24.ココの父親
そもそもコイラーン侯爵家は、ココを手放すつもりなど一切なかった。
今回の功労者であることはもちろんだが、事件の内情を知りすぎてしまっていることも大きな理由の一つだった。
しかしこのまま雇い続けても、ココが誰かと結婚をしたら、その相手に内情を話してしまう恐れがある。
ココは、能力と知識と度胸と行動力があるのに、恋愛が絡むと少々残念な女性になるからだ。
でもその恋愛相手が侯爵子息なら、何の問題もない……
「嬉しそうですね、ニール様」
使用人部屋から執務室に戻ってきたニールに、執事のクロックは話しかけた。
「うん? そうかな」
ニールは机上の書類に目を落としながら言ったものの、自分でも顔がニヤついているのが分かった。
「何ですか? ココさんが変なお礼を希望してきたのですか?」
「いや、私と結婚する以外の希望はないそうだよ。まあ、考えておいてとは言っておいたけど……」
ここまで話して、ニールは口元を押さえて肩を震わせた。
「クロック、ココにさ、『君は癇に障らない』って話したら、私のこの感覚を正しく理解していたんだよ!」
「はあ、霊感が強いので同じ感覚があるのですかね?」
クロックは、笑うところか? と思いながら相槌をうつ。
「私からの恋愛感情がないと思ったのか、ココがあきらかに落ち込んじゃってね。もうそれが可愛くて……」
ニールは口元を押さえたまま、さらに肩を震わせる。
「え? 落ち込んでいるココさんに、何の弁明もしなかったのですか?」
クロックは笑っているニールを咎めるように言う。
「弁明もなにも、私には恋愛感情がよく分からないんだよ。ああ、でも、ココは本当に可愛いなぁ!」
クロックの頭の中では、
それを、「好き」というのではないのか?
というか、今更ながら、この人、めちゃくちゃ性格悪いな!?
という2点が渦巻いていたが、ふぅと息を吐いて、心を落ち着かせた。
「ニール様、女性は大切にされていないと感じると何をするか分からない生き物なのですよ」
「クロックは女性に詳しいな。さすが3回結婚をしているだけのことはある。しかし、ココは、元々何をするか分からないじゃないか」
「そうですけど、ニール様は本当に性格が悪いですね!」
クロックは自身の話を持ち出され気分が悪く、ニールにキツく言い放った。
「ごめんごめん! ところでココの父親は誰か分かったのか? 出来れば早くココと結婚したいんだよね」
あんたそれ、もう大好きじゃないか! という言葉をクロックは飲み込んだ。
「書類上、ココさんは非嫡出子となっています。ココさんの母親はあの村の出身ではなく、赤ちゃんのココさんを抱いて1人であの村に移住してきたようです。あの村は男子が通常兵役に出ており女性と子どもばかりなので、ココさん母子が2人で暮らしていても特段目立つことはなかったようですね」
「ココは知っているのか?」
ニールは真面目な表情になる。
「父親は死んだと聞かされているようです。村の者もそう認識しています。しかし、その父親が誰か、本当に死亡しているのかは誰も知らないようです」
クロックも真面目な表情で淡々と話す。
「本来なら、そういった事情には関与しないし、そっとしておいてやりたいものだけど、私の妻になるのなら、そうもいかないな……」
ニールは、頭を掻くと苦笑した。
「ココさんを妻にしなければいいのですよ」
クロックは割と本気で言ってみる。
クロックからすると、平民な上に事情のありそうな女性をわざわざ妻にする意味が分からないのだ。
「……お母様が天に召されたら、ココと2人でココの母親のところに行くか……」
「無視ですか!」
ニールにツッコミを入れた後、クロックは考え込んだ。
「あの、奥様はいつ、その、消えてしまわれるのでしょうか……?」
「それが、よく分からないんだよ。お母様自身も分からないみたいだし、ココは本人次第と言っていたし……」
ニールとクロックが、うーんとうなったところで、コンコンとノックの音が響いた。
「ニール、入りますよ」
ココの声だが、ジュリーである。
「お母様、お父様と一晩過ごされるのではなかったのですか?」
ニールの執務室に入ってきたココ(ジュリー)に、ニールは尋ねる。
「旦那様と一晩過ごしてしまったら、一線を超えてしまいますわ。さすがにココさんの体を使うわけにはいきませんでしょ?」
ココ(ジュリー)はウフフとほほ笑む。
ニールは「ああ、まあ……」と目をそらし、クロックは「別にいいんじゃないですか」と適当に答える。
「もう、クロックは! 旦那様だって、息子の婚約者である女性に手は出しませんよ!」
ココ(ジュリー)は呆れたように言う。
「それなんですけどね、ココさんの父親いかんによっては、結婚出来ないかもしれませんよ」
クロックは持っていた書類をココ(ジュリー)に渡した。
「まあ、ココさんはお父様が不明なのですね……」
ココ(ジュリー)は書類を見て呟く。
「父親が犯罪者や奴隷だった場合、侯爵家との婚姻は出来ません。まあ、妾として側におくのは構いませんがね」
クロックは事実を淡々と述べる。
ニールは「妾か……」と呟く。
「でもココさんは結婚がしたいのですよ。前世からの夢なのです。……そうだわ!」
ココ(ジュリー)は、書類をクロックに返しながら、思いついたように大きな声を出した。
「わたくしとココさんで、調べてまいりますわ! わたくしたち、最強コンビなのですよ!」
『ええっ!?』
ニールとクロックの声が重なる。
「早速旅の支度をしましょう! 善は急げですわ!」
部屋を出て行こうとするココ(ジュリー)の腕をニールは掴んだ。
「お母様! あの、思い残すことが解決したので、その、天に召されてしまうのではないかと……」
「それが、わたくし、ニールとココさんのことが、ものすごく、かなり、とっても、心残りなのですよ。あなたたちの結婚を見届けない限り、天に召される感じがしないのです」
ココ(ジュリー)は平然と言ってのけると、スタスタと執務室から出て行った。
執務室に残されたニールとクロックは、しばらく呆然とドアを見つめていた。




