18.ニールの気持ちは
コイラーン侯爵家のニール・コイラーンの執務室で、ニールは書類に目を落としたり、考え込んで天井を見たり、とにかく落ち着きがなかった。
「ニール様、書類が進んでおりません」
執事のクロックは、溜息混じりに呟いた。
「あ、ああ、悪い……」
「そんなにココさんと奥様が心配ですか? 私は物陰から見ていましたが、ものすごい気迫で『行くところがないんですぅぅっ! 雇ってぐだざいぃぃ!』って中に押し入ってましたよ。あんな恥ずかしい真似、普通は出来ませんよ」
思い出しながら呆れるクロックに、ニールはぶはっと吹き出した。
「ココは本当に面白い……」
「……あの、ニール様。婚約のお話ですが、本気なのですか?」
クロックがとても嫌そうなので、ニールは表情を強張らせた。
「クロック、私は昔から勘が良くて、話さなくても相手がどんな人物か分かるんだよ」
「それは、存じ上げておりますが……」
「初めて何の下心もないと思った女性がシンディだったんだ」
クロックは、それ10歳の時では? と思ったが、口には出さずにいた。
「シンディに相応しい男にならなくてはと無我夢中だったが、それがいけなかったと今なら分かるよ。私は自分のことばかりで、シンディを見ていなかったんだ……」
ニールは遠い目をする。
「……シンディ様は分かりますよ。何故あのような平民の娘なのかという話ですよ」
クロックは淡々と言う。
「私にとって重要なのは身分ではなく、私の癇に障らないかどうか、なんだ。たとえ身分が高く教養が素晴らしい女性でも、私の癇に障ったら一緒には暮らせない。この感覚はきっと誰にも理解されない。はたから見たら、私はかなり我儘な男だ」
ニールは自虐的に笑う。
「ココさんは癇に障らないのですか? 私の癇には障りますけど?」
「……初めは、お母様が入っているからだと思ったんだ。でも他の男を紹介して欲しいだの、前の婚約者の話だのを聞いているうちに、かなりイライラとしたんだよ。ココもやはり私の癇に障る女性だったのだとね」
そうでしょうとも、とクロックは大きく頷く。
「でもお母様がココと結婚をすれば良いと言った途端に、そのイライラが無くなったんだ。ココが他の男の話をしないで私のそばにいてくれるのなら、癇に障らないんだよ!」
ニールは笑顔をクロックに向ける。
「ニ、ニール様、それは恋……」
「ああ、やはりココは私の癇に障らない女性だったんだよ! シンディも霊感が強かったし、霊感が強い物同士は癇に障らないのかもしれない……」
「……は? 霊感、ですか?」
「ああ。そもそも体調が万全なら、ギルバートの思惑も感じ取れたはずなんだ。もっと早くココに出会えていれば良かったよ! ……どうした、クロック? 頭を抱えて……?」
ニールは頭を抱えるクロックを不思議そうに見つめる。
クロックはニールをキッと睨んだ。
「ニール様! あなたは、勘が良すぎて逆に鈍感なタイプですよ!!」
◆◆◆
見つけた!
私は幽体のままで、ほくそ笑んだ。
薬を保管している部屋の中になんと隠し扉があり、その隠し部屋の中に鍵のかかった木の箱があり、その中に、ジュリー様からのイメージで伝わっていた薬があったのだ!
ギルバート、分かってはいたけど、真っ黒だったな!
しかし、どうしようか。
幽体だから鍵や壁なんて関係なく移動できるが、肝心の薬に触ることも出来ない。
私は仕方なく一旦体に戻ることにした。
一人で考えるより、ジュリー様のお知恵を借りた方が良さそうだ。
「もう! ココさんは度胸と行動力がありすぎますわ! この手紙を持って自室に戻るまで、わたくし生きた心地がしませんでしたわ!」
私(ジュリー様)は口を尖らせる。
すみません!
でもギルバートはメイドの女性と取り込み中でしたので、絶対に会うことはなかったと思います!
「取り込み中って、覗いたのですか?」
私(ジュリー様)は顔色を変える。
い、いえ! うっかり見てしまっただけです! すぐに退出しました!
「ココさんはそっち方面になると、途端に奥手ですのね。婚約破棄の時もウジウジしていましたし……」
恥ずかしながら、前世も今世も恋愛経験がなくて……。
私は私の中で、アハハと笑う。
「……ココさんは、ニールとの婚約はお嫌ですか?」
私(ジュリー様)の突然の質問に、私の心臓がドキリと跳ねる。
わ、わ、私なんか、ニール様と、釣り合いが取れないと言いますか……、ニール様は顔が良すぎて直視できないと言いますか……!
私(ジュリー様)は、呆れたようにハァーと息を吐いた。
「ココさんは霊感がお強いのに、勘は良くないのですね」
そ、そうなんですよ!
私は霊感が強すぎて勘が悪いデコボコタイプなんです!
勘の良いニール様が羨ましいです!
私(ジュリー様)は再びハァーと息を吐く。
「……まあその話は今は良いですわ……。薬でしたわね」
は、はい!
私(ジュリー様)は少し考えて、ニヤリと笑った。
「メイドの女性とそういう関係ということは、週に何回かは取り込み中になりますわね。この家は貴族屋敷ではないので使用人も少ないですし、今日明日中に鍵の場所を探って、ギルバート医師が取り込み中に行動を起こしましょう!」
了解ですっ!
さすがジュリー様!
私の顔なのに、企み顔がニール様によく似ています!




