4.タイミングが悪い!
私とジュリー様は侯爵様一行に追いつくことができないまま、隣町に到着した。
すでに日がとっぷりと暮れている。
よく考えたら、足で馬車に追いつけるはずもなかった。
「ココさんは、この町の町長の娘さんに婚約者を寝取られたのですね」
「うっ……!」
私の中のジュリー様が私の傷をえぐる。
本当ならこの町には1秒たりともいたくはないが、夜道を女1人で帰るわけにもいかない。
しかし、ポケットに手を突っ込んだ私は青ざめた。
「お、お金がない……!?」
そう、私が持っているのは芋だけだった。
「お芋で宿屋には泊まれませんか?」
「無理ですよ!!」
女1人で野宿するわけにはいかない。
そしてこの町には村の男が何人か兵役で滞在しているが、全員婚約破棄騒ぎを知っているので、出来れば誰とも会いたくない。
ケビンを追いかけてきたなんて、絶対に思われたくない。
そこまで未練がましくはない!
「と、とりあえず、ジュリー様は、侯爵様の元へお帰りください。侯爵様のお泊まりになっているホテルの前まで行けば離れられると思います」
「ココさんはどうなさるのですか?」
「私はどうとでもなりますよ。後払いで泊まれる宿屋を探します」
私の中のジュリー様は黙っている。
降霊術の良くないところは、気持ちまで伝わってしまうところである。
私の泊まるところがないかもという不安な気持ちも、ジュリー様の私を心配する気持ちも、伝わってしまうのだ。
私は大通りを少し歩いて、大きくて豪華な4階建の建物の前に立った。
「貴族様が泊まるのはこのホテルだと思います。ジュリー様、離れられそうですか?」
「ええ……。あの、わたくし、体をお貸しいただければ、旦那様にココさんのことを頼んで……」
「それだけは本当にやめてください! 最悪私が嘘つき女として処刑されます!」
こんな村娘が、突然亡くなった夫人の名を語って近づけば、無礼どころの騒ぎではない。
ジュリー様もそれは理解出来るようで、「分かりましたわ」と小さく言う。
するとその時、ホテルのエントランスの扉が開き、コイラーン侯爵様と執事様と若い男性が出てきたではないか!
なんてタイミングが悪い!
いや、顔を伏せていれば、先ほどの村娘だとはバレないはず……
「ココ!? こんなところで何をしているんだ!?」
私の心臓が跳ね上がった。
だってこの声はケビンだ。
そろそろと振り向くと、兵士服を着たケビンとケビンと腕を組むお腹の大きな女性が立っていた。
最悪だ。
タイミングが悪いなんてものではない。
というか、普通、身重の奥様が隣にいるのに、元婚約者に声をかけるか!?
こういう時、人間の頭の中は真っ白になるようだ。
思考が停止して、動きも止まる。
「あなたは、トアル村の……、確かココさんですよね?」
ケビンが名前を呼んだせいで、執事様にまで気付かれてしまった。
この状況で、芋を渡しにきたって言える?
ケビンの前で、そんなバカな村娘のフリをするの?
でも、ケビンに会いにきたとだけは思われたくない。
私は震える手で芋を執事様に差し出した。
さらば、私のプライドよ!
その時だった。
私の意識が、体の奥に追いやられ、ジュリー様が優位になったのだ。
私(ジュリー様)はほほ笑むと、芋を下に置き、優雅にカーテシーをした。
「コイラーン侯爵様、侯爵子息様、執事様。不躾なご訪問をお許しください。わたくしトアル村の件でどうしてもご相談したいことがございまして馳せ参じた次第でございます。ほんの1〜2分お時間をいただくことは出来ませんでしょうか?」
侯爵様と執事様は、村娘の流れるような挨拶に目を見張る。
どうやら侯爵子息様らしい若い男性が一歩前に出た。
「ぜひお伺いしましょう。ええと、お名前は……」
「ココと申します」
「ココさん、いいお名前ですね。私はニール・コイラーンと申します。立ち話もなんですので、中へお入りください」
ニールと名乗った侯爵子息様は、私(ジュリー様)の背中に触れ、ホテルの中へと促す。
「ニール様!? どうして……」
執事様が驚きを隠せないように言う。
「クロック、ココさんを丁重にお迎えして!」
侯爵子息様の真剣な声がホテル前に響く。
「クロック、ニールの言う通りに……。ええと、君たちは何だったか……。ココさんのお知り合いかな?」
コイラーン侯爵様は、ケビンと身重の女性を一瞥する。
私(ジュリー様)は首をふるふると横に振った。
「お父様、関係ない方たちのようです。部屋に戻りましょう」
侯爵子息様はスッと踵を返し、私(ジュリー様)の手を取りスタスタと歩き出した。
呆然とするケビンと女性の視線を背中に感じながら、私(ジュリー様)の体の奥に追いやられた私は、ホッとしていた。
何だかよく分からないけど、助かった!
でも村のことで相談なんてない!
ジュリー様、大丈夫なんですか!?
「大丈夫ですわ」
私(ジュリー様)はほほ笑んだ。




