20.貴族界の女仲人
薬を保管している部屋と木箱の鍵の在処とは……、それはギルバートが肌身離さず着ているスーツの内ポケットの中だった。
でも鍵というのは、ひとつではない。
無くした時に困るので、必ずスペアを作るものである。
そのスペアキーの在処が、ギルバートの寝室の引き出しだった。
寝室にあるということは、ギルバートは寝る前にスペアキーの存在を確認している可能性が高い。
結構慎重な性格と言える。
「それですと、鍵を盗むのは難しいですね。メイドさんと取り込み中になる時は寝室でしょう?」
私の中のジュリー様が言う。
「はい。ですので、外出中を狙うか、お風呂の時を狙うか……。でもメイドと料理人が邪魔してきそうなんですよね」
私はあの2人を思い出して、溜息をつく。
「このお屋敷の使用人は、あの2人だけですよね?」
「はい。貴族ではなく医者ですからね。ギルバートは独身なので、家事をやってもらうためだけの使用人ですね」
王国には身分制度がある。
大きく分けると、貴族、平民、奴隷、の3つだが、例外に騎士と医師がある。
平民が騎士や医師になると、貴族と平民の間の身分になれるのだ。
とはいえ、医師はなるのにお金がかかる上に難しいし、騎士は貴族も多いから内部での格差が酷いと聞いたことがある。
今更だが、平民の私が、貴族の上から2番目の「侯爵」家で働けるなんて、とてつもない幸運なのだ。
「それでしたら、あの2人に取り込み中になってもらいましょう!」
私の中のジュリー様がとんでもないことを言い出した。
「ええ? あの2人はそういう関係ではなさそうでしたが……」
「そうでしょうか? メイドさんのためにココさんを誘惑しにきたのですよ?」
「た、確かに……?」
「わたくしにお任せくださいな! わたくし実は、男女をくっつけるのが上手いのですよ! 貴族界の女仲人と呼ばれておりましたのよ!」
そういう、妙に男女の仲を取り持つ人、確かにいらっしゃる。
ジュリー様はそのタイプでしたか!
「承知しました! もし上手くいきそうでしたら、明日私は体調不良で往診に同行出来ないことにします!」
「ではココさん、交代しましょう! 早速仕込みに行きますわよ!」
私と交代した私(ジュリー様)は、足どりも軽く部屋を出る。
なんだか楽しそうである。
厨房で、先程の料理人の男が乱暴に野菜を切っている。
男は厨房を覗き込んだ私(ジュリー様)の姿を見るなり、ギロリと睨んできた。
「先程は申し訳ありませんでしたわ。少々あなたの態度に気になるところがございましたので……」
私(ジュリー様)は軽く頭を下げた後、ふう、と息を吐いた。
「……気になるところぉ!?」
男は切った野菜をザルに移しながら言う。
「はい。あなたはメイドさんがお好きなのに何故わたくしを誘うような真似をしたのかと……」
「なっ……!? 何言って……! べ、別に、アイツのことは、な、何とも……」
男はせっかくザルに移した野菜を、何故かもう一度まな板に戻している。
ジュリー様、すごいです!
料理人はメイドが好きだったのですね!
私(ジュリー様)はウフフと笑う。
「メイドさんもギルバート医師より、あなたの方がお好きかもしれませんね」
「そ、それはないな! アイツは口を開けば旦那様の話ばかりだからな!」
男は野菜を再びザルに入れる。
「あら、いつまでも結婚をしてくれない男性なんて、付き合う意味がありませんわ! 女性の時間は有限なのですよ」
私(ジュリー様)は自信満々に言い放ったが、それ、あなたの息子の失敗談ですよね?
「し、仕方ないだろう! 旦那様はもう結婚はしないそうだから……」
「メイドさん、お可哀想に……! それでは都合よく体を求められるだけの存在ですわ!」
ジュリー様、結構ズバッと言うなぁ……。
さすがの男も顔色を変えている。
「メイドさんを助けられるのはあなただけです。メイドさんも今の関係が不満だからこそ、私のような小娘にも不安になってしまうのです」
「……あんた、もしかして、旦那様と付き合いたいのか?」
男は疑いの目を私(ジュリー様)に向ける。
あ、そうくるか!
あんなやつ、死んでもお断りだけどね!
「あんなやつ、死んでもお断りですわ!」
私(ジュリー様)は、私の思いをそのまま伝えてしまう。
「あ、あんなやつって……」
「あら、失礼しましたわ! でも、今のうちにメイドさんを助けてあげて下さいませ」
私(ジュリー様)はニッコリほほ笑むと、踵を返して厨房を出た。
私はジュリー様の気持ちが分かってしまった。
秘密の手紙や薬の件を表沙汰にすれば、ギルバートは罪人になるのだ。
その時に恋人としてギルバートの側にいることは、あらぬ疑いをかけられることになる。
メイドと料理人は単なる使用人で、明らかに何も知らない。
ジュリー様はご自分が殺されたのに、関係ない人への配慮をしているのだ。
ジュリー様は、人間が出来ているなぁ……。
「なによ! 掃除の邪魔よ!」
話しかけた私(ジュリー様)に、玄関を掃除していたメイドは箒を向ける。
「あなたと少しお話がしたくて……。お掃除でしたら、わたくしも手伝いますわ」
「話すことなんてないわ! 手伝いも要らない! 邪魔だからどこか行ってちょうだい!」
取り付く島もないとは、こういう状況を言うのだろう。
「わたくし、実は付き合っているお方がいるのですけど……」
「何勝手に話し始めてるのよ!?」
急に恋バナを始める私(ジュリー様)にメイドは驚いている。
「結婚の約束をしているのですけど、大人になるまで待ってほしいと言われてすでに何年も経っているのです」
私(ジュリー様)は頬に手を当てて、溜息をつく。
だからそれ、息子の失敗談ですよね?
「でも時折やってきて、体だけ求められるのです」
ジュリー様、以前も思いましたが、「医療助手ココット」の設定が酷すぎますよ?
私、前世も今世も処女なんですよ!
メイドは聞いてないフリをしていたが、少し顔をこちらに向けている。
「そんな時、幼馴染だった2歳年下のカイルがですね、あっ、カイルは全然いい男ではないのですけど、いつも相談に乗ってくれていまして、わたくしに好きだと告白をしてくれたのですよ! わたくし、どうすればいいのでしょう!」
私(ジュリー様)の話に、メイドはあからさまに顔をしかめた。
「知らないわよ! ただのノロケじゃない!」
「ノロケではありませんわ。性格の悪い見目の良い婚約者と、見目の悪い優しい幼馴染、どちらか一方しか選べないのですよ! 人生を分ける大変な選択ですわ!」
ニール様か、架空の幼馴染か……。
私だったらニール様だな!
あのお顔を拝めるのなら、性格の悪さも許容範囲内だ。
「……そんなの、幼馴染の方なんじゃない? 性格が悪い人とは一緒に暮らせないわ!」
な、なんですと!?
私はメイドの放った言葉に、私の中で呆然とした。
「メイドさん、ありがとうございます! なんだか霧が晴れたようですわ!」
私(ジュリー様)は顔を輝かせてお礼を言った。
メイドは顔を赤くする。
「べ、別にっ!? もう邪魔だから部屋に戻ってよ!」
「ええ、そういたします!」
私(ジュリー様)は軽い足どりで、ココットの部屋に戻った。
「ジュリー様、幼馴染の方がいいでしょうか? 私は性格が多少悪くても見目の良いニール様の方がいいのですが……」
部屋に戻った途端、私は私(ジュリー様)に問いかけた。
「ココさん、これは例え話で、ニールの話ではありませんわ」
私(ジュリー様)は呆れたように言った。




