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ボクは仕事につかれました。  作者: 新京極宮子
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第三章① 仕事頑張ってます 

 リリの付き人という仕事を始めて二週間が経過した。社会人にとっては二週間仕事をすることなど何も不思議ではないし、凄いことでもない。

 しかし、今まで習い事も部活さえもろくに続かなかった高校生の僕にとっては快挙……というには少し大げさかもしれないが、僕の人生年表には大きな項目として刻まれることだろう。

 ただ、はき違えないでほしい。楽しくて続けているわけではない。こんなに御恩と奉公が成り立たないブラック企業だとは思っていなかった。それででも辞めないのは借金と帝国大学へ進学するための経験値だ。

 普段なら八時半から三時頃までの定時に上がりに、土日祝日は休みという優良企業……もとい学校にいるはずなのだが、どうだろうか。

 帰宅部で、朝練などないのに、毎朝五時半に起き出社し、雑務や契約、発注を行っている。

 その後、学校に向かい、放課後から夜一〇時くらいが毎日の勤務体形だ。未成年というのを考慮しているのか、明日のことを考えてなのかはわからないが、一〇時には帰してくれるのが、せめてもの情けだ。

 とはいうものの、二週間経っても僕のマックス日給は一五〇〇円である。初日と比べると格段に上がったとはいえ、安すぎる。ファーストフード店で働いている方がもう少し時給高いぞ。こんなのいつまで経っても借金など返せる気がしない。

 

 そして、僕が一番の問題となっているのは電話である。普段は取りやすい場所に置いているからすぐに出ているのだが、海外との契約もあるので深夜三時に電話が鳴ったりもする。

 フランスとの時差八時間は僕には辛すぎる時間の壁だ。僕の睡眠時間と命が少しずつ削られていっているようにも思えるよ。

 当初と比べれば慣れてきたとは思うんだけれど、慣れないのはやはりリリの罵倒だ。先週もこんなことがあった。


「今日は角山出版社の会長とディナーの予定よね。何故お店が予約できていないのかしら」


「あ、あの、電話で予約したはずなんですが……」


「あなたの無能さを語らなくてもいいわ。私にはなんの得もないのだから」


「すぐに確認して店をおさえます」


 こんなことがあったり。


「夏モデルに発表するキャミソールがどうしてここにないの?」


「昨日、社長に言われまして……明日の会場に運んでしまったのですが……」


「最終確認がしたいの、今すぐここへ戻して、一時間以内にね」


「えっと、車だと片道四〇分で一時間と言うのは……」


「過程の話なんていらないの、できたという結果だけを報告して頂戴」


「じいやバイク出してくれ! 今すぐ来て、そう二人乗りができるバイク」


 何とか会議には間に合ったものの最終確認なんて五分で終わった。そして、昨日なんか、


「契約書を確認するわ、明日のスケジュールと一緒に出して」


「あ、はい。えっと……あれ、これか……」


「はぁ、あなたの感覚神経は蝸牛と同じ細胞でできているのかしら」


 少し戸惑えば、罵倒の言葉は必ず待っている。彼女の脳内には人を貶すレパートリーがいくつあるのだろうか。

 僕は二週間、激務と罵倒の両方に耐えながら仕事を続けていた。疲労はなくならないし。借金もなくならない。その割には仕事だけは増えていく。人生で一番苦労しているのが今かもしれないよ。

 月曜日の朝。僕は日本の本社に来ていた。基本的には社内よりも外での仕事の方が多い。というかタブレットで発注や資材の供給をしているので、外でもできることが多い。平日は朝と放課後が勤務の場だが、休日はもちろんフルタイムだ。


「おはようございます」


 フロアの奥にある社長室の扉が開いた瞬間にデスクから立ち上がり挨拶をする。部屋の隅に自分専用のデスクとパソコンが用意されているのだが、ほとんどこの部屋にはいないので、平日の朝にしかこの席は使わない。

 出社すると、本日のスケジュール確認、メールや契約書の確認、ホットミルクの準備をしなければいけない。そして、リリが来るとコートをハンガーにかけること。簡単に思えるかもしれないけれど、とてつもなく神経を使う作業だ。身の回りに気を遣うのも当然だが、ご機嫌を損なわないよう対応するのも重要な役目だ。


「悠斗」


「は、はい!」


 リリはこちらを向くことなくデスクから声を張る。何故か名前を呼ばれると反射的に怯えてしまう。何か失敗したのではないかという恐れが込み上げるんだよな。ミルクは八十六度に設定した。砂糖も入れた。何がいけなかったんだ……まずこのマイナス思考からスタートするのが、いけないのかもしれない。


「明日から授業は最後まで出なさい。ゴールデンウィークはフルタイムで出てもらうから。出席日数が足りなくて進級できなかったら何もならないわ」


「え?」


 想像していたこととは全く別の言葉が返ってきた。

 今日中に契約書を作って海外に届けろとか、来週に発表する夏服の採寸を終わらせろとかじゃないんですか。リリがこんなに優しい言葉を吐くなんて、天変地異の前触れか?


「なに、道端にある排泄物を踏んだような顔して、あなたには二度言わないと言葉が通じないのかしら」


「どんな顔ですか。あ、いえ、また無理……じゃなくて大変な仕事を任せられるのかと」


「はぁ、あなたが常に苦痛を求めるマゾヒストだと思わなかったわ」


「あの、そういう訳ではないんですが……」


 リリは立ち上がって言う。


「仕事の都合で学校を休む時もあるわ。自分で出席日数を管理しなさい。朝と放課後はいつも通り来なさい。休日もね」


 時刻は間もなく学校へと向かう時間。普段なら僕が声をかけるのだが先に立たれてしまった。


「は、はい。わかりました」


 素早くリリの背後へまわり、コートをかけた。


「あ、そう。今日は四時でいいわ」


 時間だけを伝えてリリは社長室を出ていく。最近では主語がなくても話を理解できるようになってきた。四時というのはつまり、四時に会社に来いということだ。今日は五限までなので、四時というのは少しゆっくりできるな。

 そのまま僕たちはじいやの待つ外へと向かい、いつも通り黒い車で学校へと向かった。仕事を始めて二週間ということは、高校二年生になって二週間ということにもなる。

 最初は二日連続遅刻という不名誉な記録を打ち立ててしまったけれど、それ以降は一度として遅刻がない。まぁ、毎朝本社に行って、学校に間に合うように会社を出ているから遅刻のしようがない。


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