなり使えるのはおかしい。
「匂い」と「巨乳」の変化の祈りも、やたら調子が良かった。
よし! 私は私の積年の希望(素敵な男性との結婚)を叶えるため、絶対にあきらめない!
「神官長、メアリー様、イライザ様。私はシスネロス家には入りません。なぜなら、この力は私だけの力ではないからです!」
私は高らかに宣言すると、席を立ち、椅子をしまい、ダイニングルームの奥のスペースに立った。
ちょうど、ニール様と神官長に一番近い場所だ。
ダイニングルームにいた面々は、なぜ移動した? という顔をしつつも静観する。
「ココさんだけの力ではないとは、どういう意味ですか?」
メアリー様も、なぜ私が移動したのか分かりかねるという表情をしながら尋ねる。
「それを今からご説明いたします。まずですね、私は『お祈り』を全く知らないと言っても過言ではないのです。そんな何も知らない私が、強い力を持っているとはいえ、『浄化の祈り』とやらをいきなり使えるのはおかしいのです!」
私は言いながら、ゆっくり左右に歩く。
「あの、なぜ歩くのですか?」
執事様が素朴な疑問を投げかける。
「プレゼンに有効だからです」
私は至極真面目な表情で答える。
全員「んん?」と首をかしげていたが、私は気にせず再び歩き出す。
「思えば、一人で練習をしていた『匂い変化の祈り』も『巨乳変化の祈り』も、当社比2倍はあろうかという効果を発揮しました」
私は指をピースサインにして、振りながら歩く。
「当社比……?」
ニール様は口元を押さえて呟いている。
「ポイントはここです! ジュリー様が体に入っていない時にこっそり練習していた『祈り』と、ジュリー様が体に入っている時にやった『祈り』では効果が違うのです! つまりどういうことか分かりますか? ハイ、神官長答えてください!」
私は神官長をビシッと指差した。
神官長は驚いた表情で自分を指差した。
私はゆっくり頷く。
「あ、えーと、ジュリーが力を貸しているということでしょうか……?」
「ハイ、正解です! さすが神官長ですね! つまり、この力は私だけでは成立しないのです!」
私は両腕を広げて、言い放つ。
私は「めちゃくちゃ決まった!」と思ったのだが、ダイニングルームの面々が少し(かなり?)引いていたのは言うまでもない。




