EP 3
死を呼ぶ四番とアメスピの煙〜魔獣の血肉と、戦術医官の流儀〜
ポポロ村の西側防壁。ドワーフの技術が投入された強固な魔導フィールドを、物理的な質量と狂暴性で強引にこじ開けたモノたちがいた。
「キシャァァァァァッ!!」
巨大な三つ首を持つ鳥型の変異魔獣、トライバードの凶暴種。それが十数体、土煙を上げて村のメインストリートへと雪崩れ込んでくる。
普段は家畜として重宝されるトライバードだが、変異した個体は完全に別物だ。鋼鉄のように硬い羽毛と、岩をも砕く嘴を持ち、その目は血走っている。
「撃て! 撃てェッ!! 結界を抜かれたぞ!」
自警団の男たちが、99式長銃をベースにした魔導ライフルを一斉に発砲する。
しかし、拳骨大の魔力弾が時速150キロで着弾しても、変異トライバードの羽毛はそれをボフッと弾き返してしまう。逆に、苛立った一匹が巨大な翼を羽ばたかせると、突風で自警団員たちが紙屑のように吹き飛ばされた。
「ぐわぁっ……!」
「ダメだ、魔導誘導バズーカのチャージが間に合わねぇ!」
防衛線が崩壊しかけたその時。
駆けつけた中村優太は、瞬時に状況を演算していた。
(敵は重装甲の飛行・突撃型が十五体。人間の自警団では火力が足りない。なら、俺がやるしかないな)
意思を持たない魔獣相手に、優太の『不殺』のリミッターは存在しない。
優太はポケットのタクティカル・バトンを展開し、1.8メートルのチタン合金製薙刀を構えた。人間相手に使った『催眠ガス』のバルブを切り替え、内部圧力を60気圧にセットする。刺突と同時に、強烈な圧縮ガスを相手の体内に直接撃ち込み、内臓を爆縮させる対魔獣殲滅モード(ワスプ・インジェクター仕様)だ。
優太がシステマの呼吸で心拍数を抑え、前傾姿勢で飛び出そうとした、その瞬間だった。
——カチッ。
騒音の支配する戦場に、不似合いなほど澄んだ金属音が響いた。
真鍮製のオイルライターの蓋が開く音。
振り返ると、BAR『鬼龍』の入り口から、赤黒いレザージャケットを着た巨漢の男がゆっくりと歩み出てくるところだった。
「テメェら。俺の店の前で、随分と埃を立ててくれるじゃねぇか」
鬼神 龍魔呂。
その口元にはマルボロの赤が咥えられ、ライターの火がゆらりと煙を立ち昇らせた。
龍魔呂が右手に嵌めた無骨な指輪——狂気の天才科学者ガジェットが開発した『鬼王の指輪』が、不吉な脈動を打つ。
次の瞬間、龍魔呂の全身から、空気を歪ませるほどの『赤黒い闘気』が爆発的に噴出した。
「キエェェェッ!?」
魔獣たちが、本能的な恐怖に動きを止める。
だが、遅い。
「——散れ」
ドンッ!! と、龍魔呂が石畳を蹴った。
いや、蹴ったという生易しいものではない。琉球古武術の歩法『縮地』に、狂気的な脚力と闘気が乗った結果、彼が立っていた周囲の石畳がクレーターのように陥没し、龍魔呂の姿が文字通り“消失”した。
直後、群れの先頭にいたトライバードの懐に、龍魔呂が実体化する。
彼は懐から特製の折りたたみ式フォーリングナイフを抜くと、一切の力みなく、流れるようなカリ・シラットの軌道で魔獣の巨体を撫でた。
ズパァァァンッ!!!
魔導ライフルの直撃を弾き返した鋼鉄の羽毛と極太の首が、豆腐でも切るかのように、まるで抵抗なく真っ二つに両断された。
大量の血しぶきが舞う中、龍魔呂の動きは止まらない。
「オラッ!」
二体目。迫り来る巨大な嘴の突きを、陳式太極拳の『化勁』でぬらりと受け流す。相手の死角に入り込んだ龍魔呂は、猛虎八極拳の踏み込みから、赤黒い闘気を纏った右の掌底(寸勁)を魔獣の胴体に深々と叩き込んだ。
メキョォォォォッ!!
外傷はない。だが、爆発的な闘気の波紋が魔獣の体内を駆け巡り、背中側から内臓と骨の破片がド派手に吹き飛んだ。即死である。
さらに三体目、四体目。
親指に小石をセットした龍魔呂は、赤黒い闘気を込めてそれを弾き飛ばす。鬼神流『指弾』。放たれた小石は対物ライフル弾すら凌駕する速度と破壊力で、魔獣の頭部をスイカのように次々と粉砕していった。
ものの数十秒。
先ほどまで村を蹂躙しようとしていた十五体の凶悪な魔獣は、ただ一人の男の手によって、文字通り「挽肉と血の海」へと変えられていた。
「…………」
自警団の男たちは、腰を抜かし、ガチガチと歯の根を鳴らして震えていた。
魔獣の恐怖ではない。目の前でマルボロを吹かす、血に染まった赤黒い悪魔(DEATH4)への絶対的な恐怖にだ。
「チッ、安物のナイフじゃすぐに刃こぼれしやがる。これだから魔獣の骨は面倒だ」
龍魔呂はナイフについた血を振り払い、刃を折りたたんでポケットにしまった。
そして、周囲の怯える視線など気にも留めず、悠然とした足取りで一人だけ直立している男——優太の元へと歩み寄った。
「おい、そこの医者殿」
龍魔呂の長身が見下ろす。常人ならば、その放たれる血の匂いと闘気の残滓だけで失神してもおかしくないプレッシャーだ。
しかし。優太はG-SHOCKの秒針を一瞥し、フッと短く息を吐いた。
心拍数、72。完璧な平常心である。
「派手に散らかしたな。掃除のポイントが稼げそうで助かるが」
「あ?」
優太の言葉に、龍魔呂は眉をひそめた。
この威圧感を前にして、まるで動じていない。それどころか、飛び散った魔獣の死骸を見て「片付けの手間」を計算している。
「人間相手に峰打ちなんてお遊戯してる甘ちゃんが、随分と肝が据わってやがるな」
「お遊戯のおかげで、さっきの野盗たちは生きてる。あいつらを治療して『善行』を積んだおかげで、村の子供が一人助かった。患者を増やさないのも、医官の仕事なんでね」
優太の冷ややかで、しかし確固たる信念の通った瞳が、龍魔呂の目を真っ向から射抜く。
龍魔呂は一瞬だけ呆気に取られ——やがて、喉の奥を鳴らしてクックッと笑い始めた。
「ハッ……ハハハッ! 違いねぇ。殺さねぇってことは、延々と治療して恩を売りつけられるってことだ。そりゃあ、殺すよりエグくて、最高にイカれた戦法だぜ」
「医療行為と言ってくれ」
優太はポケットから、くしゃくしゃのアメリカン・スピリットの箱を取り出し、一本咥えた。
そして、無言で龍魔呂に箱を差し出す。
「……吸うか?」
「悪いな。俺はマルボロ派だ」
そう言って、龍魔呂は手元の真鍮ライターを鳴らし、優太のアメスピに火を点けた。
紫煙が交差する。
互いの立ち振る舞い、間合いの取り方、そして漂う『硝煙と血の匂い』。言葉を交わさずとも、二人は互いが「同郷のプロフェッショナル」であることを正確に理解していた。
「中村優太。ただの医官だ」
「鬼神 龍魔呂。しがないBARのマスターさ」
異世界のアナスタシア大陸。その辺境の村で、決して人間を殺さない狂気の医官と、悪を根絶やしにする死を呼ぶ暗殺者が、初めて肩を並べた。
「マスター。悪いが、今夜は店を開けておいてくれ」
「あん? なんでだ」
「これから村のドブ掃除と、この肉塊の解体を徹夜でやらなきゃならない。美味いコーヒーと高カカオのチョコが必要だ」
「……へっ、人使いの荒いヤブ医者だぜ」
血まみれの惨状の中で、二人の男はニヤリと悪党のような笑みを交わした。
それは、ポポロ村を揺るがす最強のバディが誕生した、歴史的な瞬間だった。
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