第一話 ヤンキーと女神と軽音楽同好会
春も終わり梅雨入りを果たした六月。
この学校に入学してから約二か月が経ち、学校生活も慣れてクラスでも複数のグループができ、各々のグループが他愛もない話題で楽しそうに会話にしている中、俺は一人自分の席に座り音楽雑誌を開き唸っていた。
「マジか……ギターって弦が6本もあるのかよ……指って5本しかねぇだろ?……どうやんだよ……ライブであの人はどうやって押さえていた?……ベースなら4本だし、何とかなるのか?」
バンド初心者の俺としては、バンドというものを知らなければならない。しかしながら、バンドだけでなく、音楽知識が皆無の自分はまずバンドについて学ばなければならないと思い、先日見たバンドが特集されている音楽雑誌を買ってみたのはいいものの……いきなり壁にぶち当たった。
そう、それは……書いてある内容がさっぱり分からないのだ。フェンダー?テレキャスター?エフェクター?なんだそれ?意味が分かんねぇよ。
「おいおい、これじゃバンドなんて……夢のまた夢じゃねぇか」
そう呟き再び唸っていると、俺の零れてしまった独り言を聞いたのか、俺の愛する女神こと望月美咲が声をかけてきた。
「あれ~秋津君?音楽雑誌なんて見て……どうしたの?」
「……ああ、興味があってな」
俺は突然の女神降臨に緊張して言葉を失いかけたが、何とか気力を振り絞り、声を捻りだす事に成功した。
「へぇ~秋津君なんか楽器やってるの?ギターとか、じゃかじゃか~って?」
我が女神はまるでギターがあるかのようにジャカジャカと言いながら、空中で掻き鳴らす真似をする。
やっべ!超可愛いな!流石は俺の女神なだけはある。
しかし、俺は鋼の精神力でそれを顔に出さない様に耐え、今の俺に出来る精一杯の長文で彼女に答える。
「……いや、興味があってな」
「ふ~ん……あっ!それなら部活に入ったら?」
「何!?この俺が、部活……だと!?」
この学校に入ってから喧嘩はしていないが、なぜだか不良として怖がられているこの俺が部活だと?そんなことしたら、色々と面倒な事になりそうな気もするがな……少しばかり気が進まない。
入学して二か月たった今でもクラスの連中に恐れられているのに、更に見知らぬ生徒に必要以上に不良だと恐れられると、鋼の心を持つ俺だって少なからず傷つくからな。
「そう、青春と言えば部活だよ~。確かギターなら軽音部で良いんだっけ?ねぇ~ちーちゃん!ちーちゃん!ギターって軽音部?ってところだよ?吹奏楽部じゃないよね?」
「え?あ、う、うん。軽音部であってる……よ?確かこの学校なら『軽音楽同好会』ってのがあったかな?…………あ!?で、でも、ギターやるなら他の部活でもいいんじゃないかな?確か他にも同好会とかあった気がするけど……」
突然話を振られたちーちゃんは、俺の視線に怯えながらも答えてくれた。
ちなみに、ちーちゃんの本名は分からないので、俺も心の中でもずっと『ちーちゃん』呼びだ。確か本名は千恵美だったか、智花だったか、知花だかそんな感じの名前だ。
「そうか……『軽音楽同好会』か……」
「美咲もね、運動部に入っているけど、部活って楽しいよ!秋津君も入ってみたらどうかな?学校がもっと楽しくなるよ?」
俺は学校が楽しいなんて思ったこともないし、我が女神が部活に入って学校生活をエンジョイしているのは知っているが、ここはどうすべきか?……いや、そんな事は考えるまでもないな。我が女神がそう言うのなら、俺は部活に入るしかないだろう。こんな俺でも絶対に楽しいはずだ。女神がそう言うのだから、楽しいに違いない。いや、それ以外の選択肢など選びようがないともいえるな。ならば、こう答えるしかないだろう。
「分かった。入る。部活」
「本当!?って事は、学園祭とかでライブするのかな?あはは、秋津君のギター楽しみにしてるねっ!」
「あ、ああ」
そう言って我が女神は、にぱぁっと効果音が聞こえるぐらいに花が咲く様に笑い去っていく。
流石はバンド効果だ。やはり、バンドをしようという俺の目に狂いはなかったようだ。早速我が女神の笑顔を拝む事が出来たし、彼女の笑顔でやる気マックスだ。
そして、それと同時に俺がやる楽器も、目標もたった今決まった。
彼女が俺のギターの演奏を待ち望んでいるのであれば、俺がやる楽器はギター以外にありえない。そして、彼女がそれを待っているのなら俺は学園祭でライブをするんだ。もうこれは決定事項だ。
正直に言うと、ギターは6弦あってどう押さえてどう弾くのかすら分からないが、今の俺なら指ぐらいもう一本生えてくるだろう。人間頑張れば大抵の事は出来るしな、うん。やってやれない事はないだろう。
俺は自分の席で彼女の言葉を嚙みしめて何度も頷き、放課後はちーちゃんが言っていた『軽音楽同好会』に行ってみることにした。
*****
放課後になり、俺は女神の言葉に従い『軽音楽同好会』に行くべき部活棟に向かう。
この学園――私立弓立学園は、偏差値はそれほど高くないが部活動に力を入れており、たくさんの部活や同好会がある。なので、円滑な部活の活動を促進する為に部活棟が存在している。詳しくは知らないが、そのおかげで多くの部活が大会やコンクールで、優勝だったり入賞だったりしている部活強豪校……らしい。
そして、俺が向かおうとしている件の『軽音楽同好会』だが、学校に友人が一人もいない俺は、当然のように活動している場所を知らなかったので、休み時間に頑張って俺に対して怯えるちーちゃんに聞いてみたが、たくさん部活があるせいかそんな同好会がある程度で詳しい場所を知らないそうだ。
余談だが、この学園の情報を教えてくれたのもちーちゃんだ。ちーちゃんは情報通らしく色々と知っている。噂好きな女子のようだ。
そして、ちーちゃんに話しかける時、俺は本名が分からないので「ちーちゃん」と呼んだら、バッと顔を上げ俺の事を一度見た後、左右をオロオロしながら見渡し「え?私が秋津さんに『ちーちゃん』って呼ばれたの?」とでも言いたそうな顔で、ビクビクしながら俺の事を見ていたのがとても印象的だった。
*****
そんな訳で、仕方がないが部活棟を自分の足で探すことにした。
四階建ての建物を探すのは面倒だが、これも女神からの試練だと思えばどうってことない。そう、どうってことないと思いながら一階から順に探していったのだが、中々見つからず四階の一番端で見つけた時は、どこにぶつけていいのか分からない感情が心の中で渦巻き、まぁ、一言で言えば「この気持ちどうしてやろうか?」と思ったとだけ記しておこう。
しかし、実際に誰も悪くないので、二三度深呼吸をして心を落ち着かせ、俺は『軽音楽同好会』の扉を叩いた。
二三度ノックし、部屋から「ど、どうぞ」と言う声に従い「失礼する」と言いつつ扉を開き中に入ると、部室の隅で話す四人の姿が目に入った。
「え?」
「あら、どなたかしら?」
「だ、誰なのかな?」
「う、討ち入りでござるか!?」
「…………??」
その部室の中には、それぞれ個性的な面々が何やら喋っている。
これでも俺なりにだいぶオブラートに包んだ表現だが、まぁそんなものを取っ払って言えば、そこには世間で言う『キモオタ』らしき人物がいた。
「ん?ん~~~~??」
再び言葉にならず、俺は体だけ教室の外に出し外の『軽音同好会』のプレートを確認し、もう一度室内を観察してみる。部室の中には、ドラムセットがあり、スピーカーの様な物が何個かあり、俺の想像する軽音楽同好会らしき部室である。
しかし、ここに居る個性的な男子女子が二名ずつの部員らしき人が、どうにも軽音楽を、ロックやパンクをやるような人には見えないが、他に人はいないので彼らが部員なのだろう。
その部屋の男子学生の一人は、太っていて黒縁眼鏡をかけおり、今は制服姿だが額にバンダナを巻きチェックのシャツをズボンにインさせ、リュックを背負わせると完全体になりそうな……眼鏡デブ。
もう一人の男子学生は、ヒョロっと痩せていて出っ歯が特徴的で、猫型ロボットのアニメに出てくるジャイ〇ンの隣にいつもいる、ずる賢そうな嫌な奴を彷彿とさせるが、なぜか『ござる口調』の……ネズミ侍。
女子学生の一人は、一見長い黒髪で真面目そうに見えなくはないが、如何せん前髪が長すぎて目まで隠れているので、顔が確認できない。ただ素顔は見えないが、口元とか普通に美人っぽいのだが、前髪のせいで不気味な印象が強い……テレビ画面から出てくる某ホラー映画の貞子の様な印象を与える……根暗女。
そして、最後の一人の女子は、他のメンツと対照的で金髪碧眼の美少女の筈なのだが、髪型が縦ロールで何故かドレスの様なヒラヒラの服を着ていて、少女漫画の中から出てきた悪役令嬢。もうなんでここに居るのか分からない……金髪縦ロールの悪徳お嬢様。
もう何というか……こいつらって……なんというか……。
「お前ら本当に『軽音楽同好会』のメンバーか?」
と、つい我慢できずに口に出てしまった。
「まぁ!いきなり部室に入ってきて、その言葉は失礼ではなくて?」
すると案の定、金髪縦ロールが俺の言葉に反応した。言葉遣いまで少し古い悪徳お嬢様のそれで益々俺は困惑する。
「いや、ああ……そうだな……すまない。それは認めるが……だがなぁ……」
確かに先ほどの言葉は失礼な発言であっただろう。いきなり部室に入ってきた見知らぬ男子生徒がそんな言葉を投げかけてきたのなら怒るのも当然だろう。
しかしながら、俺の想像する軽音楽部とかけ離れ過ぎていて、どうにも分からないというか……なんか認めたくない。
「そのなんだ?俺だって……初対面の奴にこんな事は言いたくはねぇけどよ、その……悪いが納得できねぇ」
「なんですって!人を見た目で判断すると痛い目を見ますわよ!」
俺の言葉に金髪縦ロールが抗議するが、ヒラヒラの服を着た悪徳お嬢様に言われても、どうしても説得力に欠ける。なんせ俺が見たバンドというのは、先日中学時代のダチとライブハウスで見たあのカッコイイバンドだけで、どうにも違和感が半端ない。
まぁ、確かに『外見で判断するな』という言葉は、目つきが悪いというだけで、周りから不良だと言われ続けてきた俺にもブーメランが飛んできて、ダメージがある言葉だ。
それは分かっているが、なんか……なぁ?
「いや、俺もこんな形だからよぉ?『見た目で判断するな』って言い分は痛いほど分かちゃいるが……俺の見てきたバンドと違ぇんだよ」
「まぁまぁ!何という言い草でしょう!……そこまで言うのならよろしくてよ!ここまでコケにされてはわたくしの気がおさまりませんわ!ええ!いいでしょう!軽音楽同好会の力を見せてあげますわよ!」
「え?マジで?お前ら何か楽器出来んのか?」
言ったら悪いが、さっきみたいに椅子に座って、お茶している方が似合っているんだがな。彼らの雰囲気では『ロック』の『ロ』の字も似合っていない。
「ここは『軽音同好会』であるのですから当たり前でしてよ!さぁ、皆さん準備なさい!この無礼者に目にもの見せてさし上げますわよ!」
「え?え?」
「や、やるのかな?ほ、本当に?」
「ほほぅ。ならば、我らの実力を見せて進ぜよう!」
金髪縦ロールの言葉に、軽音同好会の部員は三者三葉のリアクションだ。
「てか、そこのネズミ侍以外は動揺しまくってんじゃねぇか!?」
「お黙りなさい!いいから、そこで見ていなさい!」
「お、おう」
いろんな意味でなんか押されて、軽音楽同好会のメンバーが準備するのを見守ることになった。
ここまで来たら、つべこべ言わずに黙って見守るはずだったが……またしてもおかしなものを見つけて、ついついツッコんでしまう。
俺はいつの間にツッコみキャラになってしまったのだろうか?自分で言いたくないが、近づき難い不良キャラだった筈なのだが?
いや、そんなことより金髪縦ロールだ。
「え?金髪縦ロールがドラム!?」
「あら、何か問題があって?」
「マジかぁ……問題あるだろう?……いや、叩ければ問題はない……のか?俺がおかしいのか?」
俺の言葉を聞き流す金髪縦ロールを見ると、彼女はドラムの椅子に座りドラムセットをいじり始めたのだが、彼女の着るフワフワの服とお嬢様然とした巻き髪と顔に、またもや違和感が凄い。これ以上縦ロールを見ていると、またツッコんでしまいそうなので、俺は無心でこいつらが準備するのを見守る事にした。
数分して皆の準備ができたらしく、今から俺の為に本当に一曲披露してくれるようだ。
「さぁ、お聞きなさい!」
縦ロールの言葉を合図に、観客が俺だけの特別ライブが始まった。
縦ロールがスティックでカウントをしたと思ったら、前髪の長い根暗女が何かを弾きだした。そして、その音でやっと根暗女が持っていたやけにスタイリッシュな楽器が何か分かった。
そう、根暗女が持っていたのは、ヴァイオリン――いや、エレキヴァイオリンだった。
「……マジか」
予想外過ぎて今日何度目の「マジか」が飛び出すが、勿論それで終わりではない。
次の瞬間。そのヴァイオリンに合わせて、他の全員が演奏し始める。そして、ネズミ侍がヴァイオリンに合わせて、指をこれでもかと動かしギターをハモリだす。それと同時に縦ロールが縦ロールを振り回し力強くドラムを打ち鳴らし、デブ眼鏡のベースの音が全体を支える様に弾く。
「……マジか」
俺の意志とは無関係に口をポカンと開けてその光景を目にしていると、今度はデブ眼鏡がマイクの前に立ち歌いだす。
「……マジか」
デブ眼鏡のその歌声は、先ほどのどもったオドオドした素の声とその外見からは想像できない綺麗な声色で、圧倒的な音量で、俺は目を見開き、ついついデブ眼鏡を凝視してしまう。
「……マジでか……」
そして、サビに入る前に目立ち過ぎない様に全体を高めるかのように金髪縦ロールのドラムが激しくなり、縦ロールがグワングワンと揺れ、サビに入るとなんというか全体の音量が上がったように錯覚する様な盛り上がりを見せる。
「……嘘だろ?」
サビが終わり曲の間奏に入り、ネズミ侍が足元の何か小さな箱を踏むと、ギターの音が変わりテロテロし始める。それに合わせて貞子カットの根暗女が右手持つ弓を小刻みに揺らし、左手が這うように動き、デブ眼鏡の左手がベースの上を軽やかに走り、右手が跳ねる。
「……なんだこれ?」
別々に弾かれた音が、意味が分からないが混じり合い一つのメロディーに変わる。それが心地良く、それと同時にどうしようもなく胸が熱くなる。不覚にもあのライブハウスで味わった様な興奮が俺の心を支配する。
「……マジか」
それから彼らの演奏を聴きながら、もう何度か「マジか」と呟くと曲が終わった。そして俺は悔しい事に先日見たバンドと同じように彼女らの演奏に魅入ってしまった。
曲を聞き終わり、俺は只々立ち尽くしていると、金髪縦ロールがドラムのスティックを置き、俺に向き直る。
「それで……どうかしら?」
「あ、ああ。今の曲が何の曲か分からなかったが……いい意味で裏切られた」
「……と、言いますと?」
金髪縦ロールは少しソワソワしながらも、俺の言葉の続きを促す。
「いや、俺は音楽の素人だから演奏が上手いとかよく分からねぇけどよ、正直良かったよ。心打たれた」
もっと簡単な言葉で彼らの演奏を現すなら『衝撃的』だった。その一言に尽きる。
「……オーホッホッホ!そうでしょう!そうでしょうとも!!」
俺の言葉に左手を腰に当て、右手を逆手にしながら口元に当て、悪徳お嬢様の様に笑う。その格好が似合い過ぎて、もはや「何でお前はそんな恰好してんだ?」とツッコむ気になれない。
「ああ、なんか色々『お前ら軽音楽同好会か?』とか言って悪かったな」
「ええ、ええ!分かって頂けたのなら、それでよろしくてよ」
「そうか、そりゃありがてぇ……それで、だ」
俺は一旦言葉を切って、この訳の分からない『軽音同好会』のメンバーを見る。眼鏡デブ、ネズミ侍、根暗女、金髪ドリル……とても個性的なメンバーだ。
この同好会に入るとして、正直この見た目の個性的なこいつらとこれから上手くやっていけるのか分からないが、非常に悔しいが演奏だけは本当に良かった。彼女らは『本物』で、彼女らの演奏に心打たれ、度肝を抜かれた。外見からして俺と毛色が違い、日常会話も普通にできるかの不安でしょうがないが、演奏だけは本当に良かったのだ。
外見がキモオタだったり、髪型が貞子カットだったり、意味が分からないヒラヒラな恰好であろうと、あの演奏だけは本物だった。普通に凄いと思った……いや、思ってしまった。
それに我が女神は「部活に入れ。俺のギターが聞きたい」と仰った。その言葉に従い、俺はこの同好会に入る為に来たわけだ。来たからには、目的を果たさなければならない。それが一番大事なことだ。ならば、何を迷う事があるだろうか?そう、ないのだ。
「それで……俺もこの同好会に参加させてもらえねぇか?」
「……え?」
「ふぁ?」
「マジでござるか?」
根暗女、デブ眼鏡、ネズミ侍は鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸め驚いた。いや、俺もそんな鳩の顔を見たことないけど、ただこいつ等は「正気か?」とでも言いたげだ。俺だって自分にそう言ってやりたいし、考え直せと冷静な部分の俺が叫んでいる。だが、俺にはどうしてもギターを学ぶ場が必要であり、この学園でバンドをする場所が必要だ。
そう俺には野望があり、これは俺の想いを遂げる為の試練でもあるのだ。
「…………ああ、マジだ」
そんなそれぞれの思いが渦巻く部室の中で、金髪縦ロールだけは違った。流石は縦ロール。伊達に一人だけ違う格好で縦ロールしていない。周りから浮くことなど気にしないその心臓は、毛が生えているという生易しいものではなく、きっとその毛が束になり縦ロールを作っているに違いない。
「オーホッホッホ!分かりましたわ!貴方の入会を認めますわ!」
「……え?」
「ふぇ?」
「マジでござるか?」
「そうか……それじゃあ、これからよろしく、縦ロール」
「もう!縦ロールじゃありませんことよ!わたくしの名前は早乙女遥ですわ!」
金髪縦ロールはそう言いながら、俺に片手を突き出す。
きっと、これは握手の強要だ。いや、強要は言い過ぎかもしれないが、何かの契約の儀式なのかもしれない。そんな変な思考が俺の頭を過ってしまう。いや、ただの歓迎の握手だ。深い意味などないのだろう。それなのに俺の頭には何故だか変な考えが浮かんでしまう。
だが、俺はそんな考えを頭の隅に押しやり、縦ロールこと早乙女遥の手をとり握手をする。男は時に人生を左右する大いなる決断をしなければならない時が来ると聞く。きっと、俺にとってそれが今なのだろう。
「俺は秋津隼人だ。改めてよろしく、縦ロール」
「ムキー!早乙女遥ですわ!会話の流れを読みなさい!この鳥頭!」
俺は「やんのか?ゴラァ!?」や「ぶっ殺すぞッ!!」と怒る人は知っているが、俺の軽口に対して「ムキー!」とか言って怒る人と会うのは本当に初めてで、どう対応したらいいか分からないが、俺はこの日こうして『軽音楽同好会』のメンバーとなった。
本当に同好会に入って良かったのかと思わない事もないが、覆水盆に返らずという言葉もある通り、俺はもう後には戻る事は出来ない。
きっと、なんとかなるだろう……なるよな?なってくれよ?
だが、この同好会に入る事によってふりかかる、度重なる試練が訪れるとは……この時の俺はまだ知らない。