33.リリアン
2時間後、私はジュリー様を迎えに行き、エントランス掃除の仕事に戻っていた。
なんだか、とても幸せだったなぁ……。
私、幸せを使い切ったから、明日あたり、ぽっくり死んじゃうんじゃないかな……。
箒で掃いては動きが止まり、ちりとりでゴミを取ってはボンヤリする私に、私の中のジュリー様はあえて何も言わなかった。
「ココ!」
背後の声に振り向くと、そこにはリリアンが立っていた。
リリアンの表情は何だか強張っているように見える。
「ちょっと、いい?」
「あ、うん。いいよ」
リリアンに誰も来ないところ、と言われたので、私は自分の使用人部屋にリリアンを連れてきた。
とはいえ、私の中にはジュリー様がいるので、誰もいないわけではないのだが。
「ふぅん……。個室だけど普通なのね……」
リリアンは部屋を見回してポソッと呟く。
リリアンの言うとおりで、部屋にはベッドと小さな机と椅子しかない。
「リリアン、話ってさっきの男のこと?」
立ったままのリリアンに、私も立ったまま尋ねる。
リリアンは「違うわ」と言うと、私の両肩をガッと掴んだ。
「ココはアイツと仲がいいの!?」
「ア、アイツ? 誰……」
「執事よ! あの冷酷男! 通路で仲良く話していたじゃない!」
私は再び鳩が豆鉄砲を食った顔になった。
どうしてニール様もリリアンも、あのパワハラ現場を仲良くと捉えられるのか。
「あ、あのね、リリアン。ししょ、執事様と私は全然仲良くないの。むしろ嫌われているというか……」
「嘘! じゃれあった後、仲良く並んで歩いていたじゃない!」
じゃれあってないし、仲良く並んで歩いていたのはジュリー様である。
しかし、そんなことが気になるということは……
「もしかして、リリアンは執事様が好きなの?」
「はあ? やめてよね! あんな最低男! ココに気をつけるように忠告しようと思っただけよ!」
どうやら、師匠はリリアンにめちゃくちゃ嫌われているようだ。
「執事様と何かあったの?」
「ないわよ! ……私はね!」
リリアンは両腕を組んで、私はね、を強調する。
私は?
このお屋敷にいる女性は、あとは推定70歳のモーラさんしか……、まさか、師匠、モーラさんに手を出していた!?
範囲広すぎですよ! さすが(?)師匠!
「ココさん! クロックの名誉のために口を挟みますが、違いますわよ!」
私の中のジュリー様が、慌てた様子で私に言う。
え? じゃあ、誰のことを……?
「あの男は、女を夢中にさせておいて、その後放置なの! 典型的な釣った魚に餌をやらないタイプなの! だからココも近づかない方がいいわ」
リリアンは、ビシッと私を指差した。
あー、なるほど。
師匠はイケメンだからモテて結婚できるけど、仕事ばかりして妻を放置して離婚するタイプということか。
しかも、それを2回やっているということだ。
ということは、リリアンは師匠の1回目か2回目の妻の知り合い……。
あれ?
リリアンと師匠って、髪色も瞳も黒だし、目元が切れ長で似ている……?
「あの、違っていたら悪いんだけど、リリアンって、執事様の、その、娘だったり?」
私が恐る恐る尋ねると、リリアンはハァーと息を吐いた。
「……そうよ! でもお互い親子の感情なんて一切ないけどね!」
師匠の娘、私より年上だった件。
「じゃあ、言えないコネっていうのは、このことだったんだね」
「……婚約破棄された私の働き口を心配して、ママが勝手にアイツに頼んだのよ。まさかママがアイツとまだ繋がっているなんて思いもしなかった! 放置に耐えかねて2年で離婚したくせに!」
リリアンは腕を組んでギリギリと歯ぎしりをする。
これは、根深そうだ。
ジュリー様はきっと知っていたんだろうなぁ。
「ええ、知っていましたわ。でもリリアンさんがこんなにクロックのことを嫌っていたことは知りませんでしたわ……」
私の中のジュリー様も困惑した様子だ。
「リリアン、私と執事様は全くそんな仲じゃないから大丈夫だよ」
「そっか、そうよね。ココは侯爵様のメイドだもんね」
それも誤解なんだけど、まあ、いいか。
それにしても、放置するのに何回も結婚するなんて、師匠って結構不器用というか、学習能力がないというか……。
私とリリアンが私の使用人部屋から出ると、部屋の前に仁王立ちした執事様が立っていた。
「あなたたちは、一体何をサボっているのですか!? 早く持ち場に戻りなさい!」
『はいぃ!』
私とリリアンは急いで仕事に戻ったのだった。




