37.カーレアの教会
合計5日間の馬車の旅。
私はジュリー様の負担を減らすため、時々交代することを執事様に提案した。
その提案は受け入れられたが、私は執事様に一切口をきいてもらえないというイジメを受けていた。
執事様は私の護衛らしいが、見えないナイフで護衛対象を傷つけていることに気が付いていない。
いや、気が付いているが、ニール様からの「ココと話すな」という命令を好んで遵守しているのかもしれない。
まあ、私は私の中のジュリー様と話すから別にいいんだけどね。
「そろそろ、カーレアの教会ですわ」
馬車の窓から外を見つめた私に、私の中のジュリー様が言う。
隣国の神官長の指定した場所が、カーレアという町の教会だ。
ちなみに神官長は、ジュリー様の伯父にあたる方で、名をセドリック・シスネロスといい、今現在、最も「お祈り」の力が強い人らしい。
何故シスネロス領ではない、カーレア(リンダル領というところらしい)での面会なのか。
私の独自の推理によると、ちょっとシスネロス家には知られたくない内緒の話だから……だろう。
コイラーン家が調べた限り、シスネロス家に17年前に女児が生まれた記録はなかった。
つまり私は、シスネロスではいないとされている存在なのだ。
にもかかわらず、神官長が私を気にかけている。
気にかけている、隠したい、この相反する二つの接点とはいかに……!?
「ココさん、邪推がすぎますわよ」
私の中のジュリー様が呆れている。
「すみません、暇だったもので……」
私が声を出して謝ると、前に座っている執事様がジロリと睨んできた。
はいはい。
しゃべりませんよーだ。
カーレアの教会は町の外れにあり、教会としてはこぢんまりとした外観のグレーの建物だった。
現在お昼を少しすぎた時間だが、周りに人影がない。
「教会なのに人がいないのですね……」
私がポツリと呟いても、前を歩く執事様は振り向きもしない。
「実はリンダル領は神への信仰心が薄いのですよ。このカーレアも実力主義な方々が集う町なのです」
私の中のジュリー様が答えてくれる。
前世日本人の私としては、その話は納得できる。
私もこの世界で積極的に神に祈ったりはしていない。
私が育ったトアル村では、月に一回、町の教会にお祈りに行く日があり、それも母に行けと言われて渋々行っていたくらいだ。
今思えば、母はシスターだったから、あんなに「教会に行きなさい!」と言っていたのか。
すると、前を歩いていた執事様がピタッと立ち止まった。
「奥様、ココさん、少々様子がおかしいです。中の様子を見て参りますので、ここから動かないでください」
私は少々様子がおかしいことより、執事様が話しかけてきたことに驚いていたが、何とかコクコクとうなずいた。
教会の扉から慎重に中を覗く執事様を凝視していると、私の目の端で人影が動いた。
咄嗟にそちらを見ると、私と同じくらいの身長の女性が、棒を振りかざして私を叩こうとしているではないか!
「くっ……!」
私は右足で地面を蹴り、後ろに下がって何とか棒をかわした。
「ココさんっ!」
私の中でジュリー様が悲鳴にも近い声を上げる。
「奥様! ココさん!」
執事様も異変に気付き、こちらに駆け寄ってくる。
ちょっと、全然意味が分からないけど、これは魔法を試すチャンスでは!?
私は素早く胸の前で手を合わせ、こっそり練習していた祈りを発動させる。
目には見えないが、周りの「空気」が私を中心に変化していく……!
私を殴ろうともう一度棒を振りかざした女性は、「ううっ!?」とうなり、棒を落とし、鼻を押さえ、しゃがみ込んだ。
そう、この祈りは「匂い変化の祈り」なのだ!
私の半径3メートル程の空気を、臭い匂いに変化させたのである!
「ココさ……ぐあっ!?」
私に駆け寄って来た執事様は、鼻を押さえて身をよじる。
「うおっ!? ホントにくさっ!?」
私も鼻を押さえてしゃがみ込む。
この「匂い変化の祈り」の悪いところは、空気の匂いを変えてしまうので、敵味方関係ないところだ!
しかし、想定よりかなり臭い!?
「ココさん! 『変化の祈り』を解いてください! この方は、私の姪ですわ!」
私と執事様と姪と言われた女性の3人が、鼻を押さえて悶える中、私の中のジュリー様が叫んでいた。




