第一章⑩
第一章完です。稚拙な文ではありますが暇があれば読んでいってください。
第二章も続ける予定です。
「は、はい……」
とりあえず返事はしたものの、駆け足で進めた分、理解しているのは三割ぐらいだと自分でも思うんですが。
「最後に、この三つだけは必ず守れ」
「三つ?」
玄崎さんはこちらに向けて三本の指を見せつける。
「一つ目は、電話には必ずコール二回以内に出ろ」
「二回以内ですか?」
「今まで私に掛かって来ていた取引の電話や依頼の電話が、明日から全て貴様の元に来る。大体はメールで来るが、大手の社長や海外からの電話もたまにある。中には気の短い人などもいる。電話一本で大赤字になることだってある」
ちょっと待て。そんな重要なこと初日からやらすなよ。海外からってどういうこと?
「え、海外とか……僕、日本語しか話せませんよ」
「なんだと、日本の学生は最低でも三ヶ国語は話せるのではないのか」
「どこの誰の情報ですか!? 普通の学生は母国語で精一杯ですよ」
僕の場合母国語も怪しいのですが。
「まぁ、いい。もし海外から電話があればタブレットに繋げば翻訳してくれる。それを見ながらなら大丈夫だろう」
「いや、相手の言葉わかっても、話せないと根本的な解決にはならないですよね」
「その時は最悪、私に繋げ。主要一〇ヵ国語までなら話せる」
「じゅう!?」
日本語以外に一〇ヵ国語も話せるのかこの人。関西弁とか津軽弁とかカウントしてないよな? 怪我の時といい、ほんとに人間か?
「二つ目は、お嬢に同じことを二度言わすな。必ず一度で聞き取るんだ」
「もし聞き逃したら?」
「周りの人やじいやに聞け。聞いている可能性もある」
「可能性が薄すぎる! それでもわからなくても、聞いては駄目なんですか」
「明日からは貴様の知らない言葉が数多と飛び交うだろう。わからない言葉はすぐにメモを取り調べろ。人間の脳は記憶する為にあるのではない。記憶したものを忘れる為にあるんだ」
「わ、わかりました」
その理屈はよくわからないけど、不安要素がいっぱいあるな。電話のたびに玄崎さんに連絡するような気がするんだけど。
「そして、三つ目だが、お嬢が指先で何かを叩いたら、すぐにホットミルクを出せ」
「ホットミルクですか?」
「今日ここへ来る前、座席の肘掛などを指先で叩いてなかったか?」
「そう言えば……」
あれは、時間に焦っているんじゃなくて、ミルクを出せと言う要望だったのか……いや、初見でわかるわけないでしょうが。
「温度は八十六度、砂糖は一本。ラムスデン現象が起これば必ず表面を取り除け」
「らむ……へっ!?」
「ラムスデン現象。つまり表面にできる白い膜だ」
そういえばレンジでチンしたときとかによく膜が張っていたりするなあ。そういう名前があったのか。この人何でも知ってるな。まぁ、要するにそれを取り除けばいいんですね。
「何気に注文多いんですね」
「本来なら、指先を叩く前に出すべきだが、貴様はお嬢のタイミングをまだわからんだろう。なので、指先が三回目を叩くまでには必ず出せ」
「なんですかそれ。必ず守らなくてはならないことが、その三つですか」
最初の二つはわかるけれど、最後の一つは他にもっと重要なことがある気がするんだけれど。
「まぁ、最初はそんなには厳しくない。お嬢も明日から付き人になることを理解しておられるはずだ。何か質問があれば聞くが」
「正直、今の状況から質問したいよ。質問一億個あっても足りないぐらいだし。でも一つだけ、質問というか、答えがほしいんだけれど…………」
僕はたった一つの質問を終え、病院を後にすると、お嬢様を送っていったのか、車はなく歩いて帰ることになった。病院から歩くには少し距離があり、徒歩三〇分ほどで家に着いた。
歩いて帰宅して時間をかけさせるのも想定内だったのかとも思う。さすがの手際の良さというのか、家には段ボール箱が届いていた。
「これってまさか手配するって言っていた……」
寄り道をしたとはいえ、玄崎さんと話していたのは、一時間ほど前なのにいくらなんでも手配が早すぎるだろう。手際が良すぎて、正直怖くなるよ。
中身は新品同様のタブレットとスマートフォンの二台だった。箱を持ち自分の部屋へと戻り、操作のわからないまま、いたるところを触るが動かない。
みんな画面を触って動かしているけれど、どうやって起動さしているんだ。
街中や学校で見るようにタッチパネルをスライドしたり、タッチしても画面は動かない。ベッドの上に座り操作するが一向に動かない。
「あれ、なにこれ、壊れてんの? 電源着かないんだけど」
この画面にタッチすればいいんだよね。何でつかないの。
画面を叩くコンコンという音だけが響いている。
「なにあんた、新しいの買ったの?」
「姉貴」
開いたままの扉から入ってきたのは、まだ四月だというのにタンクトップとショートパンツ姿の我が姉、美羅である。風呂上がりのようで、頭にはバスタオルを乗せている。
「なんかさやが心配してたよ。悠斗が拉致されたって。あはは」
「いや、それ本当だったら、笑ってちゃ駄目だろ」
姉貴はそのまま僕の隣へ来るとそのままベッドに座り込む。
「だって今ここにいるじゃん。生きててよかったわー」
なんの感情もないな。感情どこいったんやねん。
「いや、そうなんだけど……あ、姉貴これ使い方わかる?」
姉貴は僕と違ってデジタル派だからこういうのは知ってるんじゃないか。
頭にかけたタオルが黒いからか、まるでダークサイドに落ちたジェダイのようにタオルの隙間からこちらを覗く。いや、なんか怖い。
「これ上に着いたボタン押さないと起動しないよ」
姉貴はタッチパネルの上部にあるボタンを長押ししている。するとたちまち画面に電源が入り、いくつものアイコンが画面に表示された。
「なんだこれ」
「後は指先でタッチすんだよ。爪じゃ反応しないから気を付けな」
そう言って、姉貴はバスタオルを引き下ろして、頭から手に移す。立ち上がるとそのまま扉の方へと向かっていく。姉貴はいつもふらりと来てはふらりと去っていく。
今日も特に用事があるわけでもなかったのだろう。
「姉貴」
「ん、どした弟よ」
扉の前で足を止め首だけをこちらに向ける。
「思春期の弟の部屋にノックもせずに入るなよ」
「なになに、やましいことでもあんのか? 言ってみ」
「う……」
この性格の悪さが治らない限り、彼氏なんてのはできないんだろうな。
「まぁ、私ももう大人だから、思春期の男が考えることなんてわかるから。引き出しの三段目の底に隠した本もそういうことなんだろ」
姉貴は不敵な笑みを浮かべ、親指を突き出して机の方向を指差した。
「ちょっと待て、何故知っている」
「そのタブレットもそういうことなんだろ……ほどほどにな」
「ちょちょちょ、違うこれは……」
バタンと扉が閉まる。
これは仕事用なのに。なんか誤解されたままのような気がするが、まあいい。というか、何しに来たんだ。
今度はスマートフォンに目をやると、メールが一通来ていた。差出人は玄崎と書かれている。
「なになに、タブレットの内容は社外秘でお嬢のスケジュールが十年先まで記されている。絶対に外部に漏らすことのないように」
内容を漏らすことないようにってか、頭はいいのに笑いのセンスはないんだな、あの人。
なんか、病院で話していた時より、危機感というか、非常に重大で危険なことに巻き込まれたような気がする。
あらゆるアイコンをタッチしてみるが量が膨大過ぎて、覚えることなんて不可能に近い。
とりあえず、明日のスケジュールだけ確認しておくか。
だが、そこに辿り着くまでに二時間ほどかかってしまっていた。たった数時間で内容全てを確認することはできず、明日のスケジュールだけは何とか確認できた。夕食と風呂を終え、再び部屋に戻ってきた時には、すでに九時を過ぎていた。
「今日はなんか疲れた」
自分の意志とは反対にまぶたがゆっくりと閉じていく。消灯してもタブレットで中身を確認するが、いくら明るい光を浴びていても睡魔という心理現象には勝てなかった。
夢うつつの中、玄崎さんに言った一つの質問を思い出す。
「この仕事は、貴重で希少な胸を張れる体験ができますか?」
この仕事を受けた理由。責任と罪悪感もあるのだが、自分のためというのもある。帝国大学の面接で言われた経験という項目が僕には壊滅的に欠けていた。その経験がここではできるかもしれないというのがやる気になった理由だ。
僕はそんなことを考えながら無意識のうちに眠りについていた。
残り借金、八五〇万円。




