13.シンディ・クレアール公爵夫人
私が倒れた日から10日後。
私はある医者の助手としてクレアール領のクレアール公爵家に潜入していた。
クレアール公爵家では、週変わりでお医者様が訪問している。
今週のお医者様は、モンサリー医師だ。
ちょうどモンサリー医師は医療助手を募集しており、私がダメ元で応募してみたら受かってしまったのだ。
ひとえに、私の前世での豊富なバイト経験(医療事務と看護助手)のおかげである!
ちなみに経歴は、「医療助手歴3年、医者を目指して勉強中の19歳の平民ココット」である。
恐ろしいまでの嘘八百だ。
「いやあ、優秀な助手が見つかって良かったよ。急に助手が辞めてしまってね」
モンサリー医師は50歳くらいだろうか、笑うと目が糸の様に細くなり、ついこちらも目を細めてしまう。
「あの、クレアール公爵夫人様の病気は重いのですか?」
「……うーん、重くはないのだけど、原因が不明でね……。まあ、ココットさんはあまり気にしなくていいよ」
これは、助手だからあまり踏み込むな、ということだろう。
今不信感を抱かせては計画が破綻してしまう。
私は笑顔で「はい」と答えた。
しかし、このお屋敷は大きい。
コイラーン侯爵家の2倍はありそうだ。
そんな屋敷内の通路を公爵家の使用人に続いてひたすら進み、私とモンサリー医師は屋敷の一番奥の部屋に通された。
その部屋はとても広かったが、家具や調度品も落ち着いた色合いで高級そうだったが、ニール様の部屋で感じた、薄暗い念が部屋全体に塗り広げられていた。
モンサリー医師はその部屋の中央のソファから立ち上がる女性に近づいていき軽く会釈をしている。
モンサリー医師には、この念は全く感じられないようだ。
「お加減はいかがですか?」
「ええ。だいぶ良くなりましたわ」
顔色の悪い、とても痩せた女性はそう答えると、ソファに再び腰をかけた。
金色の長い髪、蒼い大きな瞳、きっとかなりの美人なのだろうけど、体はガリガリで頬がこけている。
「なんてことなの! あれがシンディ!?」
私の中のジュリー様が驚愕の声を上げる。
信じられない、という感情が私に流れ込んでくる。
「ココットさん、こちらへ来てください」
モンサリー医師が入り口で立ち尽くす私に手招きをする。
私は慌ててモンサリー医師の横に行く。
「クレアール公爵夫人様、私の新しい助手でココットといいます」
「女性の方なのですね。よろしくお願いします」
やつれていても、気品が溢れている。
さすが公爵夫人である。
私も「よろしくお願いします」と礼をする。
しばらくモンサリー医師による問診をしたり、血圧を測ったり、いわゆる一般的な診察を行った。
私はカルテに細かく症状を記載し、血圧計に手慣れた手つきでしゅこしゅこと空気を送ったりと真剣に助手に徹していたところを、私の中のジュリー様から「ココさん!」と声をかけられた。
「このままですと、終わってしまいますわ!」
そ、そうでした!
うっかり真剣に医療助手をしてしまった!
カルテも書き終わったし、出した医療器具も片付けた。
ジュリー様、交代です!
私とジュリー様は、スウっと意識を交代した。
もう、息をする様に交代できてしまうのだ。
「最近何か気になることや変わったことなどはありますか?」
モンサリー医師がいつもの質問をすると、クレアール公爵夫人様は顔色を変えた。
「……あ……!」
「どうかされました?」
モンサリー医師は、首をかしげる。
「……あ、いいえ、あの、モンサリー先生、わたくし、ココットさんとお話がしたいですわ。とても手際が良くて驚きましたの」
「なんと、そういうことでしたら、どうぞお話ください」
モンサリー医師は、顔を紅潮させた。
きっと公爵夫人様が何か言うのは珍しいのだろう。
「ええと、女性の話ですので……」
何とも意味深に公爵夫人様は顔を赤らめる。
「あ! そうですね! 私は離れていますね!」
モンサリー医師は慌てて公爵家の使用人がいる壁際まで下がる。
この部屋には、女性の使用人が3人とモンサリー医師がいる。
込み入った話はやはり出来ない。
「お久しぶりね、シンディ。元気そうねと言いたかったのですが……」
私(ジュリー様)はソファの横に跪き、極小声で公爵夫人様にほほ笑みかけた。
「……わたくし、わたくし、ジュリー様のお葬式にも参列できず……」
公爵夫人様は両手で口元を押さえ、苦しそうな声を出す。
「そんなことはいいのですよ。シンディ、本日は大切な話があり、ココさんに無理を言ってこの場に来たのです。平静を装って聞いていただけますか?」
公爵夫人様はコクンと頷く。
「時間がございませんので、結論から申し上げます。今すぐ、ニールへの後悔の念を断ち切っていただきたいのです」
公爵夫人様は目を見開いた。
「わ、わたくし、後悔なんて……」
「シンディ、このままですと、あなたもニールも原因不明の体調不良でまともに生活ができませんわ」
「……え? ニ、ニール様も、お身体が……!?」
私(ジュリー様)は頷いて、公爵夫人様が後悔の念を6年飛ばしていること、ニール様が6年間体調が悪いことを簡潔に話した。
「わ、わたくし、なんてことを……」
公爵夫人様は口元を手で押さえてぶるぶると震え出した。
その様子を見たモンサリー医師がツカツカとこちらにやってきて、「ココットさん! 何をやっているのですか!?」と私(ジュリー様)の肩を掴む。
やっぱり、そうなるよね。
どうしよう、続行不可能か!?
すると、公爵夫人様はモンサリー医師をスッと手で制した。
「わたくし、ココットさんと、二人きりでお話がしたいですわ。申し訳ありませんが、そこの3人もモンサリー先生も一刻ほど出て行ってはくださいませんか?」
公爵夫人様の毅然とした態度に、使用人たちは頭を下げると部屋の外に出て行った。
しかしモンサリー医師は、医者としての責任と、医療助手を連れてきた責任があり、はい承知しました、と出て行くわけにはいかないのだろう。
困惑した表情でうつむいている。
公爵夫人様はふふっとほほ笑んだ。
「モンサリー先生、困らせてしまい申し訳ありません。実は、夜の事情についてのお話なのですよ。殿方の前ではとても……」
おお! その手があったか!
「そ、そうでしたか。いや、しかし、それはココットさんで相談相手になるのでしょうか……」
さすが医者。
あまり表情を変えずにチラリと私(ジュリー様)を見る。
「モンサリー先生、わたくしこう見えて経験豊富なのです! 何人もの男性をよろこばせてきましたわ!」
私(ジュリー様)が堂々と言い放つ。
ち、ちょっと待ったぁ!
それじゃあ私が、何人もの男性と、みたいじゃないですか!?
前世も今世も完全に処女ですよ!?
「な、なんと、人は見かけによりませんね! そういうことでしたら、半刻ほどなら……」
モンサリー医師は、先程とは違う目つきで私をジロジロと見た後、部屋の外へ出て行った。
あの目は、私もお願いしようかな? って目だ!
よし、これが終わったら、速攻で退職しよう!




