11.ニール様の事情
目が覚めると、2回目の転生をしていた……、ということはなかった。
私は知らない部屋のベッドに寝かされていたが、壁紙や雰囲気から、コイラーン侯爵家のお屋敷だということは分かった。
「目が覚めました? ああ、良かった!」
体を起こした私に、私の中のジュリー様が安心したように言う。
「私、どうして……」
「ココさんは倒れてしまったのです。ニールが大変申し訳ありませんでしたわ……」
私は倒れる直前の光景を思い出してうつむいた。
「ココさんの前世のイメージがわたくしに流れ込んできました。とてもお辛い目に遭ったのですね」
優しいジュリー様の言葉に、私はコクンと頷く。
するとノックの音が響き、侯爵子息様と執事様が入ってきた。
私の記憶から、冷たい目をして私を押さえつける侯爵子息様の姿が呼び起こされ、体がガタガタと震える。
「ココさん、代わりますわ」
私はジュリー様に言われるがままに、意識を自分の奥へと追いやった。
「お母様……」
「ココさんは無理なようですので、わたくしからお話しますわ」
私(ジュリー様)は侯爵子息様にピシャリと言う。
侯爵子息様は「はい……」と呟いた。
侯爵子息様と私(ジュリー様)はソファに移動して、ローテーブルを挟んで向かい合って座った。
執事様はお茶を出した後、ソファ横の椅子に腰掛けた。
「ココさんは、前世、別世界で『降霊術師』として働いていたそうです。死者の言葉を伝えたところ、依頼者に激昂され、刃物を刺されて殺されたそうですわ……」
私(ジュリー様)の言葉に、侯爵子息様と執事様は目を見開いた。
「ニールに、殺されると思ったようです」
私(ジュリー様)は侯爵子息様を睨む。
「あ……、も、申し訳、ありません……」
侯爵子息様は頭を下げる。
「わたくしはニールの事情も存じています。ですがあのような行動は感心できません。この事案はココさんでないと解決出来ません。ココさんに自ら事情をお話して、謝罪をして下さい。解決していただくのは、その後です」
ジュリー様の毅然とした態度に、私は見惚れてしまっていた。
声も姿も「私」なのに、とても素敵な貴族女性に見える。
いや、実際、私の意識は私の中にあるので、見えるわけではないのだが。
「……ココさん、出てきてもらえますか?」
侯爵子息様は私に優しく声をかける。
実はこのままでも聞こえるのだが、話を聞く態度ではないような気がする。
私はジュリー様に「大丈夫です」と伝えて、交代した。
私が表面に出たせいで、私の見た目が下がった気がするが、気のせいであってほしい。
「ココさん、先程は申し訳ありませんでした」
侯爵子息様は深々と頭を下げた。
「あ、あの、もう大丈夫なんです。私こそニール様……失礼しました! 侯爵子息様を過剰に怖がってすみませんでした」
うっかりジュリー様と話すノリで名前呼びをしてしまった!
貴族の名前を許可なく呼んではいけないのだ。
「ああ、いいですよ。どうぞ名前で呼んで下さい。私も『ココ』でいいですか?」
「は、はい! もちろんです!」
よ、良かった。
さっきの冷たい目を向けられたら、また気絶してしまうところだった。
「実はココの言った『シンディ』というのは、私の婚約者だった女性なのです」
「はい……」
実はなんとなく、そうかもしれないと思っていた。
「知っていましたか。それでしたら詳細は省きますが、シンディは今、クレアール公爵と結婚をしており、クレアール公爵夫人なのです」
侯爵より、公爵の方が格上だったはずだ。
浮気をして婚約破棄された女性が格上に嫁ぐなんてあるのか。
あ、これが、婚約破棄からの大逆転というやつか!
「浮気相手がクレアール公爵だったのですよ」
ニール様は私の思考を読み取ったように付け加える。
「す、すみません!」
勘が良いニール様の前でおバカなことを考えてはいけない!
「ですので、クレアール公爵夫人が私に執着しているとはとても思えないのです」
ニール様はそう言うと紅茶を一口飲んだ。
「あの念には、本人の自覚がありませんでした。6年も続いているのなら、これからも続く可能性が高いです。ニール様の体調も心配ですが、念を飛ばしているクレアール公爵夫人様の体調も心配です」
私の言葉に、ニール様と執事様は顔を見合わせて頷く。
「至急クレアール公爵夫人の体調を調べます!」
執事様は立ち上がると、素早く部屋を出ていった。
「他に、分かったことはありますか?」
ニール様は優しく私に問いかける。
「あの念は恨みではありませんでした。何かをとても後悔しているような、気にしているような、そんな想いです。そして範囲の広さから、クレアール公爵夫人様はかなり霊感が強い方だと思います」
「ああ、そうかもしれません。私と同じように視えている時がありました。隠しておられたのでその話をしたことはありませんが……」
ニール様は何かを思い出すように、目を細めた。
その表情はとても優しく、今は公爵夫人となったシンディ様を想い続けているかのようだった。
なぜだろうか。
私と同じ浮気からの婚約破棄なのに、私のはギャグでニール様のは悲恋に見えるのは。
「あの、それでですね、やめていただくには、本人に自覚していただかないといけないのですが、お手紙などで伝えることは出来ますか?」
ニール様は表情を曇らせた。
「ココ、6年前の騒動の約定で、コイラーン侯爵家からクレアール公爵家に手紙を出すことは出来ないのですよ」
「そんな約定が……」
まあ、確かに、別れた元婚約者から手紙が送られて来たら、公爵家としては腹立たしいのかも?
スカーレットも私からの手紙だと思って怒っていたしなぁ……。
いや?
奪った方なのに怒る権利あるのか?
ちょっと図々しいな!?
「ココは考えていることが丸わかりですね。婚約破棄の内容は、表向きは浮気ではなく円満な話し合いによる別れなのですよ。彼女を傷物にするわけにはいきませんからね」
「す、すみません! ニール様はお優しいのですね!」
「優しい……ですかね……。シンディのことを何とも思っていませんと虚勢を張りたかっただけなのかもしれません……」
ああ、またその懐かしむような優しいお顔をされるのですか。
何だかこちらの胸が苦しいですよ。
もうやめましょうよ。
私のケビンへの未練を、ニール様は断ち切ってくれたじゃないですか!
「それでしたら、直接お伝えに行きましょう」
私の言葉に、ニール様は目を見開いた。
「いえ! 会うのはもっとダメなのです! コイラーン侯爵家の者は、クレアール公爵夫人に近づいてはならないのです!」
なんなの! その約定は!?
「何もニール様に行けなんて言っていません! 行くのは私です。私がクレアール公爵夫人様に伝えます!」




