↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

推し騎士の過保護がすぎて、野営テントの距離感がバグっている

 日もとっぷりと暮れ、あたりを漆黒の闇と冷たい夜気が包み込む。


 国境付近の峡谷地帯――昼間のロック・ウルフとは比べ物にならないほど凶悪な夜行性の魔物がうろつく「死のエリア」だった。


 しかし、殺伐とした環境などどこ吹く風。


 私の脳内は、今まさに最高潮のカーニバルを迎えていた。


(待って、待って、待って……!)


 目の前にそびえ立つのは、支給された一枚の簡素な布切れで作られた、お世辞にも広いとは言えない一人用の野営テント。


 御者のおじさんは「お、俺は少し離れた岩陰で野宿してきますので……!」と、レイヴンから発せられる尋常ならざる殺気に怯えながら、秒速で視界から消え去っていた。


 つまり、ここには私と推ししかいない。


 しかも、夜の寒さは容赦なく、気温は氷点下にまで下がろうとしている。


「……主様。粗末な布切れ一枚の空間に、貴方一人を放り込むわけにはいかない」


 漆黒の鎧(よろい)を纏(まと)ったレイヴンが、深い眉間(みけん)の皺(しわ)をさらに寄せ、苦渋に満ちた表情で言った。


 無精髭(ぶしょうひげ)の生えた顎(あご)に、月明かりが影を落とし、整いすぎた顔立ちは何度見ても目の保養の暴力である。


「中で休んでいてくれ。俺は一晩中、外の杭に張り付いて番をする」


 なんてストイックで、騎士の鑑のような忠義なんだろう。


 でも、ここで「わかりました」と素直に引き下がるガチ恋オタクではない。


 推しに野宿で凍え死にフラグ踏ませるなんて、人類の歴史に対する大罪だ。


「だめです!

夜の魔物地帯でレイヴン様を外に放置するなんて、私の精神衛生上、世界が滅びるより無理っ!」


「しかし……」


「いっしょに入りましょう? ほら、テントの中なら風も防げますし!」


 勢いよく私がテントの布をめくり、半ば強引にレイヴンの腕を引っ張って中へと押し込む。


 がしん、と重い鎧が擦れ合う音がして、私たちは狭いテントの中に「押し込められた」。



 ――狭い。



 想像以上に、密着しすぎている。


 布一枚隔てた外の冷気が嘘のように、レイヴンから伝わる体温と、男らしいスパイスと鉄の香りが鼻腔をくすぐった。


「……っ、す、すまない。こんな狭いところに、主様を……」


 普段はどんな強敵を前にしても微動だにしない大陸最強の剣豪。


 だが数センチ先にある私の存在に、どうしていいか分からず固まっている。


(やばい、推しの耳が茹でダコになってる……!

尊すぎて、私の心臓が物理的に胸から飛び出しそうなんですけど!?)


 さらに、レイヴンは「……寒いだろ」とボソッ呟くと、自分の肩にかけていた極厚の黒い防寒マントを外し、私の肩からすっぽりと包み込むように羽織らせてくれた。


 体温が残る布に包まれた瞬間、ふわりとレイヴンの匂いに閉じ込められる。


 さらに、レイヴンは私が冷えないよう背後から覆い被さる――実質、後ろからぎゅっと抱きしめられているのと変わらない体勢だ。


「これで……寒さが和らぐか?」


 すぐ後ろの耳元で、低く掠れた甘い声が響く。


 背中に当たる硬質な鎧の感触と、それを裏切るような、震えるほど優しい彼の気遣い。


 推しの過保護が、私のライフを完全にゼロにした。


「……レイヴン様。近すぎて、その、心臓の音が聞こえそうです……」


 恥ずかしさのあまり消え入りそうな声で呟くと、レイヴンは息を呑み、そして――。


 ゴツゴツとした大きな手で、私の頭を乱暴に、しかし最高に愛おしそうにポンと撫でた。


「……うるさい。俺から離れるな。……一晩中、こうして守ってやるからじっとしていろ」


 暗闇の中で、彼の瞳が艶(あで)やかに揺れていた。


 外でどんな魔物が吠えようとも、狭いテントの中だけは、世界で一番甘くて安全な特等席だった。



 悪役令嬢の隣国への旅は、きゅんが渋滞しすぎていて、もう完全に生き地獄(褒め言葉)なのである――。

 お読みいただきありがとうございます!


 ゲーム第2部の大定番「狭いテントでの密着お泊まりイベント」をお届けしました。


 「主様を外に放置するわけにはいかない」と真面目に守るつもりが、結果的にハグという、全オタクが待ち望んだ特大の糖度を叩き出してくれたレイヴン様。


 耳を真っ赤にしながら不器用に見守る姿は、護衛の域を超えて「最高峰の彼氏力」を発揮しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。