30.変化の祈り
侯爵様の執務室にはニール様もいて、主に私の出自の件を話すことになり、ソファに侯爵様が座り、向かい側にニール様と私(ジュリー様)が座った。
執事様はソファの横で書類をめくりながら立っている。
「本日までの調べでは、シスネロス公爵家に17年前に誕生した女児はいませんでした。ココさんは奥様に似ていませんので、姉妹という線は薄いと思います。そもそも、シスネロス公爵家の女性は殆ど金髪なのですよ」
執事様は、先ほどのことがなかったかのように、淡々と報告をしている。
確かにジュリー様は金髪で、私は茶髪である。
「そうだ、ココの髪なのですが……、お母様、失礼しますね」
ニール様は私(ジュリー様)の髪を掻き分けて、髪の根元を指差した。
「根元が金髪なんですよ。こういうことはあり得るのでしょうか?」
侯爵様と執事様が身を乗り出して私(ジュリー様)の頭を見る。
「本当だ。不思議だな!」
「言われてみれば……?」
「わたくしも見たいですわ! ココさんから出ますね!」
ジュリー様はスッと私から出ていく。
みんなが私の頭を凝視している時に交代されてしまった。
「本当ですわ! ニール、よく気が付きましたね!」
ジュリー様は驚いたように言っているが、その声は私にしか聞こえていない。
「ココ、お母様はなんと?」
「ニール様に、よく気が付きましたねと……」
「ああ! 先日キスをした時に気付いたのですよ」
ニール様が侯爵様と執事様の前で、平然とキスしたと言った!?
私の顔が、カッと赤くなる。
「なるほど、ココさんが昨日ミスばかりしていたのはそういうわけですか。しっかりしてくださいよ。婚約者がいたのだから初めてではないでしょう」
執事様は呆れたように言う。
初めてだったんですよ!?
つまり師匠は結婚してなくてもお構いなしにキスするんですね!
「それが、初めてだったんだよ。アイツはココに何もしていなかったんだ!」
何故バラしました!?
しかもニール様笑顔ですか!?
「ニール様、それは良いことではないですよ。キスをする気にもなれなかったという……」
「こら、ニールもクロックもやめないか! ココさんが泣きそうだ。ジュリー、戻ってやってくれ」
侯爵様が見かねて、ニール様と執事様を止める。
私は、私の中に戻ってきたジュリー様とすぐさま交代する。
シラフでこんな会話の中いられない!
「……話を戻しますわよ。ココさんの髪ですが、『変化の祈り』がかけられています」
私(ジュリー様)は真剣な表情で言う。
「『変化の祈り』とはなんだ?」
侯爵様が身を乗り出す。
「主に神職の方が使う『お祈り』です。シスネロス公爵家は代々『お祈り』を使える方が多く生まれるため、神官や聖女を多く輩出しているのです」
「お母様もそのような力があるのですか?」
ニール様も身を乗り出す。
「……いいえ。『お祈り』が使えた場合、他家に嫁ぐことは出来ません。シスネロス公爵家の縁戚内で婚姻を結ぶことになります」
「血が濃くなりそうですね……」
執事様が呟く。
「クロックの言うとおりですわ。昔のシスネロス公爵家は3親等以内でも婚姻を結ぶことがあったそうです」
私(ジュリー様)の言葉に、侯爵様もニール様も執事様も微妙な顔をする。
『お祈り』の力を外に出さないため、ということだ。
ジュリー様のご実家は、結構したたかというか、腹黒いというか……。
私の思考が伝わってしまい、私(ジュリー様)はふふっとほほ笑んだ。
そういえば、ジュリー様はどうして隣国の侯爵家に嫁いだのだろう?
「あら、ココさんがわたくしがコイラーン侯爵家に嫁いだ理由を知りたがっていますので、旦那様はご存知ですがお話しますね! ズバリ、わたくしの一目惚れですわ!」
おお! 納得です!
侯爵様はカッコいいですものね!
「あら、やっぱりココさんとは気が合いますわ!」
はい! イケメンのためなら家も出ますよ!
「こらこら、2人で話されてもこちらには分からないよ」
侯爵様は苦笑いをしている。
ニール様と執事様は呆れたように息を吐く。
「ええと、お母様。『変化の祈り』というのは、どういったものなのですか? 解くことは出来るのですか?」
話を戻すようにニール様は私(ジュリー様)を見る。
「『祈り』自体には人を傷つける効果はありません。『変化の祈り』も見た目を大きく変えることは出来ません。ココさんの場合は、髪と瞳の色だけのようです。解くことは、『祈り』が出来る者なら解けますね」
私(ジュリー様)はスラスラと答える。
さすがシスネロス公爵家ご出身である。
「つまりココは、『普通に平凡』な生活を送るために、地味な髪色に変えられたということですか……」
「悪意は感じ取れませんので、おそらくそういうことだと思いますわ」
ニール様と私(ジュリー様)が頷きあう。
私は母を思い出していた。
母の髪と瞳の色は茶色だ。
親子に見えるように……ということかもしれない。
それにしても、『祈り』とは何だろう。
霊感では髪色なんて変えられないし、もしかして魔法?
異世界だし、魔法があってもいいかも?
「ココ、出てきてもらえますか?」
ニール様が私(ジュリー様)を覗き込む。
ジュリー様がスッと引っ込み、私は意識を外に出した。
「ちょっと『祈り』をやってみてはくれませんか?」
「え! どうやってやるのですか?」
「それは私にも分かりませんが、まあ、適当に?」
ニール様は、ものすごい無茶振りをしているのに、良いお顔でニコッと笑う。
この人が上司だったら、私はこの笑顔見たさにオーバーワークするだろう。
「ココさん! 手を胸の前で合わせて、変わって欲しいことを祈るのですよ!」
見かねたのか、私の中のジュリー様が教えてくれる。
それって、普通に神様や仏様に祈る感じでは?
まあ、出来なくてもお咎めはないだろう。
「はい。やってみます!」
私は両手を胸の前で合わせた。
「変化の祈り」がかかっているのなら、それを解く感じで祈ればいいのかな?
元の瞳の色は何色なんだろう。
ジュリー様が水色だから、水色かな?
ニール様や侯爵様のような緑も捨てがたい!
「雑念が多いですよ」
ニール様が呆れたように言う。
「す、すみません!」
何故バレたのか分からなかったが、私は謝った。
集中しよう、集中!
私は実は意識的に集中することが得意である。
集中は、降霊術や霊との念話に必要なスキルなのだ。
まあ、ジュリー様とは何もなくても出来てしまっているのだけど。
気持ちを、髪と瞳に集中させる。
ああ、確かに、何かある。
元の姿に戻って……!
私の髪色が、ぱあっと金色に光る。
瞳も、視界が開けたような感覚で光る。
「金……色……!? 瞳は金色か……!」
ニール様の驚愕の声が、執務室内に響き渡っていた。




