推し騎士の過保護がすぎて、野営テントの距離感がバグっている
日もとっぷりと暮れ、あたりを漆黒の闇と冷たい夜気が包み込む。
国境付近の峡谷地帯――昼間のロック・ウルフとは比べ物にならないほど凶悪な夜行性の魔物がうろつく「死のエリア」だった。
しかし、殺伐とした環境などどこ吹く風。
私の脳内は、今まさに最高潮のカーニバルを迎えていた。
(待って、待って、待って……!)
目の前にそびえ立つのは、支給された一枚の簡素な布切れで作られた、お世辞にも広いとは言えない一人用の野営テント。
御者のおじさんは「お、俺は少し離れた岩陰で野宿してきますので……!」と、レイヴンから発せられる尋常ならざる殺気に怯えながら、秒速で視界から消え去っていた。
つまり、ここには私と推ししかいない。
しかも、夜の寒さは容赦なく、気温は氷点下にまで下がろうとしている。
「……主様。粗末な布切れ一枚の空間に、貴方一人を放り込むわけにはいかない」
漆黒の鎧を纏ったレイヴンが、深い眉間の皺をさらに寄せ、苦渋に満ちた表情で言った。
無精髭の生えた顎に、月明かりが影を落とし、整いすぎた顔立ちは何度見ても目の保養の暴力である。
「中で休んでいてくれ。俺は一晩中、外の杭に張り付いて番をする」
なんてストイックで、騎士の鑑のような忠義なんだろう。
でも、ここで「わかりました」と素直に引き下がるガチ恋オタクではない。
推しに野宿で凍え死にフラグ踏ませるなんて、人類の歴史に対する大罪だ。
「だめです!
夜の魔物地帯でレイヴン様を外に放置するなんて、私の精神衛生上、世界が滅びるより無理っ!」
「しかし……」
「いっしょに入りましょう? ほら、テントの中なら風も防げますし!」
勢いよく私がテントの布をめくり、半ば強引にレイヴンの腕を引っ張って中へと押し込む。
がしん、と重い鎧が擦れ合う音がして、私たちは狭いテントの中に「押し込められた」。
――狭い。
想像以上に、密着しすぎている。
布一枚隔てた外の冷気が嘘のように、レイヴンから伝わる体温と、男らしいスパイスと鉄の香りが鼻腔をくすぐった。
「……っ、す、すまない。こんな狭いところに、主様を……」
普段はどんな強敵を前にしても微動だにしない大陸最強の剣豪。
だが数センチ先にある私の存在に、どうしていいか分からず固まっている。
(やばい、推しの耳が茹でダコになってる……!
尊すぎて、私の心臓が物理的に胸から飛び出しそうなんですけど!?)
さらに、レイヴンは「……寒いだろ」とボソッ呟くと、自分の肩にかけていた極厚の黒い防寒マントを外し、私の肩からすっぽりと包み込むように羽織らせてくれた。
体温が残る布に包まれた瞬間、ふわりとレイヴンの匂いに閉じ込められる。
さらに、レイヴンは私が冷えないよう背後から覆い被さる――実質、後ろからぎゅっと抱きしめられているのと変わらない体勢だ。
「これで……寒さが和らぐか?」
すぐ後ろの耳元で、低く掠れた甘い声が響く。
背中に当たる硬質な鎧の感触と、それを裏切るような、震えるほど優しい彼の気遣い。
推しの過保護が、私のライフを完全にゼロにした。
「……レイヴン様。近すぎて、その、心臓の音が聞こえそうです……」
恥ずかしさのあまり消え入りそうな声で呟くと、レイヴンは息を呑み、そして――。
ゴツゴツとした大きな手で、私の頭を乱暴に、しかし最高に愛おしそうにポンと撫でた。
「……うるさい。俺から離れるな。……一晩中、こうして守ってやるからじっとしていろ」
暗闇の中で、彼の瞳が艶やかに揺れていた。
外でどんな魔物が吠えようとも、狭いテントの中だけは、世界で一番甘くて安全な特等席だった。
悪役令嬢の隣国への旅は、きゅんが渋滞しすぎていて、もう完全に生き地獄(褒め言葉)なのである――。
お読みいただきありがとうございます!
ゲーム第2部の大定番「狭いテントでの密着お泊まりイベント」をお届けしました。
「主様を外に放置するわけにはいかない」と真面目に守るつもりが、結果的にハグという、全オタクが待ち望んだ特大の糖度を叩き出してくれたレイヴン様。
耳を真っ赤にしながら不器用に見守る姿は、護衛の域を超えて「最高峰の彼氏力」を発揮しています。




