EP 6
自己犠牲の兎姫と、本気の叱責〜命を切り売りする者に、背中は預けない〜
賢者モードに突入した三十人の傭兵部隊を、自警団の詰め所へと無事に引き渡した翌朝。
ポポロ村に、ひとときの平穏が訪れたかに見えた。
「いやぁ、まさか一滴の血も流さずに、ゴルド商会の私兵部隊を無力化できるなんて……優太様の戦術、本当に凄いです!」
村長室で、キャルルが目をキラキラと輝かせながら優太に温かいハーブティーを差し出した。
徹夜で作戦行動にあたっていた優太は、受け取ったカップを啜り、小さく息を吐く。
「俺は医者だからな。無駄な流血は患者を増やすだけだ。それに、マスター(龍魔呂)の潜入技術がなきゃ、あの『たまんネギ』を気づかれずに鍋に放り込むことはできなかった」
「へっ。暗殺者のスキルをあんなフザケたネギのデリバリーに使わされるとは思わなかったがな。……だが、これで商人の手駒は潰れた。次は本丸(商人自身)をどう引っ張り出すかだが……」
壁際でマルボロを吹かす龍魔呂が目を細めた、その瞬間だった。
——カーンッ! カーンッ! カーンッ!
村の中央広場から、悲痛な鐘の音が鳴り響いた。
魔獣襲来の警鐘ではない。もっと切迫した、村人たちの悲鳴が混じったような音。
「なっ……!?」
「行くぞ!」
優太は反射的に医療リュックを掴み、窓を蹴り破る勢いで広場へと駆け出した。キャルルと龍魔呂もそれに続く。
中央広場に到着した三人が目にしたのは、再びの地獄絵図だった。
村の命綱である『中央共同井戸』の周辺に、十数人の村人が倒れ伏している。彼らは喉を激しく掻きむしり、どす黒い吐瀉物を撒き散らしながら痙攣していた。
「水が……井戸の水が、急に紫色に……っ!」
「母さん! 母さん、しっかりして!」
悲痛な叫び声が響き渡る。
優太は即座に倒れている老婆の元へ滑り込み、G-SHOCKの秒針を見ながら頸動脈に指を当てた。
「脈拍低下、チアノーゼ(皮膚の青紫化)、激しい嘔吐……。昨日の有機リン系の農薬じゃない。もっと悪質で、致死性の高い重金属系の毒だ!」
優太はギリッと奥歯を噛み締めた。
傭兵部隊が制圧されたと知った悪徳商人が、報復として放った「第二の矢」。傭兵たちが陽動で、本命の暗殺者が夜陰に乗じて井戸に遅効性の猛毒を投げ込んだのだ。
村ごと皆殺しにするという、極めて残虐な悪意。
「くそっ、これだけの重金属中毒を同時に解毒するには、手持ちの設備じゃ……!」
優太が【地球ショッピング】のポイント残高を計算し、必要なキレート剤(重金属排泄薬)のリストを脳内で弾き出そうとした時だった。
「——退いてください、優太様」
静かな、しかし有無を言わせぬ声が響いた。
見れば、キャルルが井戸の縁に立ち、両手を組んで祈りの姿勢を取っていた。
彼女の長い兎耳がピンと張り詰め、その全身から、月光のように淡く美しい『銀色の闘気』が立ち昇り始める。
「私はこの村の村長です。私の村の民を、これ以上理不尽な悪意に晒させるわけにはいきません」
「キャルル、お前……まさか!」
「月兎族の秘術——『月光薬』。私の命を魔力に変換し、すべての毒を浄化します」
キャルルが静かに目を閉じると、彼女の体から放たれた銀色の光が、広場全体を包み込み始めた。
光に触れた村人たちの顔色が、見る見るうちに回復していく。紫に染まっていた井戸の水も、本来の透明さを取り戻し始めていた。
だが、その代償はあまりにも重かった。
「ガハッ……!」
キャルルの口から、大量の鮮血が吐き出された。
白いパーカーが赤く染まる。それでも彼女は祈りを止めず、自らの生命力を削り、広域の回復魔法を維持し続けていた。
「おい……あの嬢ちゃん、自分の寿命を燃やしてやがるぞ」
龍魔呂が顔をしかめ、舌打ちをする。
キャルルは、レオンハート王国の籠の鳥だった過去から、常に「誰かのために役に立たなければ自分の存在価値はない」という強迫観念(ノブレス・オブリージュの呪い)を抱えていた。
自分さえ犠牲になれば、みんなが助かる。
その自己犠牲の狂気が、いま彼女の命を散らそうとしていた。
「……ふふっ、大丈夫、です。私一人で、みんなが……」
薄れゆく意識の中で、キャルルが微笑んだ、その時。
「——ふざけるなッ!!」
優太の怒号が、広場の空気を切り裂いた。
次の瞬間、優太はシステマの歩法でキャルルの懐に神速で潜り込み、大東流合気柔術の技法で彼女の腕を掴み、一切の怪我をさせない完璧なベクトル制御で、彼女を地面へと引き倒した。
「あっ……!? 優太、さま……?」
「術式の強制解除だ。これ以上、一滴でもお前の血を流してみろ。俺がお前を力ずくでベッドに縛り付けるぞ」
地面に押さえつけられたキャルルは、優太の剣幕に目を白黒させた。
「な、なぜ止めるんですか!? 私がやらないと、村のみんなが死んでしまいます! 私の命一つで済むなら、安いものじゃないですかっ!」
涙を流しながら抗議するキャルル。
しかし、優太は冷酷なまでの無表情で、キャルルの胸ぐらを掴んで引き寄せた。
「命を『安い』だと? 命を切り売りするような奴に、誰が自分の背中を預けると思う? リーダーが自分の命を粗末にする村なんて、長続きするわけがないだろうが!」
「でも、私は……っ、他に方法が……」
「ある。俺を誰だと思ってる。俺は医官だ。患者を見捨てることも、仲間を死なせることも、俺の流儀が絶対に許さない!」
優太の瞳の奥に、かつてハワイで失血死していく親友を見つめることしかできなかった、あの日の絶望と、二度と同じ過ちを繰り返さないという狂気的な執念が燃え上がっていた。
ドクン、ドクン、ドクン……!
キャルルの『心音聴覚』が、至近距離で優太の心音を拾い上げる。
それは、怒り。
だが、その怒りは村のためでも、自分のためでもない。ただ純粋に、**「キャルル・ムーンハートという一人の少女が、自分の命を投げ出そうとしたこと」**に対する、嘘偽りのない本気の怒りと悲しみだった。
(あぁ……)
キャルルの胸の奥で、何かが決定的に音を立てて弾けた。
今まで、王族の娘として「利用価値」しか見られなかった自分。
でも、この人は違う。
私の命を、私以上に大切に想って、本気で叱ってくれている。
「……優太、様……」
「黙って見てろ。俺が全員、完璧に治してやる。……展開」
優太は立ち上がり、残るすべての善行ポイントを一気に消費した。
光の陣から現れたのは、地球の災害救助部隊が使用する『超大型・可搬式浄水・毒物中和システム』、そして大量の特効薬(キレート剤)のセットだった。
「マスター! 手伝え! 井戸に中和剤を放り込み、患者たちにこれを飲ませる!」
「へっ、人使いの荒いこった。だが、嫌いじゃねぇぜ」
龍魔呂が不敵に笑い、常人離れした速度で村人たちへ薬を配り始める。優太は浄水システムを井戸に接続し、毒素の完全無力化を並行して行った。
——数十分後。
中和剤とキレート剤の即効性により、倒れていた村人たちは全員、命の危機を脱していた。井戸の水質検査キットも、毒素ゼロ(安全)を示している。
静けさを取り戻した広場で、優太は汗を拭い、大きく息を吐いた。
「……トリアージ完了。全患、バイタル安定だ」
「ヤブ医者にしては、上出来のオペだったな」
龍魔呂がアメスピを一本優太に投げ渡し、自身はマルボロに火を点ける。
優太がタバコを咥えようとした、その時だった。
「優太、様……っ」
背後から、温かく柔らかい感触が、優太の背中を強く、強く締め付けた。
地面に座り込んでいたキャルルが、立ち上がり、優太の背中に縋り付くように抱き着いていたのだ。彼女の兎耳が、優太の首筋にすりすりと擦り付けられる。
「キャルル? おい、まだ安静に——」
「ごめんなさい……私、思い上がってました。私が犠牲になればいいなんて、そんなの、優太様を信用していないのと同じでした……」
キャルルの声は甘く、震え、そして確かな熱を帯びていた。
「もう二度と、自分の命を勝手に捨てません。私の命は、私を本気で叱ってくれた、優太様のものだから……っ。これから先、どんな地獄でも、あなたについていきます。だから、私を置いていかないで……♡」
背中に押し付けられる豊かな膨らみと、狂信的なまでの愛情がこもった声。
キャルルの『ヤンデレレーダー』は、好意や恋心という枠を完全に超え、優太への『絶対的な依存と献身』へとシフトしていた。
「……お前、俺が言った意味、少し勘違いしてないか?」
「してません♡ 優太様が私を一番大切にしてくれるって、心音が教えてくれましたから」
「チッ……」
優太が照れ隠しのように舌打ちをするのを、龍魔呂は呆れたような、しかしどこか楽しげな顔で見つめていた。
「おいおい。医者殿は、とんでもなく重てぇウサギを拾っちまったようだな」
「うるさい。マスター、お前も掃除を手伝え」
「ハッ、言うようになったじゃねぇか」
朝日が昇り始めるポポロ村の中央広場。
悪意の毒は完璧に浄化された。しかし、優太の瞳に宿る冷徹な光は消えていない。
度重なる村への攻撃。その元凶たる『悪徳商人』と、背後にいるプロの暗殺者集団。
「……患者をこれ以上増やさないためには、大元の病巣を切除するしかないな」
狂気の戦術医官と、死を呼ぶ四番、そして覚悟を決めたヤンデレ兎姫。
最強のバディ&ヒロインによる、一切の容赦なき【不殺の反撃】が、いよいよ幕を開けようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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