43.私の管理
隣国のシスネロス公爵家のダイニングルームに、突如ニール様が登場した。
「ニール様、どうしてここに……」
「誰ですか! 勝手にダイニングに通した者は!」
私の言葉を遮って、メアリー様が使用人たちを睨む。
「大伯母様、使用人たちを叱らないで下さい。私がどうしてもとお願いしたのですよ。ね?」
ニール様は、ダイニングルームの入り口にいた女性使用人2人にパチンとウインクをする。
「は、はいぃ! 申し訳ありません!」
女性使用人2人は、嬉しそうに謝っている。
さすがニール様。
ご自分の活かし方をよく理解していらっしゃる。
「それに私はイライザのイトコです。別にこの場にいてもおかしくはないですよね?」
確かにイライザ様のイトコだけど、イライザ様はニール様を睨んでいる。
仲が悪いのだろうか。
「やだなぁ、イライザ。久しぶりなのに睨まないで下さいよ」
「ニール兄様とは話したくありません! お会いするたびにいじめてきたではありませんか!」
「そうでしたっけ?」
ニール様は首をかしげている。
ニール様、昔から性格悪そうだなぁ……。
「まあ、良いでしょう。席を用意いたします。ちょうどいいので、ココさんのこれからについて、ニールにも聞いてもらいましょう」
メアリー様は余裕たっぷりに笑った。
結局、神官長、メアリー様、イライザ様の向かい側に、ニール様、私、執事様の順に座った。
デザートはチーズケーキとフルーツだった。
でもケーキやフルーツより、ニール様が隣にいることが嬉しかった。
本当はどうしてここにいるのかききたかったが、メアリー様の目が笑っていないのでやめておこう……
「ニール様は何故ここにいるのですか?」
執事様はサラッとニール様に尋ねる。
この人ある意味本当にすごい。
「ちょっと嫌な予感がしてね、変装して早馬も使いながら来たんだ」
ニール様はそう言うとケーキを口に入れる。
私はニール様がケーキを食べる様をじっと見つめながら、ニール様もやっぱり「変化の祈り」が出来るのかぁ、と思っていた。
髪色と瞳を何色にしたのだろう。
何色でもイケメンなんだろうなぁ……
「……ココは、今日は金色なんですね?」
ニール様はニッコリと私に笑いかける。
「あ、はい! メアリー様に言われて……」
「私はいつものココがいいですね」
え、本当に!?
私の髪と瞳が瞬時に茶色に変化した。
「祈らないで変化した!?」
イライザ様の驚愕の声がダイニングルームに響いた。
神官長とメアリー様も驚いていたのかもしれないが、私は完全に無意識だった。
「やはり、そちらの方がココらしいですね」
ニール様は嬉しそうにほほ笑む。
ああ!
久しぶりのニール様の破壊力がすごい。
私が完全にトロンとしていると、メアリー様がコホンと咳払いをした。
「仲睦まじいようですけどね、わたくしからすると、ココさんと執事さんの方がとても仲良く見えましたわよ」
ダイニングルームが、静まり返った。
私は(おそらく執事様も)思考が停止しかけていた。
あのイジメ現場が、仲良く見えた……?
パワハラやイジメを受けて、勇気を出して必死に訴えたところに、仲良しイジリだったと勝手に結論づけられて話が終わってしまうぐらいの理不尽さを感じますけど!?
ていうか、イジリもイジメだからね!?
「へえ、クロックは私の言うことをきかずにココと仲良くしていたんだ?」
ニール様はそう言うと紅茶を一口飲んだ。
「お言葉ですがニール様。私とココさんが仲が良かった時間は1秒たりともございません」
執事様はスンとした表情で答える。
「そうですよ、ニール様。私は執事様からずっと無視されていました」
私もスンとした表情で答える。
ニール様はふっと笑う。
「大伯母様、何が目的でしょうか? 私とココはこの程度で揺らぐ関係ではないのですが?」
この程度で揺らぐ関係ではない、だって!
ボイスメモに残して目覚ましに使用したい!
そんな私の浮かれっぷりとは真逆に、神官長はニール様とメアリー様を慌てたように交互に見ている。
メアリー様は、ふぅと息を吐いた。
「相変わらず嫌な子ですね。では単刀直入に申し上げます。ココさんの力は強すぎます。こちらで管理いたしますので結婚は諦めて下さい」
本当に単刀直入に言ってきたよ。
貿易の話はどこいった?
「ココの管理でしたら、私がしますよ。お望みとあらば報告書も毎月送ります」
ニール様は笑顔で答える。
ニール様による私の管理!?
なに、この、甘美な響きは……!
私の中のジュリー様が、「ココさん、別に甘美ではありませんわ! しっかりしてください!」と叫んでいる。
「ニールの管理なんて信用できません。シスネロスにはシスネロスのやり方があるのですよ」
「シスネロスのやり方というのが、17歳の少女を67歳の老人の後妻にすることだとは知りませんでしたよ。悪趣味すぎやしませんか?」
メアリー様とニール様は冷ややかに睨み合う。
「メアリーもニール君もやめないか!」
今まで黙っていた神官長が、大きな声を出した。
神官長も言う時は言うのか!? と思ったところで、メアリー様がバンとテーブルを叩いた。
「元はと言えばですね、神職にありながら、あなたが浮気などするからいけないのです! 50を過ぎて、若い平民の女に走られたわたくしの気持ちがあなたに分かって!?」
「す、すみませんっ!!」
神官長がテーブルに頭を擦り付けるように謝っている。
なんとなく分かってはいたが、神官長に期待することは一切出来なさそうだ。
でも、メアリー様の気持ちはよく分かる。
神官長は胸の内に留めてくれたと言っていたけど、仕方なく留めるしかなかっただけの話なのだ。
何気ないふとした瞬間に、ああ、この人には他の女との子どもがいるのだと思い出し、決して忘れることは出来ない。
私に非はないけど、同じ女性だから、メアリー様の気持ちの方が分かってしまう。
だって、ニール様が他の女性と……となったら、私は耐えられない。
私は顔を上げてメアリー様を見た。
「メアリー様。私の管理とは具体的にどのようなことでしょうか? 主に監視ですか? それとも力の制限でしょうか? もしくは、この力の他家への流出を防ぐという意味でしょうか?」
メアリー様は私を見てニッコリと笑った。
「あら、おバカではないようで安心しました。その全てですよ。ココさん」
やっぱりバカだと思われていたのか。
そして、管理とは全てなのね。
「それでしたら、やはり私はニール様と結婚したいと思います」
私は堂々とメアリー様に言った後、ニール様を見る。
「やはり分かっていませんね。ニールはコイラーン侯爵家です。この時点で他家ですから無理なのです」
メアリー様はニール様をチラリと見て言う。
「いいえ、分かっていないのはメアリー様です。もともとこの話は、シスネロス家や『お祈り』の力ではなく、私の魂の希望の話なのです。私の魂は、ニール様に管理されたがっているのです。ニール様にだったら、手足を縛られて監禁されてもいいと、魂が叫んでいるのです!」
「アホかーーッ!!」
バシーンッ!!
私の後頭部は、執事様の3度目の平手で叩かれたのであった。




