35.出発の朝
ニール様に気持ちを伝えて、ニール様も私のことを好きだと言ってくれた。
そんな幸せな日から1週間が経った頃、隣国の神官長から返事が来て、私と私の中のジュリー様は、隣国に旅立つことになった。
手紙には、母マーチから手紙できいている旨が書いてあり、面会場所は隣国のシスネロス公爵領ではない教会が指定されていた。
そして、ニール様がつけてくれると言っていた護衛が……
「ええっ! ししょ……、執事様が護衛なんですか!?」
「仕方ないでしょう。ココさんと奥様のことを知っているのは旦那様とニール様以外には私しかいないのですから……」
旅立ちの日の早朝、少し地味な馬車の横で大声を上げた私に向かって、大きなカバンを持った師匠はかなり不服そうに言った。
それなら昨夜教えてくれても良かったのに……、と私はニール様を見る。
内緒の出発のため、お見送りはニール様だけである。
「実はギリギリまでクロックがゴネていまして、先程決定したのですよ」
ニール様は笑顔で言っているが、師匠は全く笑っていない。
ギリギリまでゴネるほど、そんなに私の護衛が嫌なのか。
「あれ、でも、執事様って、強いのですか?」
私の素朴な疑問に、私の中のジュリー様が、「クロックは文武両道なのですよ」と誇らしげに言う。
「そうなんですね!」
イケメンで文武両道で、3回離婚(今は独身だった!)するなんて、師匠で物語が3本は書けそうである。
「そうやって、奥様と話し出すのは人前ではやめて下さいね。あ、それと、道中は奥様でお願いします。ココさんは中に引っ込んでいて、一切出てこないでください」
師匠は冷たい目を私に向ける。
どんだけ私と一緒が嫌なんだ。
別にいいけどね。
私も心の中で密かにずっと「師匠」と呼んでるし、これからもずっと「師匠」呼びして、時々うっかり呼んでやろうっと。
「それでは、ココ、お母様、道中お気を付けてください」
ニール様は私の様子を見て、笑いを堪えながら言う。
「はい! 行ってまいります!」
私は元気に返事をして、ジュリー様と交代する。
「行ってまいりますわ! ニール、旦那様によろしくお伝えくださいね」
「はい、お母様。ココのこと、よろしくお願いします」
ニール様はほほ笑んで、頭を下げた。
かくして馬車は、私(ジュリー様)と師匠を乗せて走り出した。
しばらくニール様に会えない。
私はこみあげる寂しい気持ちを、頑張って抑えていた。
「クロック! あからさまに機嫌が悪い顔はやめていただけますか!」
揺れる馬車の中、とうとう耐えかねて私(ジュリー様)が師匠を一喝した。
「いくらなんでも、ココさんに失礼ですわ!」
私(ジュリー様)は師匠を軽く睨みつけている。
「ですが奥様、ココさんのせいで、ニール様はおかしくなられているのですよ。以前はあそこまで性格が悪くはありませんでした!」
師匠の言葉は、どこに突っ込んだらいいのか分からないほど失礼である。
「それは私も感じていますが、おそらく以前のニールはいろいろ我慢をしていたのだと思います」
ジュリー様まで感じているニール様の性格の悪さって一体……。
「貴族のご子息なのですから、我慢はあるでしょう。そうではなくて、何というか、最近はワガママなんですよ。女性使用人は無理だと取り合ってくれませんし、ココさんの護衛を無理強いしてきたくせに、道中ココさんと話すなと言うのですよ!?」
師匠は拳を握ってワナワナと震える。
「あらまあ、ヤキモチかしら……」
「私がこんな田舎小娘相手にするわけがないでしょう! 仕事ですので護衛はしますが、それ以外はごめんですよ!」
師匠、めちゃくちゃ失礼だな。
それにしてもニール様は、私と師匠の仲をまだ疑っているのだろうか。
驚くほど何もないのに。
私(ジュリー様)はふふっと笑った。
「奥様、笑いごとではなくてですね……」
「いいえ、ニールもクロックもココさんの影響でかなり本音が話せるようになって良かったなぁと思いまして……」
「は、はあ? 何を言って……」
「だってそうでしょう? あなたはいつも冷静なのに、何故かココさんの前では怒ったりわめいたり、とても素直ですわ」
私(ジュリー様)の言葉に、師匠はハァーとあからさまに溜息をついた。
「能力が高いくせに恋愛のことばかり考えているダメ人間は、見ていてイライラするんですよ!」
ん? 褒めてる? けなしてる?
「ココさんに限っては仕方がありませんわ。ココさんは今世はそのために生まれてきたのですよ」
ん? ジュリー様もフォローしてくれているようで、ダメ人間を全肯定?
「それに、クロックは少しココさんを見習うべきですわ」
「見習うところなんてありませんよ!」
「そうでしょうか? それでしたら、あなたは何故3回も結婚と離婚を繰り返しているのですか?」
私(ジュリー様)の言葉に、師匠はグッと黙る。
「恋愛がお嫌でしたら、そもそも結婚しなければ良いのです。恋愛脳にならずに結婚の便利なところだけ享受しようとするから拗れるのですよ!」
「奥様、お言葉ですが、私も貴族の端くれです。結婚は義務だと教えられました。結婚に恋愛は必要ありません」
うわ、師匠って、恋愛したことがないのか!
これは、私の方が師匠かもしれないな……。
私の心の呟きに、私(ジュリー様)がプッと吹き出した。
「奥様、笑うところでは……」
「す、すみません、ココさんが、恋愛面ならあなたより上だとおっしゃってまして……」
「なっ……!? あんた婚約破棄されてただろうがっ!」
婚約破棄の方が離婚3回より軽いもんね(偏見)!
でもなぁ、執事様(師匠から降格)の考え方だと、また結婚しても離婚しそうだなぁ。
同じ考え方の女性ならあうのかな?
そういう女性と結婚するか、ちょっとは愛を囁くかの二択だなー。
娘との関係も最悪だし、これは最強コンビの私とジュリー様が一肌脱ぐしかないんじゃない?
私(ジュリー様)は体をくの字にして、声を殺して笑っている。
「奥様!? 嫌な予感しかしませんよ! ちょっと、ココさん! 余計なことをしないでくださいよ!」
執事様の心底嫌そうな声が、馬車内にこだましていたのだった。




