39.父親と母親
カーレア教会の応接室のソファに、私と執事様が並んで座り、向かい側に神官長であるセドリック・シスネロスと、ジュリー様の姪のイライザ・シスネロス公爵令嬢が座っている。
「実は、ココは、私の娘なんです」
順を追って話すと言った神官長は、いきなり結論を話した。
『ええっ!?』
私と執事様の声が重なる。
「そうだと思いましたわ!」
イライザ様だけは、ふんと鼻息をならして腕を組んだ。
私のお父さん、結構おじいちゃん(70歳)だった件!
「そ、そうしますと、ココさんは奥様のイトコでしょうか?」
執事様は驚きを隠せない状態で、神官長に尋ねる。
「はい、ジュリーの……。ジュリーは、本当に可哀想に……」
神官長は、ジュリー様が亡くなったことを辛そうに話す。
「伯父様……」
私の中のジュリー様が呟く。
「あの、ココさんのお母様はどなたなのでしょうか」
執事様はジュリー様が亡くなった感じがしないのだろう。冷静に私の母親について尋ねている。
「それはあの男爵家の女性でしょう? 大伯父様は手紙のやり取りをしょっちゅうしていたもの!」
イライザ様が執事様と神官長を交互に見て言う。
「イライザはよくそこまで……、いや、マーチではないのです。マーチは母親役をやってくれていただけなのです」
神官長は少し困った顔をして言う。
そのことは、私と執事様はすでに知っている。
しかし、イライザ様は目と口をポカンと開いた。
「……え? ふ、普通、後妻でもないのに、母親役なんて、やりますか?」
イライザ様の反応は至極真っ当だと思う。
後妻であっても、自分の子どもであっても、母親なんて軽く出来ることではない。
「マーチは前世、別世界でココの母親だったのですよ。そして、ココは何度も転生を繰り返し、その度に、国を救う程の働きをした神聖な魂の持ち主なのです。私はそのことを神託で知りました」
神官長は真剣な表情で言う。
「え、ええ? この、ぽやんとした、いえ、えーと、普通のココさんがですか!?」
イライザ様が私を見ながら神官長に言う。
ぽやんとした、が気になるけど、言うほど悪口ではないのでスルーしよう。
「はい。ココは前世、神聖なる力を『インチキ』と称され殺されており、ココの魂は、今世では『普通に平凡』に生きることを望んでいると神から聞かされ、全力でその人生を送らせてやって欲しいと頼まれたのです。なので私は、マーチを母とし、ココを平民として……」
「あ、あの! そのあたりはすでに存じております。私たちはココさんの両親のことを調べに来たのですよ」
執事様は神官長の話をストップさせる。
執事様って、せっかちというか、雑談とか嫌うタイプだよね。
「結論だけ話せ」と言う男は、女性から嫌われますよー。
「ああ、そうでしたね。イライザにも説明をと思いまして……。ココの母親ですが、平民のココットという女性でして……」
『ええっ!?』
私と執事様の大声で、またしても神官長の話を止めてしまった。
「え、まさか、ココットをご存知なのですか?」
神官長が目を見開いている。
「い、いいえ! 全く、聞いたこともございません!」
執事様は首を不自然に横に振る。
私も真似して横に振った。
まさか、偽名で使用していた「ココット」が実の母親の名前だったとは……。
酷い設定にしてごめん!
「これも霊感の強さかもしれませんわね」
私の中のジュリー様が感心したように言う。
「ココットは裕福な商家の娘で熱心な信者でもあり、毎日シスネロスの教会にお祈りに来ておりました。そしてその、私と男女の仲になりまして……」
神官長は言いにくそうに口ごもる。
あー、やっちゃったんですねー。
私の心の呟きに、ジュリー様が「ココさん!」と注意する。
「仕方ありません。男は99パーセント、そうなります」
執事様が、横暴な持論を持ち出して神官長をフォローしている、かどうかはよく分からない。
「大伯父様! まさか、神託だと言って、単に平民女性との不貞を隠そうとなさったのではありませんか!?」
イライザ様が目を吊り上げ神官長を睨む。
「不貞? そういえば、聖女は結婚ダメなのに、神官長はいいのですか?」
私はつい、気になっていたことを尋ねてしまった。
「神官長は結婚してもいいのですよ。聖女というのは、女性で神官長になった場合の特別な称号なのです。神官長と神の間の身分となり、俗世間から離れるため結婚はできません!」
神官長ではなく、イライザ様が誇らしげに答えてくれた。
これを「女性優位」と捉えられるかは、人それぞれである。
「い、いえ、神託は嘘ではありません! ですが、不貞も事実です。私は妻がいながら、若い信者と関係を持ったのです……」
神官長は申し訳なさそうにうつむいた。
まさか、私が不貞の子どもだったとは……。
どうりでシスネロス家に記録がないわけだ。
私の中のジュリー様も黙ってしまっている。
「ココットさんは、今どうされているのですか? そもそも、何故ココットさんがココさんを育てなかったのでしょうか?」
執事様は、神官長の様子にはお構いなしにポンポンと尋ねている。
ある意味すごい。
「……ココットは、出産時に亡くなったのです……」
神官長は声を絞り出すように呟いた。
「そんな……」
私もポツリと呟く。
「神託に関してはココットにも伝えていましたので、ココはココットの実家である商家で育てられる予定でした。しかし、ココットが亡くなったことにより、ココットのご両親の態度が豹変しました。私のせいで、娘が死んでしまったと……」
神官長は苦しそうに呟く。
私とイライザ様と執事様は、なんとなく、顔を見合わせる。
ご両親の気持ちが分からなくもないからだ。
「憎き私の血が入っているココは、ココットのご両親には受け入れられませんでした。しかし、全てを打ち明けてシスネロス家に入れることもできません。シスネロス家にいたら、必ず次期神官長になってしまうほど、ココの能力は高かったからです」
イライザ様と執事様が、疑いの眼差しで私をじっと見ている。
その気持ちも分からなくはない。
「途方にくれた私に、再び神託が下りました。全てを妻に話して懺悔し、ココを前世の母親であるマーチに託すようにと……」
「……! では、大伯母様はご存知なのですね!」
イライザ様が神官長の言葉を遮って言うと、神官長は頷いた。
「ええ。1ヶ月以上、口をきいてもらえませんでしたが、胸の内までに留めてくれました。実はマーチは妻方の親戚の男爵家の三女なのです。マーチは教会のシスターでしたが、貴族令嬢でしたので、私の都合で移動などさせられませんので……」
神官長は弱々しく笑った。
母は神官長(実の父)の奥様の親戚だったのか。
結構ややこしいな……。
私が微妙な表情をしていると、神官長は私を見た。
「ココ。神託があったとはいえ、父親と名乗らず本当にすまなかった」
頭を下げる神官長に、私は「いえ!」と言った。
「私は母と二人で幸せに暮らしていました。あった不幸といえば、婚約破棄くらいで……」
私はアハハと笑う。
すると神官長はふふっとほほ笑んだ。
「そう、その報告の手紙をマーチからもらった時に、婚約者と相手の女を殺しに行こうとしたら妻に止められたのですよ」
ん? 今なんて言った?
セリフと笑顔が合っていなかったような……
「お、大伯父様、聖職者が『殺す』なんて言ってはいけませんわ!」
イライザ様が私の表情を読んだのか、神官長に言う。
「いや、娘が蔑ろにされたのですよ。神も当然の報いとして許してくださる……」
「い、いえいえ! 殺すのはダメですよ! 元婚約者と相手の女性のことはもういいのです! ねっ? 執事様!」
「な、何故私にふりました!? ええと、ですね……、ココさんはニール様の方が顔が良いので元婚約者はもういいそうです!」
話をふられた執事様は、おそらく仕返しだろう、私の心の本音を神官長に言ってしまう。
「ああ、ニール君ですか。確かに男前ですね。私はココが彼が良いと言うのなら祝福しますよ」
おお! 実の父親が賛成してくれた!
私の両親も判明したし、コレ、戻ったら即結婚式では……!?
私の頭の中に、白いスーツを着たニール様と純白のウェディングドレスを着た私が思い浮かんだ、その時だった。
バァンッ!!
突然大きな音と共に教会の応接室のドアが開け放たれ、ドアから騎士風の男がバラバラと5人入ってきた。
どう見ても、一緒にお茶しましょうという雰囲気ではない。
そう、私と執事様はこの国の騎士に捕えられてしまったのだった。




