20、好き、スキ、隙?
優菜は記憶を失った。
世間一般にすれば都合が良すぎるとか声が聴こえるかもしれない。
だが優菜は現に全てを失った。
全てが分かってからショックで全てを失った。
花蓮は言う。
「ちょうど良いんじゃないかな」
と。
俺は河川敷から吸い込む様に夕日の明かりを吸収しながら歩いた。
花蓮は「私、おにーちゃんを好きになって良かった」と言う。
俺は「俺なんかを好きになってもな」と苦笑する。
「おにーちゃんは特殊。...30歳?40歳?そんなの関係ない。気持ちは若いんだから」
「...」
「私、優菜お姉ちゃんも鏡花にも勝つよ間違いなく」
「お前のスタンスは変わらないな」
「そうだよー」
それからエレベーターに乗り込もうとした時。
俺の手を優しく花蓮が自らの手で包んだ。
それから「私、楽しいよ。今が」と言ってから俺を見上げる。
「...花蓮...」
「おにーちゃんはきっと私にも鏡花にも振り向かない。だけど...」
「...勝つってか?」
「そうだね。勝つよ」
そして4階にエレベーターは着いた。
それから花蓮は「じゃあね」と言ってから去って行った。
俺はその姿に小さく手を振り5階のボタンを押す。
するとスマホが鳴った。
「もしもし?」
「あの。この携帯は優さんの携帯ですか」
「...優菜か?」
「そ、そうですね」
「どうしたんだ?優菜」
「...その。声が何故か聴きたくて」
「そうだったんだな」
「そうです。ご迷惑をおかけします」
そんな優菜に対して俺は「ゆっくり休んでいるか」と閉まるドアを見ながら聞く。
すると優菜は「はい。ありがとうございます」と答えた。
俺は「...いや。構わない」と答える。
「...休むのが一番だからな」
「お優しいお言葉、ありがとうございます」
「...」
「その。私の妹さんはお元気でしょうか?」
「ああ。花蓮と鏡花だな?休んでいるぞ」
「...ですか」
ゆっくり聞いてくるその声に。
無意識に俺はスマホを握りしめていた。
怒りというか。
虚しさというか。
分からない。
そしてエレベーターは5階に着く。
そのエレベーターホールの椅子に腰かけた。
「私は...愚かですね」
「愚かっていうのは?」
「思い出せない。...全てを失ったから」
「...お前は確かに愚かかもしれない。だが...俺は今のお前には休んでほしいって思うよ」
「そういう考えが浮かぶからですか?」
「そうだな。それもあるが。...体調が変動するだろ。余計な事を考えると」
「...ありがとうございます」
正直、優菜を責める事しか出来ない。
だがそれをした所で優菜の記憶は元には戻らない。
だったら今は優菜を落ち着かせ。
ゆっくりやっていくしかないだろう。
そう考えながら俺はスマホを握る手を止める。
そしてゆっくり指を離した。
「その。...優さん」
「ああ。どうした」
「私が記憶を取り戻すのは1人じゃ厳しいと思います。手伝ってくれますか」
「...ああ。喜んで」
「花蓮さんと鏡花さんも私を助けてくれるでしょうか」
「...多分な」
「ありがとうございます」
それから優菜は「こんな私でごめんなさい」と謝ってから「お願いします」と言った。
そして俺はその言葉に「ああ」と返事をしてから天井を見上げてから視線を前に戻した。
優菜は「じゃあ今から検査があるので」と言ってから「また」と電話を終了しようとする。
俺は「ああ。じゃあまたな。優菜」と言ってからスマホを切った。
☆
色々あり翌日になった。
俺はゆっくり起き上がるとスマホが鳴った。
その人物は鏡花だった。
俺は「朝早いな」と言うと鏡花は「ですね。早く声が聴きたかったので」と話す。
そして「ドア、開けてくれますか」と言ってきた。
直ぐに俺はドアを開ける。
するとそこに鏡花が立っていた。
「おはようございます」
「ああ。おはようさん。鏡花。元気か」
「元気です」
「...家に入るか?」
「入ります。...ご飯、準備しますね」
それから俺は鏡花を見る。
鏡花は髪の毛が何だかやたらに整っていて...ふわっと柔軟剤の香りがした。
甘い香りだった。
俺は「どうしたんだ鏡花。何だかイメージが...」と聞く。
すると鏡花は「プチイメチェンです」とニコッとした。
俺は「!」となる。
「好きな人に振り向いてほしいので」
「またそんな事を」
「私はお兄を異性として見ています。あくまでお兄ではない」
「...」
「だからお兄。...私を狙っても良いんですよ?ハートに銃を撃って良いんですよ?」
「お前な」
「...私はお兄が大好きですから」
それから鏡花はエプロンを着けて髪の毛を結んでから柔和になる。
俺はその優しげで。
花園の様な笑みに赤くなる。
そして「クソ」と言う。
実際、そんな感情は無い。
だがその優しげな笑みに揺らぎそうになる。
つまり花蓮と違いまた違う母性満載だ。
「お前な。他の男にそんな事をするなよ?」
「?...あくまでお兄しかしませんよ?」
「...それはそれでまた恥ずかしいな」
「そもそも男性はお兄だけしか見ていません」
「...お前なぁ」
「大人びた性格の。貴方が好きですから」
そしてフライパン。
それからパンなどを棚から取り出しながら「じゃあご用意しますね」と言う。
そうしてから「じゃあ座っていて下さい」と俺に笑顔を見せる鏡花。
これまた別の魔性の女だな。
困ったもんだ。




