34.嫌われるのが怖い
ジュリー様が気を利かせてくれて、私は毎夜30分くらい、ニール様と二人きりで過ごす時間をいただいていた。
が、しかし、私はリリアンのことが気になって仕方がなく、ニール様に直接女性使用人のことをきいていた。
「確かに、クロックから女性使用人を増やせないかという話はされましたね。というか、またクロックの話ですか?」
ニール様は執務室の机上の書類を片付けながら、私を軽く睨む。
「いえ! これはリリアンの話なんです!」
私はピシッと背筋を伸ばす。
「ああ、娘の……」
「あの、ニール様は女性使用人がいると嫌なのですか?」
「嫌ですね」
即答か。
リリアンの言うとおり、女嫌いなのかな。
ニール様は私の様子を見て、はぁと息を吐いた。
「別に女嫌いではないのですよ。ただ、大体の女性は癇に障るのです。仕事もせずに話しかけてきますし……」
ニール様はつらそうだが、これはイケメンならではの悩みであり、人によっては自慢に聞こえなくもない。
「雇う時に、ニール様に話しかけないという規約を作れば良いのでは?」
「作りましたよ。確かに話しかけてはきませんでしたが、目で追われているんですよね……」
そう言うと、ニール様は溜息をついた。
イケメンをつい目で追うという、密かな楽しみもダメなのか。
ニール様には申し訳ないけど、今までに雇われた女性の気持ちの方が理解出来てしまうな……。
「クロックの娘は、そういう感じはありませんので雇い続けていますけど……。まあ、そんなわけで、女性使用人を増やすのは、あまり前向きにはなれないですね」
「勘が鋭いのも大変ですね……」
ニール様は、思った以上に生きづらいのかもしれない。
私が少しでも役に立てたら良いのだけど……。
「ココ、こちらに来てください」
ニール様はソファに腰掛けると、私に手招きをした。
ま、また、隣かな?
でも、あのキスは、もう一度したいような……。
何というか、私も歴代女性使用人の方々と全く同じなんだよね。
ニール様がいたら目で追ってしまうし、出来ればお話したい……。
こんな調子では、ニール様が突然、私のことを「癇に障る」と感じるようになるかもしれない。
私の背筋に、ゾッとしたものが走った。
怖い。
ニール様に嫌われることが、とても怖い。
私は、うつむいてニール様の隣に座った。
「また、くだらないことを考えてますね……」
ニール様は私の暗い表情を見て呟く。
「く、くだらなくなんか、ありますけど……」
起こっていないことで落ち込んでいるのだから、くだらないことかもしれない。
私のことを嫌わないで、なんて言えないし、言ったとしても、嫌われるときは嫌われる。
「大体分かりますけど、何でも言ってください」
しかも、大体バレている。
これも、負けている感じがする。
そうだ!
私が思ってもいないことを言えば、勝てるかも?
いや、思ってもいないことって、どうやって頭に思い浮かべるんだ?
もしかして、考えすぎかも?
もっと、欲望をそのまま言えば……
「あの、ニール様……」
「考えがまとまりましたか?」
「私、この間のキスがしたいです」
「……なるほど、そうきますか……」
ニール様は腕を組んで天井を仰いだ。
お? 少しは意表をつけたかな?
欲望ストレート作戦の勝利か?
「ココ、私はアレをすると、その先もしたくなるのですよ。それでもよければしますが、どうしますか?」
ニール様の言葉に、私は瞬きをした。
その先とは?
私は前世の、実際は一度も使用しなかった知識を総動員して、ニール様の言う「その先」を思い描いていた。
私の顔が、カーッと熱くなる。
「あ、あの、あの、その先は、準備不足といいますか、えーと……」
私が必死に言う横で、ニール様は顔を背けて肩を震わせている。
「か、からかいましたね!?」
「……いえ、私も少し驚いたので、お返しです」
ニール様はやっぱり性格が悪い!
私のふくれっつらを見て、ニール様はふふっとほほ笑む。
「そうですね。実は私は、ココと同じ恐怖を感じているんですよ」
「……同じ恐怖、ですか?」
「ココに嫌われたらどうしよう、といつも思っています」
「え……、うそ、ですよね?」
「嘘ではありません。私は性格が悪いので、ココの困った顔見たさにやりすぎて、ココに嫌われる可能性が高いのですよ」
さらっと、困った顔を見たいと言いました?
しかも、性格が悪い自覚があるのですね!?
「あの、じゃあ、優しくしていただければ……」
「具体的にどうすると良いですか?」
「え? えーと……」
私は首をひねっていた。
「優しい」って、なんだ?
ボランティアみたいな感じ?
カウンセラーみたいな感じ?
なんだか、どれもニール様じゃないような気がする。
「あの、ニール様はニール様でいいかもしれないです。性格悪くて、時々怖いニール様で……」
私の言いように、ニール様は「酷い評価ですね」と笑う。
「でも、私もココはココのままがいいですね。素直で落ち込みやすくて、恋愛が絡むとダメなココがいいです」
「えー……」
私は文句を言おうとしたが、ニール様がとても優しい顔をしていることに気がついて黙った。
普通の恋愛がどういうものか、分からない。
どんなに好きでも、相手が自分を好きになってくれるとは限らない。
そもそも、完璧な人間なんていない。
それどころか、私もニール様も欠点だらけだ。
こんな不安定な恋愛を、人類のほとんどがやっているとは驚きだ。
「ニール様。私、ニール様が好きです」
私はニール様を真っ直ぐ見つめていた。
ニール様は、ふっと笑った。
「私もですね。私も、ココが好きです」
私とニール様は、ほほ笑みあって、どちらからともなく、軽い方のキスをした……。




