42.やらかした
クロック・サザンは男爵家の三男で、実家は継げないものの、文武両道の実力を買われてコイラーン侯爵家で20歳の頃から執事をしている。
とはいえ、長兄が男爵家を継いだら、執事様の身分は平民ということになる。
そんな執事様が、仮にも神官長の娘の頭を叩くのは、かなりまずいことのはずだ。
ですよね? ジュリー様!
私は痛む後頭部を押さえながら、私の中のジュリー様に話しかけた。
しかし、ジュリー様の反応は「そうねえ……」とイマイチである。
「申し訳ありません。取り乱しました」
執事様は私を叩いた後、私以外の全員に謝罪して、何事もなかったかのように席についた。
毎回思うが、私にも謝ってほしい。
「あ、ああ。いや、言ってくれて助かったよ。ココ、その『変化の祈り巨乳バージョン』は以後使用しないように」
神官長は執事様を叱るどころか、私をたしなめてきた。
「え、あの、今回結構上手く出来たのですけど……」
「ココさん、あなたの力がとてもお強いことは分かりましたわ。でもとりあえず、祈りを解いてください」
メアリー様の目が笑っていない。
どうやら地雷を踏んだようだ。
感触にもかなりこだわったのに残念である。
着席した私は、手を胸の前で合わせて巨乳を貧乳に戻した。
そう、貧乳なのだ。だから練習したのだ。
ふと顔を上げると、イライザ様と目が合う。
しかしイライザ様は顔を真っ赤にして私から目をそらした。
私は完全にやらかしたようだ。
デザートくらい食べたかったが、ジュリー様と交代するか……
「ココさん、まだお話がありますのでジュリーと交代はしないでください」
メアリー様、すごく勘が良い。
ニール様タイプだな。
「はい……」
「実はですね、ずっと中断している国同士の貿易の件なのですが……」
メアリー様の「貿易」という言葉に、私は思わず首をかしげた。
いや、もちろん、ジュリー様が亡くなったことにより、貿易が中断していることは知っている。
でも、使用人の私が知っているのはそれだけで、後は何も知らないし、知る必要もないと思っていたからだ。
「我が国としても、貿易は行いたいのですよ。でもシスネロス公爵の姉を殺害されたとあっては、何事もなかったように話を進めることが出来ません。そこでなのですが……」
うん、嫌な予感がするぞ。
私の中のジュリー様からも同じ思いが流れてくる。
「ココさんには、そちらの王国のグローカル公爵の養女になっていただき、私の縁戚である侯爵家に嫁いでいただこうかと……」
「あ、嫌でございます!」
私が即座に断った瞬間、再び私の頭がバシーンと叩かれた。
「いたっ! 執事様、また叩きましたね!」
「当たり前でしょう! 何を断っているのですか!? 貿易の再開がかかっているのですよ? 今すぐ元気に嫁いでください!」
執事様は本気の真顔で私に言う。
「嫌です! 私はニール様と結婚するんです!」
「ニール様だって貿易の再開を望んでますよ!」
「ぐっ……!」
さすが執事様、痛いところをついてくる。
「ココさん! これは単純な貿易の話ではありませんわ!」
私の中のジュリー様が、叫んでいる。
はい。分かっています。
私だって、バカだけど、バカじゃない。
シスネロス公爵家は、「祈り」の力がある人を他家と婚姻させない。
私の力を取り込むつもりなのだ。
「メアリー! ココは神託で普通に生活を……」
神官長がメアリー様に進言する。
「神託に背く気はありません。次期神官長はイライザです。ココさんは普通に生活をしていただければ良いのです」
メアリー様はニッコリと笑い、話を続ける。
「ニールと結婚するつもりでしたのなら、平民でなくても良いということですよね? サイネア侯爵は少々年上ですが、財力は十分にありますわ。それに家督をもうすぐご子息に譲りますので、前侯爵夫人としてのんびりすごせますわよ」
ん? 少々年上?
もうすぐ家督を息子に譲る?
「ココさん! サイネア侯爵はわたくしより20歳以上は年上ですわ!」
私の中のジュリー様が、必死に私に訴える。
享年44歳のジュリー様の20歳以上年上?
おじいちゃんじゃん!?
しかも、後妻じゃん!!
「メアリー様。大変申し訳ございませんが、私の普通の生活の結婚相手には、おじいちゃんは含まれておりません」
私は張り付いた笑顔で言う。
「ワガママですよ!」
執事様が小声で非難してくるが、3回も離婚した人には言われたくない。
ちょっと大声では言えないが、私にとって結婚とは、夜の営みも含まれているのだ。
おじいちゃんでは体力的に無理かもしれない。
私の中のジュリー様が、「ココさん……」と呆れている。
でもね、本当は相手がどうこうではない。
私は、ニール様がいいの。
ニール様以外の人と、結婚なんてしたくない。
メアリー様はすうっと笑顔を消した。
「ココさん、この話はあなたの希望は関係ないのですよ。結婚は恋愛の延長ではありません。両国間のために、あなたにはサイネア侯爵に嫁いでいただきます」
「大伯母様、さすがにそれは横暴ではありませんか?」
ダイニングルームにいた全員が、声のした方を振り向いた。
ダイニングルームの入り口に、長身で銀髪で緑の瞳の端正な顔立ちの男性が立っている。
『ニール様!?』
私と執事様の驚愕の声が重なっていた。
そう。何故か、コイラーン領で待っているはずのニール様が立っていたからだ。




