EP 2
100Pガチャと兎姫のヤンデレレーダー〜医官は命を救うため、全力でドブ掃除を始める〜
ふぅ、と紫煙を吐き出し、優太は携帯灰皿に吸殻をしまった。
道端には、縛り上げられ、完璧な応急処置を施された野盗たちが「もう許して……」「健康になってしまう……」と虚ろな目でうめいている。
そこへ、タローマン製の無骨な安全靴を履いた、兎耳の美少女が恐る恐る近づいてきた。
「あ、あの……! ポポロ村を救っていただき、ありがとうございます。私はこの村の村長、キャルル・ムーンハートと申します」
彼女はラフなパーカー姿だったが、その所作にはどこか気品があった。
優太は視線を向け、軽く顎を引く。
「中村優太。ただの医官だ。奴らの武装は解除してある。引き渡し先はあるか?」
「は、はい。自警団の詰め所へ……って、医官、ですか? 魔法使いや凄腕の傭兵ではなく?」
「患者をこれ以上増やさないための、予防的措置(物理制圧)をしたまでだ」
淡々と答える優太の胸の奥から響く鼓動を、キャルルの『嘘を見抜く心音聴覚』が捉えていた。
――トクトク、トク。
完全に一定。一切の嘘も、見返りを求めるような打算もない、澄み切った心音だった。
キャルルの長い兎耳が、ピーンと直立する。彼女の頬が微かに朱色に染まった。
「……す、すごい。あんなに強いのに、優しくて、それに……」
キャルルが何かを言いかけた時、村の奥から一人の女性が悲痛な声を上げて駆け寄ってきた。
「村長! 大変です、うちの子が……急に高熱を出して、息が浅くて……!」
「えっ!? すぐに診療所へ運びましょう!」
キャルルの顔色が変わる。優太も即座に医療リュックを背負い直し、二人の後を追った。
***
村の小さな診療所のベッドで、五歳くらいの少年が荒い息を吐いていた。
全身は汗でぐっしょりと濡れ、皮膚には赤い発疹が出ている。優太は即座に少年の手首に指を当て、G-SHOCKの秒針を見つめながら脈拍と呼吸数を計測した。
「頻脈、高熱、皮膚の紅斑……。おそらく重度の細菌感染症だ。敗血症に移行する一歩手前かもしれない。この村に抗生物質はあるか?」
「こ、こうせい……? 魔力ポーションならありますが、この子には魔力過敏症があって飲ませられません……!」
「なるほど。民間療法では間に合わないな」
優太は立ち上がり、自身の脳内に浮かぶ『ステータス画面』を視覚化した。
――ユニークスキル【地球ショッピング】。
優太がこの世界に転移した際、なぜか付与されていた規格外の能力だ。
善行(良いこと)を積むことで『善行ポイント(P)』を獲得し、100Pを消費してガチャを回すことで、地球のあらゆる物品を取り寄せることができる。
現在の残高:『45 P』。(先ほどの野盗制圧と救命処置で得たポイントだ)。
ガチャを引くには、あと55P足りない。
「村長。少年の脇の下と鼠径部を水で濡らした布で冷やしておいてくれ。五分で戻る」
「えっ!? どちらへ行かれるんですか!?」
「ちょっと、徳を積んでくる」
優太はそれだけ言い残し、脱兎のごとく診療所を飛び出した。
――患者を救うためだ。手段は選ばん!
優太はポポロ村の通りを、システマの歩法とスプリントを組み合わせて爆走した。
まず、農家の畑から脱走して「ギャーギャー」と鳴きながら走っていた『人参マンドラ』にスライディングタックルを決め、農夫に素早く引き渡す。
【人助け(軽度):+20 P】
次に、通り沿いの側溝に詰まっていた泥とゴミを、近くにあったスコップで爆速で掻き出し、水の流れを回復させる。
【地域環境保全:+50 P】
それでも足りないため、優太は24時間ファミレス『ルナキン』の厨房に勝手に裏口から侵入。驚く店員を尻目に、シンクに溜まっていた食器の山を、凄まじい手際で洗って拭き上げ、棚に戻した。
【皿洗い(大量):+15 P】
「よし、130P! 溜まった!」
優太は息一つ乱さず、再び診療所へと猛ダッシュで引き返した。
村人たちは「なんだあの異常に有能な若者は……」「風のように現れてドブ掃除をしていったぞ……」と呆然と見送っていた。
***
診療所に戻った優太は、息を呑んで少年を見守るキャルルの前で、祈るように両手を合わせた。
(見返りなんていらない。名声も金もいらない。ただ、あの小さな命を繋ぐための『力』を貸してくれ……!)
打算のない、純粋な救命への渇望。
このスキルの100Pガチャは、使用者の『運命力』と『無私無欲の覚悟』に呼応する。優太の揺るぎない善性がシステムを共鳴させた。
「【地球ショッピング】……展開!」
優太の足元に魔法陣のような光が走り、コトン、と一つの見慣れた医療用ポーチがドロップした。
中を開ける。
そこには、生理食塩水のパックと輸液セット、そして広域スペクトルの『第3世代セフェム系抗生物質(点滴用)』が完璧な状態でパッケージされていた。
「ビンゴだ」
優太は口角を上げると、神速の早業で点滴のラインを組み上げた。
少年の細い腕に素早く駆血帯を巻き、血管を確保。穿刺の痛みすら感じさせない滑らかな手技で針を入れ、テープで固定する。
透明な抗生物質の入り混じった液体が、ぽたり、ぽたりと少年の体内へと落ちていく。
十分後。
荒かった少年の呼吸が、嘘のようにスゥスゥと穏やかなものへと変わった。異常な高熱も引き始めている。
「……峠は越えた。これで一安心だ」
「あ、ああ……! 先生、ありがとうございます、本当にありがとうございます……!」
泣き崩れる母親の背中を、優太は「医官として当然の仕事をしただけだ」と不器用に撫でた。
その光景を、壁際で見ていたキャルルは、両手で自分の口元を覆っていた。
(信じられない。自分の身を粉にして走り回り、あんな奇跡のような薬を出して……それなのに、この人は『恩を着せる心音』が全くしない……っ!)
キャルルの胸の奥底で、かつてない重くて熱い感情がマグマのように膨れ上がっていた。
王族として扱われ、常に周囲からの打算と欲望に晒されてきた彼女にとって、優太の『無償の善意』は劇薬だった。
(ダメ……こんなの、好きにならないわけがない。優太様……私、あなたのためなら何だって……)
瞳孔が微かに開き、頬を上気させたキャルルが「優太様……♡」と甘い声を出して抱きつこうとした、その瞬間だった。
――カンッ! カンッ! カンッ!!
村の中央広場に設置された警鐘が、けたたましく鳴り響いた。
『緊急事態! 村の西側防壁に、変異した凶暴な魔獣の群れが接近中! 数はおよそ二十!』
外から自警団の切羽詰まった声が聞こえる。
優太はキャルルの抱擁をスッと躱し(キャルルは空振りしてベッドに突っ込んだ)、再び医療リュックを背負った。
「チッ……せっかく診療所が静かになったってのにな。村長、お前はここで患者たちを守ってろ」
鋭い眼光を放ち、優太は真っ先に外へと飛び出していく。
一方その頃。
診療所の向かいにあるBAR『鬼龍』の薄暗い店内では。
カチッ。シュボッ。
真鍮製のオイルライターが鳴り、マルボロの先端に赤い火が灯った。
巨漢の日本人、鬼神 龍魔呂は、ゆっくりと煙を吐き出しながら窓の外の土煙を見つめた。
「人間相手には『不殺』を貫く甘い医者殿……。だが、理性のねぇ『獣』相手ならどうする?」
龍魔呂はカウンターの下から、恐るべき殺気を放つ特製の折りたたみナイフを抜き放つ。
「出番だぜ。悪党の次は、魔獣の掃除といこうか」
死を呼ぶ四番と、狂気の戦術医官。
二人の男の流儀が、いま激突しようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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