第二章① 仕事はじめました
第二章始めました。よければどうぞ。
「ジャッジャッジャッジャッ」
耳元で鳴る謎の爆音に言葉通り飛び起きるように目を覚ましてしまった。電話の音量全開を耳元で聞かされたと想像してほしい。鼓膜が破れるぞ。
昨日もらったスマートフォンの画面が光りながら音を発している。電話のとり方がわからず音が部屋中に響き続けている。画面に表示された緑のボタンを押すと、その音はようやく鳴り止んだ。ふぅ、と一息ついていると、電話の先から声がする。
『起きられましたか?』
僕は慌てて電話から手を離した。どうやら、音を切ったのではなく、応答ボタンだったようだ。早朝からの爆音に驚いたのに次はホラーかよ。心臓に悪いぞ。
『三国様?』
聞き覚えのある声にそっと携帯を手に取って耳に当てる。
『三国様でしょうか? 只今よりお迎えに伺いいたします。ご準備の方はお済でしょうか?』
一度耳から離し、画面を見る。タッチパネルに表示された時刻は午前四時三〇分。外はまだ少し薄暗い。
「あ、えっと、お済でないです。今すぐ準備いたします」
『では、ご準備のお済み次第、お待ちしております』
プツッと電話が切れた。
「準備が済み次第ってどういう……」
ベッドの上を膝で歩き、カーテンを開ける。そこには黒い車と横にじいやが立っていた。
こ、こういうわけね。
少し狂気的なものを感じるが、いかないわけにはいかないしな。
そこでようやく昨日の出来事を思い出した。今日からリリという名のお嬢様の付き人が始まっていることに。
ベッドから降りると急いで洗面所へと向かう。
そう言えば何を着ていけばいいんだ。そのまま学校に向かうって言ってたし制服でいいか。
顔を洗い、歯を磨く。少し寝癖を直したら、制服へと着替えて、そのまま玄関をそっと出る。
さすがにこの時間は家族全員が眠っているので、先に出ましたと置手紙を残して、物音立てず扉を閉めた。手荷物は学校の用意とタブレットに携帯、これで充分だろう。
「三国様おはようございます。どうぞお乗りください」
「は、はい……おはようございます」
この時の僕の顔はプラス四〇歳は老けていたんじゃないだろうか。
じいやの指示通り車に乗ると、そっと扉を閉めてくれて、そのまま運転席へと座る。
ハイブリッド車なのかエンジン音のほとんどない発進に何のストレスも感じなかった。
空は薄暗く住民たちが活動する時間にはまだ少し早いのか、道路にはほとんど人がいない。
昨日と同様、静かな車内では雑音は一切なく、静かなエンジン音しか聞こえない。この車は音楽とかラジオは厳禁なんですか。
「あの……えっと……」
「三国様、私のことはじいやで構いません」
言葉を待っていたかのように、僕の言葉はかき消された。
「じゃあさ、じいや」
「はい、なんでしょう」
じいやは運転を乱すことなく優しい声で答える。
「これからの予定は……」
「はい、玄崎様より、午前六時に空港に向かいまして、その後は三国様の指示に従うようにと命じられています」
「え? 僕が指示ですか?」
「はい、そのように伺っております」
ちょっと待て。勤務初日で指示する立場ってどういうことなんだよ。何も教わっていないどころか、何もできないよ。
慌てて、手に持った鞄からタブレットを出して、スケジュールを確認する。
「えっと……六時に空港到着後、製糸工場へ直行。契約書の受け渡し……大雑把すぎるよ。僕のすることを書いてくれないと、どう動けばいいのかわからないって」
スケジュール部分をタッチすると詳細が表示された。しかし、気づいた時には遅かった。
「三国様、空港に到着いたしました。お嬢様は六時三〇分に到着いたしますのでご準備を」
空港ロータリーへと停車させると、そのまま後部座席へと回りドアを開けた。
「へ、ご準備というのは……」
じいやは周りを見渡して小声で言った。
「あまり三国様にアドバイスをするなと言われている所存のため、多くは伝えられませんが、入場ゲートへ向かっていただければと」
「入場ゲート? でもここは大きいし何番ゲートへ向かっていいのか」
「スケジュールや詳細については全てそこに記されているはずですが」
じいやが指差す先には、手に持ったタブレットだった。
「中身を確認しましたか?」
「えっと……これかな! Dの三番ゲート!」
「はい、そちらで間違いありません。ではお気をつけていってらっしゃいませ。私はここでお待ちしております」
「はいはい、ありがとね、じいや」
「いえ、私は何もしておりません。導かれたのはあなたです」
そのまま入口の方へ小走りになってDの三番ゲートへと向かう。
空港ってこんなに早い時間からやっているんだなと感心しながら走っていると目的地であるゲートに到着した。時計は六時五分で、飛行機が到着するまで三〇分近く時間があった。
「少し待つか……」
早朝というのもあるのか周りにほとんど人はおらず、かなり静かなフロアになっていた。
待つこと二〇分ほどで、ゲートの奥が少し騒がしくなってきた。飛行機が到着したようだ。
「なんか早朝なのに意外に人が多いな、見つけられるのかな」
ゲートの奥から人が出てくるのを、首を何度も動かしながら確認する。見つけられるかどうか不安に思っていたけど、そんな不安は一気に解消された。
黒いスーツを着た大男二人を従えて、サングラスに、長いコートを羽織った女が降りてきた。
なんかものすごく話しかけづらいんですが。学校のことも考えて制服で来たけど、見た目一〇〇パーセントセレブのあのお嬢様に、一般学生の僕が声かけてもいいのだろうか。
当然だが、周りはみんなが何者なのかとリリを見ている。でも声かけないと先に進めないし。
ゲートを抜けたリリはその場で立ち止まった。
「あの……」
おそるおそる近づくが、リリより前に大男二人が反応した。
「……リリ様……玄崎さんの命により、お迎えに参りました」
身体全体から発するオーラについつい様付けしてしまった。
その言葉に大男二人はこちらを見ている。すると、リリは大男二人に何やら話す。声は聞こえるが聞き取れない。おそらく英語で話している。
リリが何やら話し、人差し指と中指の二本を立てて、ピッと横を差した。すると大男二人は深くお辞儀をしてその場を去って行った。僕の首だけは当然、男たちを追う。
「あ、あの……」
「何故、まだここに立っているの」
第一声の言葉はこれだった。
「へ?」
どういうことですか、迎えに来たんですけれども。
「時間がないの、早く鞄を持ってきて頂戴。それにその格好は何? 私に恥をかかせるために着てきたのかしら」
「いえ、あの……正装しようと思いまして、学校の制服が一番かと……」
「あなたの欠片もないセンスと常識の話など聞きたくないわ。鞄を持ってきて」
リリはポケットから鞄のタグを取り出して、放るように手渡した。
「は、はい。わかりました」
あれ? なんで怒られたんだ。まだ出会って二日目ですよね。こんなに罵倒を受けるとは思ってもいなかった。
脳内で愚痴をこぼしながらもベルトコンベアーの方へと向かう。でもタグだけだったらどんな鞄かわからないじゃないか。ここにある全部のタグを確認するのか。
見る限り五〇以上の旅行鞄がベルトコンベアーの上を流れている。後ろではタブレットをいじりながらリリが待っている。
こんなの見つけられるわけ……そういえばさっきじいやが。
腰に付けたタブレットを開き、本日のスケジュールを確認する。
「えーと、これがゲート番号で鞄の色が……あった、メドゥーズ色……いや、名前わかっても何色かわかんねえよ」
タブレットのメドゥーズの文字をクリックすると、鞄の写真が出てきた。
「あ、やった」
すぐにベルトコンベアーと画面を何度も見返し、鞄を発見。急いで引っ張り出し、リリの元へと向かう。
「社長、鞄発見しました」
「はぁ、あまりにも遅くて、女のけつでも追っかけているのかと思ったわ」
この女……本当にお嬢様か? 口が悪すぎやしませんか。
「そんなわけあるわけないじゃないですか、はは」
「何をしているの? 早く車へ案内しなさい。今ここで車の居場所を知っているのはあなただけなのよ。あなたが進まないでどうやって辿りつけるのかしら。それとも、あなたの記憶力は犬と同様、短期記憶の脳なのかしら」
「はいすみません、すぐにご案内いたします。ぐぬぬ」
「結構よ」
大きなキャリーバックを引きずりながら入口へと向かう。ロータリーまでは会話はなくキャリーバッグのゴロゴロという音とリリのヒールの音だけが鮮明に響いている。
この気まずさは凄まじいな。ここまで緊張するのは久しぶりだ。
まだ続きます




