41.シスネロス公爵家
辺りがすっかり暗くなった頃、私と執事様と神官長とイライザ様は、コイラーン侯爵家の3倍はありそうなシスネロス公爵家屋敷のエントランスにいた。
ここまでの道中、私は意識の中に引っ込んで、ジュリー様と神官長とイライザ様が馬車内でお話できるようにしていた。
私が引っ込んでいるからか、執事様もちょっと機嫌が良くなっていた。
エントランスに並んだシスネロス家の20人ほどの使用人たちが、「大旦那様、お嬢様、おかえりなさいませ」と、一斉に私たちに頭を下げる。
屋敷の大きさや使用人の人数から、シスネロス公爵家は、コイラーン侯爵家より、あきらかに格上である。
ジュリー様は、コイラーン侯爵様に一目惚れしたと言っていたが、隣国だし、結構思い切った結婚だったのではないだろうか。
「メアリーを呼んできてくれないか」
神官長は執事と思われる初老の男性に言う。
「もうここにおりますわ」
声のした方を見ると、70歳くらいの品の良い金髪に白髪まじりの女性が車椅子に乗ってこちらに向かってきている。
この女性が、神官長の奥様だろう。
品は良いが、眼差しには鋭い光が宿っている。
「メアリー、どうして騎士団を雇って2人を捕縛するなんて真似をしたんだ」
神官長は車椅子の前に膝をついた。
「あら、こうでもしないと、あなたはココさんを私に会わせないままで国に帰してしまうでしょう?」
メアリーと呼ばれた女性はウフフとほほ笑むと私に視線を移したが、すぐに驚いた表情になった。
「あらまあ! ジュリーじゃないの! あなた亡くなったのではなかったの?」
そうなんだよね。
私はずっと引っ込んでいて、今の私はジュリー様なんだよね。
一目でわかるなんて、さすがシスネロス家の大奥様である。
「伯母様、お久しぶりでございます。またお会いできて嬉しく思いますわ」
私(ジュリー様)は優雅にカーテシーをする。
「まあまあ! 何か込み入った事情がありそうね! ディナーを用意させてるのよ。すぐにご案内して!」
鶴の一声とは、こういうことを言うのだろう。
どうやらこの家では、大奥様であるメアリー・シスネロス神官長夫人の権力が大きそうである。
ちなみに、シスネロス家の現公爵はジュリー様の弟で、現公爵夫人と共に王都に住んでおり、イライザ様は現公爵の娘である。
ジュリー様のご両親は、爵位をジュリー様の弟に譲った後、老後を静かに過ごすことも兼ねて公爵領内の田舎で暮らしているそうだ。
シスネロス公爵家は「祈り」の力を継承するため、親戚全てをシスネロス公爵家としているらしく、私の父である神官長と奥様のメアリー・シスネロス神官長夫人の息子も、王都在勤のシスネロス家の一員だそうだ。
ちなみに王都で宰相をしているというこの息子は、私の腹違いの兄ということになるが、50歳らしいし、私の存在は知らない。
きっと17歳の妹がいると知ったら腰を抜かすだろう。
私(ジュリー様)と執事様は、ディナーのために着替えをすることになった。
メアリー様(こう呼んでと言われた)の指示通り、私は髪と瞳を金色に戻していた。
ジュリー様は着慣れているが、私は私の中で、初めて着るドレスに興奮していた。
だって、鏡に映った私は、金髪で水色のドレスをまとった「お姫様」だったからだ。
ああ、どうしてこの場にニール様がいないのだろう!
この姿だったら、ニール様の隣にいても不自然ではない。
私(ジュリー様)はふふっとほほ笑んだ。
「ココさんは本当に素直ですね。ドレスはニールに買って貰えばいいのですよ。そうね、2人で町にデートにでも行って……」
デ、デ、デート!?
そんな、滅相もない!
幸せを通り越して、昇天しちゃいますよ!?
「……ちょっと、意味がわかりませんわ……」
私(ジュリー様)は、ふぅ、と溜息をついた。
支度部屋を出ると黒いスーツを着た執事様が待っていて、私(ジュリー様)をエスコートしてくれた。
執事様も黙っていればイケメンである。
まあ、執事様も同じことを私に思っていそうだけどね。
ダイニングルームには、神官長とメアリー様、イライザ様がすでに着席していた。
ディナーはマナーが心配なので、全部ジュリー様にお任せした。
意識の中に潜っていると、味覚はあまり感じられない。
そういえば嗅覚と痛覚もあまり感じない。
視覚と聴覚はあるので、もしかしたら味覚と嗅覚と痛覚も練習すれば感じられるのかもしれない。
目にも美味しそうな野菜のスープや魚のムニエルや鶏肉のソテーが味も匂いもなく次々と私の胃に収まり、ディナーはデザートを残すだけとなった。
「ジュリー、ココさんと代わっていただけるかしら?」
メアリー様は私(ジュリー様)にニッコリとほほ笑む。
「はい。伯母様」
私も挨拶くらいはしなくてはと思っていた。
メアリー様にとって、私は旦那と浮気相手の子どもである。
でもこの件に関しては私に非はないし、堂々としていよう。
こういうところが、度胸があるとか図々しいとか言われてしまうのだろうな。
「お初にお目にかかります。ココと申します」
私は自己紹介した後、会釈をした。
「ええ、はじめまして。私はメアリーよ。先程ジュリーに言いましたが、どうぞメアリーと呼んでくださいね」
「はい、メアリー様」
「……本当に強い力をお持ちのようね。ねぇココさん、試しに何か『お祈り』をみせてくれないかしら」
メアリー様は声のトーンを変えずに笑顔のままだが、断るなという圧を感じる。
しかし私は「お祈り」の全容を知らない。
独自で練習していた、匂いと髪や瞳の色を変える「変化の祈り」しか知らないのだ。
髪と瞳の色はさっきすでに変えていたし、食事中に匂い系は良い匂いでも避けたほうがいいだろう。
あ、もう一つ練習していたものがあったっけ。
「では、やってみます」
私は胸の前で手を合わせる。
そして、得意の「集中」をする。
今回私が練習していた「変化の祈り」は、実は結構難しい。
見た目だけでなく、感触も大切なのだ。
「ココさん、それは……!」
最初に驚いて声を上げたのは、イライザ様だった。
「はい! 変化の祈りの『巨乳』バージョンです!」
私は席を立つと、水色のドレスの胸元からあふれんばかりの「巨乳」をぶるんと揺らした。
なんと、以前お手洗いで練習した時より、大きく柔らかく出来ている!
「感触にもかなりこだわっております! どうぞ触ってみて……」
「アホかーーッ!!」
バシーンッ!!
私は隣に座っていた執事様に思いきり平手で頭を叩かれたのだった。




