EP 10
決戦前の金曜日カレー〜戦術医官の腹ごしらえと、最強チームの完成〜
「グルルルルル……ッ」
ポポロ村の広場。瓦礫の山と化したその中央で、全長二十メートルの変異型ワイバーンは、奇妙な行動をとっていた。
三人の人間から放たれる異常な『殺気』——特に、本性を解放しかけた龍魔呂の赤黒い闘気と、優太の底知れぬ冷徹さに、野生の本能が「迂闊に動けば狩られる」と警鐘を鳴らしたのだ。
ワイバーンは巨大な翼で自身の身体を球体のように包み込み、鋼鉄以上の硬度を持つ鱗の表面に、ドス黒い魔力の障壁を展開し始めた。
「防御態勢に入りやがったな。……いや、違う。周囲の魔素を急激に吸い上げてる」
「ハッ、ビビって引きこもったわけじゃねぇらしい。あれは『溜め』だ。超特大の一撃を放つためのな」
龍魔呂が目を細め、ナイフの柄を握り直す。
優太はG-SHOCKの秒針と、ワイバーン周辺の魔力濃度の数値を照らし合わせた。
「障壁の強度は装甲を上回っている。今の状態のあいつに手を出しても、弾かれるだけで体力の無駄だ。チャージ完了まで、推定時間はおよそ三十分というところか」
「三十分か。優太様、どうしますか? 障壁が解けた瞬間に、私の『流星脚』で頭をカチ割りますか?」
キャルルがダブルトンファーを鳴らしながら、やる気満々で尋ねる。
優太は少しだけ思案した後——おもむろに医療リュックを下ろし、タクティカル・パーカーの袖を捲り上げた。
「いや。……メシにするぞ」
「「は?」」
龍魔呂とキャルルの声が、見事にハモった。
目の前には、村を消し飛ばすほどの魔力をチャージしている超巨大な怪獣がいる。周囲は瓦礫の山。そんな絶望的な状況下で、この戦術医官は突然「食事休憩」を宣言したのだ。
「優太、お前ついに頭のネジが弾け飛んだか? これから最終決戦って時に、優雅なディナータイムかよ」
「俺は常に極めて正気だ、マスター。今日は金曜日だろう」
「……金曜?」
「あぁ。海上自衛隊において、金曜日は『カレーの日』と相場が決まっている。それに、これから四十トンの怪獣をバラすんだ。極限の近接戦闘(CQC)には莫大なエネルギーを消費する。腹が減っては、完璧なオペはできない」
優太は真顔でそう言い切ると、【地球ショッピング】のスキルを展開した。
先ほどの避難誘導や、これまでの善行で貯まったポイントを消費し、光の陣の中から『携帯用大型タクティカル・ストーブ』『巨大な寸胴鍋』『海上自衛隊仕様の特製レトルトカレー(大容量パック)』、そして地球のパックご飯を次々と召喚していく。
「嘘でしょ……この状況で、本当に料理を始めちゃった……」
「へっ。あの絶対防御の魔獣の前でカレー作ろうなんて馬鹿、世界広しといえどこのヤブ医者くらいだぜ」
龍魔呂が呆れながらも、面白そうに口角を上げる。
優太は手早くストーブに火を入れ、寸胴鍋で湯を沸かし始めた。ただレトルトを温めるだけではない。彼は先ほどゴルド商会の傭兵たちから押収していた『ロックバイソンの極厚肉』と、ポポロ村の『太陽芋』を、タクティカル・ナイフの神速の包丁さばきで一口大に切り分け、鍋に放り込んでいく。
「自衛隊のカレーは、各艦艇ごとに秘伝の隠し味がある。俺がいた出雲艦隊の医務室特製カレーは、こいつが決め手だ」
優太が取り出したのは、インスタントの『ポポロ・コーヒー』の粉末と、彼が常備している『高カカオチョコレート』だった。それを煮え滾るカレーのルーに割り入れる。
「コーヒーの苦味と、カカオの深いコクが、肉の旨味を極限まで引き上げる。カロリーも申し分ない、究極の『マッシブ・カレー』の完成だ」
スパイスの強烈な香りと、肉の焼ける匂いが、硝煙漂う戦場にふわりと広がった。
目の前で魔獣が不気味な唸り声を上げているというのに、三人の周囲だけは、まるでキャンプ場のような奇妙な温かさに包まれていた。
「……あぁん、もうっ! いい匂いすぎます! 優太様の手作りカレー……っ!」
キャルルの兎耳がピコピコと激しく動き、背後から優太の首に抱き着いてきた。
「優太様ぁ、私お腹ペコペコです! 早く、早く私に『あーん』してくださいっ♡」
「こぼれるから暴れるな。ほら、食え」
優太は全く動じることなく、スプーンに山盛りにしたカレーをすくい、キャルルの口へと容赦なく突っ込んだ。
「んむッ!? ……はふっ、はふっ! んん〜〜〜っ! 美味しいっ! お肉がトロトロで、スパイシーなのに深みがあって……私、このカレーなら一生食べられますぅ♡」
頬を押さえて身悶えするキャルル。
優太は「よく噛んで食え。次はお前の流星脚が主軸になるんだ」と冷静に告げ、龍魔呂にも大盛りのカレー皿を投げ渡した。
「ほら、マスター。お前も甘いものばかり食ってないで、タンパク質と炭水化物を補給しろ」
「チッ。俺は辛いのは苦手なんだよ……」
文句を言いながらも、龍魔呂はスプーンで一口カレーを口に運んだ。
——その瞬間、龍魔呂の手がピタリと止まった。
「……なんだこれ。ただ辛いだけじゃねぇ。カカオの甘みとコーヒーの香ばしさが、スパイスの角を完璧に丸め込んでやがる。ロックバイソンの肉も、筋が完全に溶けてホロホロだ」
「どうだ、美味いか」
「……まぁ、悪くはねぇな。俺の店のメニューに加えてやってもいいレベルだ」
素直に褒めない龍魔呂だったが、そのスプーンの動きは止まらず、あっという間に一皿を平らげてしまった。さらに、こっそりと自分のポケットから『角砂糖』を取り出し、二杯目のおかわりにトッピングしているのを優太は見逃さなかった。
瓦礫の上に座り込み、三人でカレーを囲む。
背景には、いまだ魔力を溜め込み続ける超巨大な魔獣。
あまりにもシュールで、狂気的で、そして——かけがえのない『日常』の光景だった。
「……なぁ、優太」
二杯目のカレーを平らげた龍魔呂が、ふと真面目な声で切り出した。
「お前、なんであそこまでして俺を止めた? 暗殺者のガキなんざ、俺がブチ殺してりゃあ、お前が怪我することもなかったはずだぜ」
「マスター! 優太様に向かってなんてことを——」
「いい、キャルル」
優太はキャルルを制し、コーヒーの入ったマグカップを両手で包み込みながら、静かに口を開いた。
「俺は昔、ハワイで親友を亡くした。ギャングの抗争に巻き込まれて……俺の目の前で、血を流して死んでいったんだ。当時の俺はただの学生で、医療の知識も力もなく、ただ親友が冷たくなるのを泣きながら見ていることしかできなかった」
優太の言葉に、龍魔呂とキャルルは黙って耳を傾けた。
「それからだ。俺が医者になり、軍隊の近接格闘術を狂ったように学んだのは。……二度と、自分の目の前で命をこぼさないために。力のない正義なんて、ただの自己満足だからな」
優太はマグカップを置き、龍魔呂を真っ直ぐに見つめた。
「だが、お前たちと出会って気づいた。俺一人がすべてを抱え込んで、一人で無双しようとしたって、絶対に救えない命がある。……あのままお前が暗殺者を殺していれば、あの五歳の少年は『目の前で人が肉塊になるトラウマ』を一生背負うことになっていた。俺は、それも許せなかったんだよ」
「……」
「俺には、お前たちが必要だ。俺一人じゃ、この理不尽な世界で患者を救いきれない。……お前たちの圧倒的な武力が『矛』となり『盾』となってくれるから、俺は最高のオペができる」
優太は口元に微かな笑みを浮かべ、アメリカン・スピリットを取り出した。
「お前たちとなら、俺は世界最高の医療チームを作れる。そう確信したから、お前を止めた。それだけだ」
その言葉に、嘘を見抜くキャルルの心音聴覚が、ドクン、と熱く、甘く反応した。
優太の心からの信頼の証。打算でも利用でもない、一人の人間として、彼らに背中を預けるという宣言。
「……あぁん、もうダメですぅ。優太様、カッコよすぎます♡ 私、優太様の『矛』でも『盾』でも『メス』でも、何にでもなります! だから、ずっとずっと私を傍に置いてくださいね♡」
感極まったキャルルが、今度は正面から優太の胸にダイブしてきた。優太は「カレーがこぼれる」と冷静に彼女の頭を受け止める。
その様子を見て、龍魔呂はカチッ、と真鍮のライターを鳴らし、マルボロの煙を夜空に吐き出した。
「……フッ、ハハハハッ! 違いねぇ。ヤブ医者に、ヤンデレの兎姫、それに元・殺人鬼のバーテンダー。どう見ても最高の医療チーム(イカれやろうども)だぜ」
龍魔呂が立ち上がる。
その瞳には、過去のトラウマに縛られた暗い影はもうない。あるのは、自分が背中を預けるべき『リーダー』を見つけた男の、晴れやかな闘志だけだった。
「ごちそうさまでした、ヤブ医者。極上のディナーだったぜ。……さぁて、食後の運動といくか」
「はいっ♡ 私もエネルギー満タンです! あのトカゲ、一万発くらい蹴り飛ばせそうです!」
キャルルも立ち上がり、ダブルトンファーをクルリと回して構える。
空が、白み始めていた。
夜明けの光がポポロ村を照らし出すと同時に。
ピキッ……、ピキピキピキッ……!!
ワイバーンを覆っていた黒い障壁に、無数の亀裂が走った。
三十分のチャージを終え、膨大な魔力を蓄えた変異型ワイバーンが、ついにその最終形態を現したのだ。
黒鋼の鱗は内側から溢れる魔力によって赤熱し、血管のようにマグマ色の光が全身を走っている。口からは、村を一瞬で灰燼に帰すほどの『超高濃度プラズマ・ブレス』の光が漏れ出していた。
『ギュオオォォォォォォォォォォォォッ!!!』
大気が悲鳴を上げる。
圧倒的な絶望の化身を前にして、しかし、三人のバディは一歩も退かない。
「……腹ごしらえは済んだな、お前ら」
優太は咥えていたアメスピを携帯灰皿にしまい、ガシャンッ! とワスプ薙刀を最大出力で展開した。
彼のG-SHOCKの秒針が、決戦の始まりを告げる。
「これより、ポポロ村を脅かす巨大病巣の切除手術を開始する」
戦術医官の号令。
それは、異世界最強のチームが完成した瞬間であり、魔獣にとっての完全なる『死の宣告』だった。
「作戦開始だ。ブチのめすぞ!!」
夜明けの空の下、三つの影が、巨大な絶望に向かって一斉に飛び出した。
読んでいただきありがとうございます。
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