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ボクは仕事につかれました。  作者: 新京極宮子
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第二章③ 仕事はじめました

学校へ到着した時には八時半を過ぎており、ギリギリ正門は通過したものの、先生が来る前に教室へ行かなくてはならない。しかし、リリは平然と歩くスピードは変わらない。

 え、なんで慌てないの? 慌てなくてもいいの?

 そのまま置いていくわけにはいかず、下駄箱でリリとは別れ、廊下を走って教室に滑り込んだ。だがしかし、時すでに遅し、緋山先生が到着した後だった。


「三国、始業式も遅れてきたよな。二年生になって二日連続で遅刻とはいい度胸だな」


「いえ、あのこれは朝から仕事がありまして」

 

 教室の扉の前で立たされることになり、すぐに座ることは許されなかった。


「はぁ……嘘をつくならもう少しまともな嘘をつけ」


「えっと」


「まぁいい、新クラスで最初の授業だ。今日はサービスしてやる。席に着け」


「はい、すみません」


 しょぼくれて自分の座席へと向かう。でも新学期早々おまけしてくれるなんて、緋山先生何かいいことでもあったのか。彼氏出来たとか。


「災難だったね」


 席に座ると同時に、前席の天使、松宮さんが声をかけてくれた。

この人は自分と正反対の人間で話すのに緊張するんだよな。すごくいい人ではあるんだけど。


「昨日は楽しかったよ。来れなくて残念だったね。カラオケも行ったの。次は参加してよね」


 松宮さんは言った。今日も相変わらず綺麗で透き通るような笑顔だ。


「なんか、みんなの前で歌うとか苦手だし」


「そうなの? じゃあ二人っきりでもいいよ、恥ずかしいなら」


 松宮さんは追い打ちのように、微笑みかける。

 え? そういう意味で言ったわけじゃないんだけど、この対応はどうすればいいんだろうか。

 ここで、松宮さんの顔が少しでも赤くなっていれば、希望を持てるんだろうが、一点の曇りのない笑顔だ。からかわれているのか、男として扱われていないのかどっちだ。


「……えっと、考えておきます」


 逃げの一手に走ってしまった。


「あはは、じゃあ今度行こうね」


 松宮さんはいい人ですごく話しやすい。でもクラスの人気者だから話していると注目されるのが難点なんだよな。あまりクラスでは目立ちたくない。

 始業式後の一週間は授業の説明と午前中授業で終わるため、特に苦痛はなかったのだが、ふと時計を見て一気に血の気が引いていく。気付けば時計の針は十二時を差しており、約束の時間になっていた。それにうちの学校は十二時一〇分に午前中の授業が終了する。

 やばい……殺される。すでに遅刻じゃないか。


「あの、先生、急に腹痛が」


 すぐさま、体調が悪いふりをする。自慢できることではないが、体調が悪いふりがするのは得意だ。これで今まで保健室に行った回数十五回、早退した回数十一回だ。

 名演技はアカデミー賞ものだぜ。


「あと一〇分だ我慢しろ」


 演技など関係なかった。


「頭痛も出てきたみたいなんです」


「机の上でゆっくり安静に寝てろ」


 く、手強い。授業中に机で寝ろとか教師の言葉じゃないだろ。生徒の体調とか関係ないのか。


「熱も出てきたみたいなんです」


「あーもうわかった、わかった。保健室へ行って来い。この言葉を待っていたんだろ。誰か付き添いを……」


「大丈夫です。クラスメイトに煩わせるわけにはいきません」


 そのまま立ち上がって、鞄を持って出ようとすると。


「おいおい、鞄はいらんだろ」


「あ、そうでした」


 くそ、そこは見られていたか。窓際なんだから、そっと鞄を外に出しておくべきだった。

 タブレットも入っていて持っていかにわけにはいかないんだが。

 教室を出ると扉の前で腕を組み考える。早く行かなくてはいけないのに、早く行けない。鞄がなければ何もできない。

 すると微かに開いた扉から松宮さんが鞄を手渡してくれた。


「がんばって、じゃね」


 天使。

 すっと扉を閉めたので、お礼の一つも言えなかった。ありがとうという言葉は明日にして、廊下を全速力で駆けて、校門へと一直線に向かう。そこには今朝と同じく黒い車一台と車内に座ったリリの姿があった。


「二分十五秒遅れ。あなたは時間を読み取ることのできないほど視力が悪いのかしら」


「すみませんでした」


 案の定、罵倒の言葉が待っていた。

 これでも必死で学校を抜け出してきたのに、リリはどうやって教室を抜けてきたんだ?


「じいや、急いで」


「かしこまりました」


 車に乗り込むとすぐに出発した。午後最初の予定は、イノンモールの会議だ。


「三国様、今朝手配しましたお着替えの方、ご用意いたしましたので、お着替えください」


「へ、手配?」


 足元に置かれたケースの中には一着のスーツが入っていた。

 あ、そういえばそんなこと言ってましたね。タブレットの時といい手配早すぎません? この手際の良さ、昨日の段ボールもじいやが手配していたのか。

 立つことができないが、身体を何度も動かし、スーツへと着替える。高さはないとはいえ、広い車内では簡単に着替えられる。


「はぁ、あまり埃を立てないでくれる? 息がつまりそうなの、不愉快」


「す、すみません……」


 そっと着替えることになった。この人と仲良くお話をする時が来るんだろうか。

 車が建設中のイノンモールに到着すると、外装はほぼ出来上がっており、完成は間近に見える。大きな外装に、立体駐車場。建設中とはいえ立派な出来だ。

 だが、驚くところはそこではなかった。大きなロータリーの前にある入口付近にイノンモール関係者が数十人並んでいる。朝礼? 昼だから昼礼?


「車はいかがいたしましょう」


 ロータリーに入るとじいやは車のスピードを緩める。じいやの声にリリが反応しないあたり、僕に言っているようだった。


「えっと、あの、従業員さんに聞いてくるんで、待っててもらえますか。連絡します」


 すかさず車から降りようとすると、


「一度降りていたら時間の無駄。またここへ戻ってくるのでしょう? 先を考えて行動しなさい。動物にもできることよ」


「は……はい、すみません……じいや、車を停めて、ここで待っててください……」


「かしこまりました」


 車が停車し、いつものようにリリのドアを開けると、背後から従業員は一斉に、頭を下げた。


「お待ちしておりました。本日はわざわざ足を運んでいただきありがとうございます」


 またかよ。なんとなく予想はしていたけども。

 三〇人近くの従業員が一寸の乱れなくお辞儀をしている。


「えぇ、よろしく」


 リリは一言だけ告げた。そのまま従業員に先導され、裏口から奥へと入っていく。

 まだ営業前ということで、フロア全体はペンキの匂いが充満している。リリはサングラスの上からでもわかるような不愉快な表情をしていた。

 でもこの分は仕方ない。僕がどうこうできる話じゃない。

 フロアの中を通り抜けると従業員専用会議室へとたどり着いた。扉を開けるとそこには、見るからにお偉いさんが何人もいるようだったが、全員がリリに頭を下げている。

 この人どこまで凄い人なんですか。どこかの王族みたいな扱い受けてるよ。


「どうぞ、お座りください」


 並べられた机と椅子には各ブランドの方々が顔を並べていた。参加人数も多いということで、僕はリリの斜め後ろに立つことになった。


「今回は店舗の配置場所が決定致しましたので、その報告になります。確認の上、契約書にサインを頂けたらと思います」


 リリは回ってきた契約書に目を通してハンコを押した。するとすぐに立ち上がる。


「蒼海社長、店の配置は拝見いたしませんか?」

 蒼海? え、リリの名前って蒼海リリっていう名前なんですか? なんか重要なことは人から聞いてばっかりの気がするな。


「前回、確認したわ。変更はないのでしょう? 同じことをするほど私は暇じゃないの。何か変更点などあれば連絡して頂戴」


「は、はい、承知いたしました」


 イノンモールの代表とはいえ、リリの言葉には言い返すこともできずにいた。

 ものの五分で会議室を出ると、慌てた従業員一人に連れられ、来た道を戻る。ロータリーの前へと出ると、じいやが車の前に立ち、待っていた。

 いつも僕らが車離れた時からずっと立って待ってるのかな。


「えぇ、そうよ。え、揃ってない? 一体、何をしていたの? どこかに頭をぶつけて記憶でも飛んでいたの? もういいわ、こちらで手配する」


 その激しい罵倒に思わず反応してしまう。振り向くとリリは電話を耳から離し、切ったところだった。

電話かよ。何もしていない僕が怒られたのかと不安になったよ。僕以外にもしっかり罵倒を受けているんだな。少し安心。


「どうかしましたか?」


「スクウェア・トゥを五足、セピアとラスカスでいいわ。それを一時間以内に大阪の難波ヒルズホールへ手配して」


「え? え?」


 なに、なんかの呪文? 意味が分からなかったけど、忘れちゃいけないし、聞き返しちゃいけないんだよな。

 リリは、ふっと小さくため息をついて、両手をコートのポケットに入れる。

 とりあえず、さっき言われた、五足ってことは靴とかなのかな……って、ん?


「あ、え、失礼いたしました」


 慌てて、車のドアを開ける。リリは何も言わずに車へ乗っていく。

 はぁ、罵倒よりも無言っていうのが一番怖い。よく話す人が無言でいると最上級に怒っているように思えるんだが、僕だけかな。

 秒単位で動いているリリにとって、無駄な時間があってはいけないのだ。

 遅れてすぐさま車へと乗りこむと車も発進する。イノンモールの滞在時間は十五分を切っていた。契約会議の意味あったのかな。そういえば、さっきの忘れないうちに手配を。


「今から名古屋に向かうけれど、新幹線の手配はできているかしら?」


「新幹線!? えっと、あの、今すぐに手配いたします」


「私の前では過程の話はいらないの、結果だけを報告して頂戴」


「は、はい……」


 手配どころか、やることが増えた。この人とは一度も会話というものが成立していないような気がするんだけど。

 スマートフォンを開き、駅へと電話をかける。


「あの十三時五〇分の新幹線です。グリーン車の禁煙二名。え、空きがない? 別々の席で? そこを何とかお願いします。え、無理? わかりました別々で結構です。お願いいたします」


 手配した新幹線の時間と座席をタブレットで読み込む。発行完了の文字と共に少し安心した。


「席は別々ですが、何とか取れました」


 はぁ、ノルマ達成だよね、うん。次はさっきの手配を……


「席を別々にしたのは、何かの嫌がらせ? どこの誰ともわからない人物と隣り合わせになれと言うの? 私のことを嫌っているのなら直接言いなさい」


 リリはあきれた声で言う。それでもなお視線を一切こちらへ向けないところが徹底してる。


「いえ、あの席が埋まったおりまして、空きがなく……」


「新幹線の中で指示するときは、私に大声を張れと言っているのね」


「すみません、駅に到着次第、席を変更していただけるよう頼んでみます……」


「結構よ」


 社長というより、王に近い。暴君の王じゃないか。古代の王に仕える者たちはこんな毎日を過ごしていたんだな。尊敬するよ。


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