26.母の話
トアル村の私の家の狭い部屋で、私は温かいお茶を淹れて、向かい合って座っている、ニール様と母の前に置いた。
こんな状況なのにアレだけど、ニール様と私の家って、驚くほど似合わないというか……
「ココさん、そんなことはどうでもいいので、早くニールの隣に座ってくださいな。お母様がお辛そうですわ!」
私の中のジュリー様が私を急かす。
確かに、ニール様の正面に座るのは辛いだろう。
イケメンオーラと意地悪オーラがすごいんだよね。
私はニール様の隣の椅子に腰掛けた。
「あ、あのね、お母さん。ニール様は勘が良くて嘘は見抜けるの。何か私のことで知っているのなら教えて欲しいんだけど……」
母はお茶を一口飲むと、はぁっと息を吐いた。
「……ココは、その、別世界からの、生まれ変わりといいますか……」
「はい、存じております。前世『降霊術師』だったとご本人から伺っておりますが……」
あっさり答えるニール様に、母は目を見開く。
「お、お母さん、私が転生者って、知ってたの!?」
私は座ったばかりなのに、勢いよく立ち上がった。
「コ、ココは前世の記憶があるの!?」
母も立ち上がる。
ニール様も立ち上がって、私の肩に手を乗せた。
「ココには前世の記憶があり、霊感も強く、『降霊術』も使えます。それを踏まえた上で、まずマーチさんからお話し願えますか?」
私と母は顔を見合わせて頷くと、もう一度椅子に座った。
「ココの霊感の強さは、特別なもの、らしいのです。ココは何回も転生を繰り返していて、その度に何か、国家レベルでお役にたっていたようです……」
お母さんの話は、いきなり突拍子もなかった。
私が、何回も転生を繰り返していた?
しかも、国家レベルでお役に立っていた!?
「ココに感謝している霊も大勢いまして、それで、その、前世のココが不幸にも殺されてしまった時に、ココの願いを叶えようということになったのです」
「わ、私の願い……?」
私が聞き返すと、母はコクンと頷いた。
「あなたが死に際に、普通に平凡に暮らしたいという願いを言っていたので、それを叶えることになったの」
ノ、ノォーーーーッ!?
私はおそらく、割られる寸前のハニワみたいな顔になっていたのだろう。
隣のニール様が私の顔を見て、ギョッとしている。
前世の死に際の私、バカなの?
どうしてもっとこう、具体的に願わないの?
普通に平凡だと、村娘Bになっちゃうでしょ?
霊感なしでお姫様にしてくださいとか、霊感なしで絶世の美女にしてくださいとか、霊感なしで大金持ちにしてくださいとか……
「ココさん、顔が大変なことになってますわ! とりあえず落ち着いて下さい!」
私の中のジュリー様が、必死に私をなだめる。
私はハッとなって、んんっと咳払いをし、母を見た。
「そ、それで、お母さんは、私の願いを叶えた人、なの?」
「いいえ、私はそれを頼まれた者なの。全て聞いた話で悪いのだけど、ココの魂は特別な霊感を持っていてどうしても『相応しい家』に生を受けてしまうとかで、ほら、前世の家も代々続く由緒ある家だったでしょう?」
「た、確かに……。平安時代から続く家系だった。貧乏だったけど……」
お母さんは「貧乏」という言葉に、少し笑う。
「それで、前の世界だと、普通には暮らせないだろうからって、この世界に生まれ変わったそうなの。でも、この世界でも、やっぱり『相応しい家』に生を受けてしまって……」
お母さんは言っていいのか分からない、という表情で言い淀む。
ニール様はニッコリとほほ笑んだ。
「その家とは、どこなのでしょう?」
な、なんか、ニール様の圧がすごい!
「り、隣国の、シスネロス公爵家……です」
お母さんは体をそらして小声で言う。
「なっ!?」
「わたくしの実家ですわ!」
ニール様と私の中のジュリー様の声が重なった。
「ええっ!? ジュリー様のご実家!?」
私も大声を上げる。
「え? ジュリー様?」
母はポカンとする。
「私の母の名前です。シスネロス公爵家は母の実家なのです」
ニール様は、驚いているだろうに、落ち着いた声で話している。
「ま、まさか……。ああ、でも、あり得るのかもしれません。ココは、やっぱり普通には……」
母は声を落として呟く。
「わたくし、ココさんのお母様とは同年代だと思われますが初対面です。シスネロスの方ではないと思うのですが……」
私の中のジュリー様も呟く。
きっと、母は嘘をついていない。
嘘だったら、ニール様が分かるからだ。
「お母さんは、私のお母さんじゃないの……?」
私の声は、少し震えていた。
母はふふっとほほ笑んだ。
「私はこの世界のココの母親ではないのだけど、ココの何回目かの転生の中で、母親だったの。私にはその時の記憶はないのだけど、親子じゃないって感じたことはないわ」
私にも、その時の記憶はない。
でも、母を本当の親じゃないと感じたこともない。
「うん、私も、同じ……」
私も、アハハと笑う。
「ココは、シスネロス公爵家の、どなたの御子なのでしょうか?」
ニール様は話を急かすように母を見る。
「そ、それは、私には分からなくて……」
母はニール様が怖いのか、目をそらして口ごもる。
「分からないって、マーチさんは誰に頼まれたのですか!?」
「ニール様!」
私は前のめりになっているニール様の袖を掴んだ。
「あ、すみません……。ココの両親によっては、私たちはかなり近い親戚になります。3親等以内でしたら結婚は出来ませんので……」
な、なんですと!?
今度は近親相姦!?
私がワナワナと震えながらニール様を見ると、ニール様は口元を押さえて青い顔をしている。
あ、あれ?
もしかして、少しは、私と結婚出来ないかもしれないことを、残念に思ってくれている?
いやいやいや、自惚れるのは良くない!
「そんなわけないでしょう? 面倒くさいだけですよ」とあの冷たい眼差しで言われたら、私のHPがマイナスになってしまう。
「ココさんは本当に……。ココさん、ちょっと代わってくださいな!」
私の中のジュリー様が呆れたように私に言う。
私はハッとなり、ジュリー様と交代した。
「ニール、しっかりしなさい! ココさんのお母様。わたくしニール・コイラーンの母でジュリー・コイラーンと申します。実は先日死にまして、今はココさんの中に降霊しているのです」
私(ジュリー様)は息子を叱りつけ、早口で私の母に挨拶をする。
しかし、母は目をぱちぱちと瞬きさせる。
「え? ココ? 降霊……?」
「突然申し訳ございません。でもどうしてもお伺いしたいことがありまして……」
「こ、侯爵夫人様、ですか? シスネロス公爵家ご出身の……?」
「はい。それでですね……」
すると母は、ポロポロと涙を流して両手で顔を覆った。
「どうしよう! 侯爵夫人様を降霊させているなんて、もう、普通でも平凡でもないわ! 私はココの願いを叶えられなかった……!」
私(ジュリー様)とニール様は、母が泣き出したことに驚いていたが、私は「どうしよう」と思っていた。
今の私の願いは、ニール様との結婚であり、「普通」と「平凡」は、今の私にとってはあまり重要ではなかったからだ。




