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ボクは仕事につかれました。  作者: 新京極宮子
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第二章⑤ 仕事はじめました

 すぐさまタクシーに飛び乗り、名古屋駅へと直行する。事前に帰りの乗車券も買っておいたので、手間取ることなく新幹線へ乗車した。東京駅に到着した時には九時を過ぎていた。

 毎回のごとく車の前で立ったまま待っていたじいやを見つけ、車へと乗りこんだ。


「じいや、予定より四分四〇秒ほど遅れているわ。急いで頂戴」


「かしこまりましたお嬢様」


 本日の最終目的地であるボタン会社に到着した頃には九時四〇分を回っていた。当然この会社も就業時間は過ぎているだろうが、社員全員というくらいの数が、会社には残っていた。

 今朝の製糸会社と同じように、会社に入ると無駄な会話一つすることなく、試作品のボタンを拝見する。相手の常務も緊張を隠せないようで、長い挨拶も一蹴されていた。

 リリは社内で一呼吸するまもなく、依頼していた夏物の新作デザインの見物をしている。


「このボタンはなぜこの色にしたの? 夏用よ。もう少し明るい色にならなかったの?」


 試作品をじっくりと細部まで見ると、リリのお眼鏡に叶わない部分があったようだ。


「あっ、その、水着とは別のカラーで目立たせようとしましてこのカラーにしました」


 ボタン会社の常務は緊張しているのが丸わかりだ。足が震えていますけど大丈夫ですか?


「それにこっちのボタンは少し重いわ。計量素材のキャミソールを発表するのに、ボタンが重くてどうするのかしら」


「申し訳ございません、もう少し軽量素材の方を手配いたします」


「私の言いたいことは以上よ」


 手に持ったキャミソールを元の机の上に戻し、こちらへと歩いてくる。


「申し訳ございません」


「私は謝罪など要求していないわ。改善点を述べているの。謝罪する暇があるなら、次の行動に移しなさい。夏まで時間がないわ」


 常務の言葉に足を止めるも、いつもの厳しいお言葉を伝えると入口に立つ僕の所へときた。


「あらいたの。動かないで静止しているから、マネキンかと思ったわ」


 いや、この会社のストレスを僕で発散するの止めてもらっていいですか。

 リリを先導するようにして会社を出ると、後ろから声がかかる。


「今日の仕事は以上よ。帰っていいわ」


「え、あ、はい。えっと……お疲れ様でした」


 でいいのかな。

 人生で初めて働いたんだけど、働くってこんなにもしんどいものなのか。うちの両親は毎日こんな疲労困憊で帰って来て、平気な顔をしているのだろうか。

 車で近くまで送ってもらい、家の前に到着する。当然のように空は暗い。時間は十時を過ぎている。学校の帰宅時間とは大違いだ。


「やべ、報告忘れてた」


 車から降りると慌てて、玄崎さんに電話をかける。コールが鳴ったか、鳴ってないかわからないくらいの速さで電話は取られた。


『おそい! 定時連絡は? こっちは何とか車いすで病室を抜け出したんだぞ』


「仕方ないですよ。一秒も電話できる時間なんてなかったんですよ」


『それで、一日を終えてどうだった?』


「……死ぬほど疲れました。これ毎日やっているんですか?」


『当たり前だろう。今日の日程を見る限り易しいもんだ』


「今日ので!?」


『今日一日の報酬はタブレットの給与アイコンで確認できるはずだ。お嬢の判断で相応の報酬が表示される』


「あぁ、タブレットね、これか……えっと、え!? 二百十六円!? こんなにやって!?」


『成功もあったろうが、失敗も重ねたんじゃないのか』


「それを言われると……」


 家の玄関に持たれこみながら見上げた夜空は綺麗で雲一つない。明日も晴れるのかなと思いながら、今日の出来事を振り返る。


『ミルクはきちんと出したか』


「あぁ、それ言おうと思っていたんですけど、設定温度九十六度になっていましたよ。八十六度って言ってませんでした?」


『貴様まさか下げたのか?』


 玄崎さんは電話の先で何かを落としたようで、カシャンと割れる音がした。


「いや、だって九十六度は熱すぎるでしょ。言われた温度と違ったんで……」


『液体というのはマグカップを温めていない限り、注いだ時に十度近く温度が下がるんだ。だから九十六度に設定しておいたのに』


「と言うことは……ほとんど飲まなかったのって……」


『つまり温度が八〇度を下回っていたんだ』


「そんな……それでここまで給料下がるのか」


 脱力してしまい、背にした玄関の門を滑るようにして座り込む。言ってくれればよかったのにと思うが、今日の一日の仕事量からして、無駄な時間を使うのを避けたのだろうか。


『何事も先読みして行動しろ。そうすれば仕事はこなせる。まだ初日なんだ。できなくて当然だ……明日も六時にじいやが迎えに行くので準備しておいてくれ、じゃあな』


 玄崎さんは一方的に話し、一方的に電話を切った。いくつか聞きたいこともあったのだが、それはタブレットで確認しよう。

 ……はぁ、働くって本当に大変なんだな。


「ただいま」


「ちょっとあんたどこ行ってたの?」


 玄関を開けると母さんがリビングから走ってやってきた。


「その、仕事……バイトで遅くなっちゃって」


 借金八百万円したから、バイトしてるなんて言えないよ。


「なに、あんたバイト始めたの? 学校にもいないから、さやちゃん心配して来てるよ」


 リビングへ向かうと家族全員とさや姉がいた。姉貴とさや姉はテーブルへ座り、妹と父親はテレビの前にあるソファに座っている。


「ゆうくんどこ行ってたのよ」


「さやが悠斗のこと心配で心配で仕方なかったみたいだぞ」


「美羅ちゃん、心配してたけど、それはいつも連絡くれるのに今日はなかったから」

そう言えば忘れてたな、というか連絡する時間なんてなかったんだよな。


「ごめんさや姉、忘れちゃってた」


「こんな時間までどこ行ってたの?」


「いろいろあって、えっと、名古屋まで」


「名古屋!? 何しに?」


 さや姉は驚きと困惑した表情で言った。


「ちょっと名古屋までファッションラジオの手伝いに」


「悠斗、お前頭打ったのか? それとも撃たれたのか?」


 横で聞いていた姉貴が口を挟む。そりゃ昨日までの僕を考えるとその反応になりますよね。


「まぁバイトで遅くなるのはいいんだけれど、遅くなるならちゃんと連絡しなさい。心配するんだから」

横から母さんにもそう言われた。連絡する時間があったらしてるよ。


「あ、ごめん明日からはするよ」


「ほら、お父さんからも何か言ってやって」


 父さんはソファから立ち上がりこちらへ向いた。立つ角度からなのか、メガネが光っている。


「悠斗、二十五日は空けておくんだぞ」


「ちょっとパパ邪魔、テレビ見えない」


「あ、はい、ごめんなさい」


 家の大黒柱が妹に叱られた。父さんは縮こまってすぐにソファへと座り込んだ。

 二十五日なんかあったっけ? 別になんかの記念日じゃないし、誰かの誕生日でもないよな。

 父さんはソファから首だけをこちらに向け言う。


「バイト始めたなら応援するよ。今まで何もやりたがらなかった悠斗がバイトを始め……」


「パパ、うるさい。テレビの音聞こえないんだけど、むこうでやって」


「はい、すみません」


 再び妹に叱られる一家の柱だった。

 自分で始めたというより、半強制的に始めさせられたんだけどね。


「ごはんはどうする? 食べるでしょ?」


「食べてきたし、朝食べるから置いといて。風呂入って寝るよ」


 家に着いたという安心感だろうか。急に眠くなってきた。部屋の着替えを持ち出し、すぐに風呂に入った。何故だろう。熱い湯船に入っても眠気は覚めなかった。身体的にも精神的にも疲労しているんだろうか。

 風呂から上がり自分の部屋へ戻ると、さや姉がベッドに座っていた。


「ゆうくん、なんか疲れているけど大丈夫?」


「うん、大丈夫」


 もう寝られるという心の緩みからなのか、ゾンビのようにふらふらと部屋の中を歩くと、そのままさや姉にもたれ掛かりながらベッドへと倒れこんでしまった。


「え、ゆうくん、どしたの?」


「ごめん、さや姉……眠い……」


 その後は覚えていないが、頭に掌ぐらいのぬくもりがあったことを覚えている。

 

 借金残り八百五十万九千七百八十四円。


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