EP 7
【不殺】の暴撃〜プロ暗殺部隊の絶望と、医官の絶対領域〜
新月の夜。ポポロ村の周囲を覆う深い森の中に、音もなく蠢く黒い影の群れがあった。
ゴルド商会が莫大な金で雇い入れた、大陸でも悪名高いプロの暗殺部隊『宵闇』の精鋭二十名である。
「……静かなもんだ。昼間に撒いた重金属の毒で、今頃村の連中は全滅か、身動きも取れない状態だろうよ」
部隊のリーダーである黒装束の男、ガンツが木の上から村を見下ろして冷酷に嗤った。
彼らの任務は、毒テロの事後処理。生き残った者がいれば確実に息の根を止め、村を焼き払い、すべての証拠を隠滅することだ。ゴルド商会の依頼は常に「皆殺し」である。
「行くぞ。一人残らず刈り取れ」
ガンツの合図と共に、二十人の暗殺者たちが村の境界を越えようと一斉に跳躍した。
——その瞬間だった。
プシュッ……! という微かな破裂音と共に、彼らの足元に仕掛けられていた無数のワイヤー(トラップ)が弾け、周囲一帯に強烈な白い煙が噴出した。
「な、なんだ!? 煙幕か!?」
「ゴホッ……! ぐあッ、目が、喉が焼けるように痛てぇッ!!」
暗殺者たちが次々と地面に転げ回り、涙と鼻水を撒き散らして咳き込んだ。
それはただの煙幕ではない。優太が【地球ショッピング】の善行ポイントで引き出しておいた、対暴動用の『CSガス(催涙ガス)』のグレネードである。
粘膜を強烈に刺激する地球の化学兵器の前に、魔法や闘気で身体を強化している暗殺者たちも、生理的な反射には抗えなかった。
『——暗殺部隊の皆さん。ポポロ村のトリアージ・エリアへようこそ』
白い煙の向こう側から、拡声器を通したような冷徹な声が響いた。
涙でぼやける視界の中、ガンツはガスマスクのような奇妙な防護具を顔につけた三つの影が、悠然と歩み寄ってくるのを見た。
「マスター、右翼を頼む。キャルルは左翼だ。俺は中央を制圧する」
「へっ、了解だ。お前さんの『誰も殺すな』って無茶なオーダー、暗殺者相手にどこまで通用するか見せてもらおうじゃねぇか」
「はいっ、優太様! 私は優太様のご指示通り、誰の命も奪わずに、優しく無力化してみせます♡」
指示を出したのは、グレーのパーカーを着た青年——中村優太だった。
彼はガスマスク越しでも分かるほど極めて冷静な瞳で、暗殺者たちを「患者」でも見るかのように見下ろしていた。
「迎撃しろッ! 相手はたった三人だ!」
ガンツの怒号に応え、涙目になりながらも五人の暗殺者が優太たちへと殺到する。
だが、その突撃は絶望の始まりに過ぎなかった。
右翼では、龍魔呂が溜め息をつきながら歩み出ていた。
「殺すなって言われる方が、よっぽど気を使うんだぜ……っ!」
龍魔呂は刃物を使わず、素手のまま陳式太極拳の『化勁』で暗殺者のナイフを絡め取る。そのまま相手の闘気を逆流させ、手首の関節を極めて地面に叩きつける。流血ゼロ。だが、急所に寸勁を打ち込まれた暗殺者は、白目を剥いて一瞬で昏倒した。
左翼では、キャルルがヤンデレ全開の笑みを浮かべながら跳躍していた。
「優太様の村を汚す害虫さんたち。死なない程度に、優しくお掃除しますね♡」
キャルルはダブルトンファーで暗殺者の剣を的確に弾き飛ばし、タローマン製の超重安全靴を履いた足で『月影流・鐘打ち』を放つ。狙うのは人体ではない。相手の持っている武器や、防具の分厚い部分だ。強烈な質量を持った回し蹴りが武器ごと相手の姿勢を崩し、脳震盪を起こさせて無力化していく。
そして、中央。
優太の周囲には、八人の精鋭が殺到していた。
毒のダメージもない。煙幕の中でも的確に急所を狙ってくるプロの動き。
「死ねェッ!」
背後から、音もなく忍び寄った一人が優太の首筋へ毒刃を突き立てようとする。
——遅い。
優太はシステマの呼吸法で身体の緊張を完全に解き、背後の気配(空気の揺らぎ)だけで攻撃の軌道を読んでいた。
振り返ることなく、優太は左半身をわずかにズラす。空を切る毒刃。
その刹那、優太は相手の伸びきった腕を下から掬い上げ、大東流合気柔術の『合気』で相手の重心を完全に掌握した。
「なっ……!?」
「一人目」
優太の腕が、暗殺者の首に絡みつく。ブラジリアン柔術の『リアネイキッド・チョーク(裸絞め)』。
頸動脈を的確に圧迫された暗殺者は、声を発する間もなく、わずか三秒で脳への血流を絶たれ、糸が切れたように崩れ落ちた。優太は静かにその体を地面に寝かせる。骨一本折っていない、完璧な物理的気絶。
「バカな、闘気も魔法も使わずに……! 囲め! 一斉に掛かれ!」
残る七人が同時に優太へ斬りかかる。
優太はポケットからタクティカル・バトン(ワスプ薙刀の柄)を取り出し、それを展開させずに『短い棒』として使った。カリ・シラットのトラッピング技術だ。
カキンッ! と鋼の剣をバトンで弾き返し、そのまま滑るように相手の懐に入る。
ドンッ! と、八極拳の歩法で踏み込み、掌底を相手のみぞおち(太陽神経叢)に軽く打ち込む。
内臓は破壊しない。だが、神経の束に直接衝撃を与えられた暗殺者は、呼吸を奪われ「カパァッ」と口を開けて昏倒する。
「二人目」
「ヒッ……!?」
優太の動きには、一切の殺気がない。
怒りも、憎しみも、焦りもない。
ただ淡々と、ベルトコンベアを流れる不良品を検品するかのように、確実に、そして最も効率的に人体の『機能』を停止させていく。
斬撃を合気でいなし、関節を極めて制圧。
背後からの魔法詠唱は、CQCのステップで肉薄し、詠唱が終わる前に顎先を軽く打ち抜いて脳震盪を誘発。
ものの数分で、中央の八人は一滴の血も流さず、優太の足元に転がっていた。
「……心拍数60。呼吸よし。バイタル安定。トリアージ完了だ」
優太は倒れた暗殺者たちの頸動脈に次々と指を当て、彼らが「健康に気絶している」ことを確認すると、ガスマスクを外して小さく息を吐いた。
「バ、バカな……俺たち『宵闇』の精鋭が、かすり傷ひとつ負わせられないだと……!?」
部下たちを全滅させられ、ただ一人残ったリーダーのガンツは、ガクガクと膝を震わせていた。
目の前の青年は、人を殺さない。
だが、それは「甘さ」などではない。相手を殺すまでもないという、絶対的な実力差。プロの暗殺者としての彼らの『尊厳』を、文字通り骨の髄までへし折る、圧倒的な暴力(優しさ)だった。
「ふざけるなァッ! 舐めるなよ、俺は『宵闇』の頭だぞッ!!」
ガンツがヤケクソのように絶叫し、全身に黒い闘気を纏って突進してきた。
暗殺術の奥義。影に溶け込み、視認不可能な速度で放たれる必殺の刺突。
だが、優太の瞳は極北の海のように冷ややかだった。
「……筋肉の収縮、重心の移動。解剖学的に見れば、次にどこが動くかは手に取るように分かる」
ガンツの刃が優太の心臓を貫く——その直前。
優太は半歩だけ前に出た。
ガンツの腕に外側から腕を絡ませ、自衛隊式近接格闘術の関節技の形へ持ち込む。相手の突進する運動エネルギーをそのまま利用し、優太はガンツの身体を宙に浮かせ、石畳へと強烈に叩きつけた。
「グガァッ!!」
地面にうつ伏せにされ、背中に腕を極められたガンツは、完全に身動きが取れなくなった。
関節は外していない。だが、一ミリでも抵抗すれば肩が砕けるという『絶対的な制圧』の形。
「チェックメイトだ。お前たちの負けだ、暗殺者」
優太が静かに見下ろす。
ガンツは屈辱と恐怖に顔を歪めながら、血を吐くように叫んだ。
「な、なぜだ……っ! なぜ、俺たちを殺さない!? お前ほどの実力があれば、一瞬で俺たちの首を撥ねることもできただろうがッ!!」
「言ったはずだ。俺は医官だ」
優太はガンツの関節を正確に極めたまま、一切の感情を交えずに言い放った。
「俺の目の前で、命をこぼすことは許さん。……たとえ、お前のようなクズの命であってもな。俺の患者になった以上、お前たちに『死んで逃げる』という選択肢はない」
死ぬことすら許されない。
生殺与奪のすべてを完全に掌握された恐怖。ガンツは、自分がただの「人間」ではなく、冷酷な医官の手術台に乗せられた「解剖用のモルモット」に過ぎないことを悟り、絶望に心をへし折られた。
「ヒィッ……あ、あぁぁ……」
ガンツの戦意が完全に消失したことを確認し、優太は拘束用のタイラップを取り出そうとした。
——その時だった。
「ククッ……アハハハハッ!! 傑作だぜ、医者殿ッ!」
完全に心が折れたはずのガンツが、狂ったように笑い始めたのだ。
「確かに俺たちの負けだ……! だがな、俺たちはお前たちを削るための『陽動』に過ぎねぇんだよッ!」
「……何?」
優太が眉をひそめた瞬間。
森の奥深く、ゴルド商会の野営地があった方角から、空気を震わせるほどの凄まじい『咆哮』が轟いた。
『ギョエェェェェェェェェッ!!!』
ビリビリと大気が震え、ポポロ村の家々の窓ガラスが粉々に砕け散る。
キャルルが耳を塞いで蹲り、龍魔呂が顔を険しくして森の奥を睨みつけた。
「おい優太! 森の奥から、とんでもねぇ質量の魔力反応が近づいてきやがる!」
「ハハハッ! ゴルド商会が裏ルートで手に入れた『古代の遺物』だ! 俺たちがやられた時、あの『封印の檻』が開くように細工してあったのさ! 村ごと踏み潰されなッ!!」
ガンツが狂笑する中、森の木々が薙ぎ倒され、月明かりの下に『それ』が姿を現した。
全長二十メートル。
全身を黒鋼の鱗で覆い、腐臭を放つ毒炎を口から漏らす、変異型の超大型ワイバーン。
ただの魔獣ではない。それは間違いなく、一つの軍隊を単独で壊滅させるほどの力を持った『章ボス級』の厄災だった。
「……なるほどな。人間の次は、怪獣退治ってわけか」
優太はガンツを完全に気絶させると、ゆっくりと立ち上がり、アメリカン・スピリットを口に咥えた。
背後で、キャルルがダブルトンファーを構え、龍魔呂が真鍮のライターを鳴らす。
「マスター、キャルル。予定変更だ」
「へっ、人間相手じゃ不完全燃焼だったところだ。アイツは派手にバラしていいんだろ?」
「はいっ! 優太様のご指示通り、木っ端微塵にしますね♡」
圧倒的な絶望を前にしても、三人のバディには微塵の恐怖もない。
戦術医官の瞳が、静かに、しかし冷酷に巨大な標的を見据えた。
「あぁ。容赦はするな。……村に地獄を見せる前に、俺たちで完璧に切除するぞ」
ポポロ村防衛戦、最終局面。
最強のチームによる、章ボス魔獣の討伐戦が今、幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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