38.聖女
カーレアの町の教会の一室。
この部屋は応接室らしく、ソファが小さなローテーブルを挟んで向かい合って設置されている。
私と執事様はお客様ではあるが、身分の関係上、入り口に近い方のソファに並んで座り、奥のソファに神官長(70歳)とジュリー様の姪という私と同年代の金髪の女性が座っている。
そしてそんな状況で、私は隣に座っている執事様から怒られていた。
「なんっなんですか!? 先程の祈りは!!」
「ええと……、祈りを練習していたのがお手洗いだったもので、自然と思考が匂い系になったといいますか……」
私は執事様から完全に目をそらして答える。
「お、お、お手洗い!?」
執事様はワナワナと震える。
「ジュリー様を驚かせようと内緒で練習していたので……」
「そうでしたのね」
私の中のジュリー様は少し嬉しそうに呟く。
実はお手洗いに行く時は、ジュリー様には体から出てもらっているのだ。
女性同士とはいえ、見られるのも恥ずかしいし、ジュリー様も見たくはないだろうしね。
あ、もちろん、ジュリー様にはアロマ系の香りを用意してましたよ!
と、ここまで考えたところで、執事様が両拳で私のこめかみを力まかせにグリグリとした。
「いだだだっ!!」
「女性なのにトイレの話をするのかっ!?」
「女性だってトイレに行きますよ! うあああっ!」
「クロックやめなさい!」
私の中のジュリー様が必死に訴えているが、もちろん執事様には聞こえない。
「し、執事殿、おやめ下さい! 元々はこちらが悪い話です!」
見かねたのか、神官長が執事様を止める。
執事様は私からパッと手を離すと、「申し訳ありません。取り乱しました」と神官長に頭を下げた。
私にも謝ってほしいところだ。
「ところでどうしてココさんを襲ったのでしょうか。まあ、一発くらいは叩いても構いませんが……」
執事様は真面目な表情で神官長に尋ねる。
この人、私の護衛なんじゃないの?
「そうですよ! イライザ、何故このような真似をしたのですか?」
神官長は同じ質問を隣に座っている女性に尋ねる。
イライザと呼ばれた、ちょっとジュリー様に似ている女性はぷいと横を向いた。
「大伯父様がコソコソなさるからですわ! 次期神官長はわたくしに内定しておりますよね? それなのに今さらこの女を呼び戻して神官長の座を渡そうとなさるなんて!」
「イライザ! ココはそのために来たのではなくて……いや、どうしてココの存在をイライザが知っているのですか!?」
神官長はかなり驚いた様子で叫ぶ。
話はよく分からないが、やはり私の存在は内緒のようだ。
「分かりますよ! 大伯父様は私の祈りの力を一度も認めてはくれないのですから、他に相応しい方がいるのかもと勘付きます!」
イライザ様も負けじと叫ぶ。
「いや、イライザのことは認めて……」
「でも先程の祈りでハッキリ分かりましたわ! あんなに短い祈りで広範囲の空気を変化させるなんて、わたくしには出来ません!」
執事様が「臭かっただけですよ」と小声で吐き捨てる。
「わたくしもシスネロスの者。潔く負けを認めます。次の神官長はあなたですわ!」
イライザ様は私をビシッと指差した。
「あ、結構です」
私は右手を前に出して、拒絶の意思を示す。
イライザ様は驚きで目を見開いた。
「な、何故ですの!? 名誉ある職なのですよ! 特に女性が神官長に選ばれた場合は、『聖女』の称号もいただけるのですよ!」
聖女の称号?
嫌な予感しかしないけど?
「あの、私は結婚する予定でして……」
「結婚!? 聖女は結婚出来ませんわよ!?」
そうだと思った。
私って、本当にそういう運命なんだ。
執事様が「ぜひ聖女になってくださいよ」と小声で言っている横で、私が完全に「スン」とした顔をしていると、イライザ様はスクっと立ち上がった。
「聖女とは、普通の女性ではありません。俗世間から離れた神に近い存在なのです。結婚よりも素晴らしいことなのですよ!」
私もね、転生1回目だったら、そう思うよ。
でも、何度も転生して、何度もそういう素晴らしい役職に就いていたらしい私の魂は、聖女なんて全く興味がないのだ。
興味があるのは、素敵な男性と結婚、これのみである。
「ココさんはそうですよね……」
私の中のジュリー様の呆れた声が聞こえる。
「イライザ、ココは聖女にはならないのです。順を追って話しますので、座って落ち着いてください」
神官長が諭すように言う。
そのとおり。
私はニール様と結婚するために、私の両親のことを調べに来たのだ。
聖女になりに来たわけじゃ、断じてないのである。




