4話 お姉さんと僕
「高校生の頃から付き合っていたんだけど、大学生になったからかなぁ。キャバクラにハマっちゃったんだぁ」
お姉さんはため息を溢す。
「君には彼女ほどの魅力がない、だから別れてくれって、突然言われちゃったの。それも電話口で。会ってすらくれなかったのよ?」
酷いと思うでしょ、とお姉さんは僕の目を見て聞いてきた。
僕はなんて返せば良いんだろうか。
共感してその彼氏を罵ればいいのか、慰めればいいのか分からない。
ただなにか言わなきゃとだけ思って、口を開こうとするけど、肝心の言葉がでてこない。
お姉さんはそんな僕の様子を見て苦笑する。
「ごめんね。こんな話しちゃって」
身を起こしたお姉さんは、いつもの彼女で、だけど、象られた笑みは無理してるようだった。
「立てるかな?」
僕は小さく頷き、床に手をついて起き上がる。
向かい合う僕とお姉さんの間に漂う重苦しい空気。
僕はその気まずさに耐えきれず目を逸らしながら、
「が、学校に忘れ物があったんだ。だから……その…………帰るね」
そんな、バレバレの嘘を吐いてしまう。
決してお姉さんの顔は見なかった。見る勇気がなかった。
あんな告白を聞いて、まともでいられるわけがなかった。
後ろを振り返ったとき、僕の口から嗚咽が漏れる。
感情が追いついてしまった。今、このタイミングで。
なんて最悪なタイミングだと、あともう少し遅ければ、せめて家を出るまでは間に合わなくて良かったのにと、そう思わずにはいられない。
流す涙を見られないように足早に帰ろうとして、
「ゆっくん!」
強く呼び止められ、踏み出そうとした足が止まる。
不本意な行動だった。
本当なら呼び止められようとも帰るつもりだった。
だけど、そうはならなかった。
お姉さんのあんな大声を聞いたことがなくて、驚いたからだと、そう自分に嘯く。
でも、わかっていた。
お姉さんのあんな悲壮感のある叫び声を聞いて、逃げるなんて選択肢はなかったのだと。
それでも、精一杯の抵抗として、絶対に振り返らない。
背後から聞こえる安堵の声。
「ありがとう、止まってくれて」
僕の心情を見透かすように、お姉さんはお礼をいった。
それが余計に惨めだった。
悲しみに暮れるお姉さんを置いて逃げようとした自分のことが、惨めで仕方ない。
「ゆっくんの気持ちを弄んでしまって本当にごめんなさい。こんな最低な女、ゆっくんには悪影響しか与えないから関わらないほうが良いと思うの。だからね」
なにを言おうとしてるのか察してしまった。
分かってしまった。
やめてくれと、心が悲鳴を上げる。
振り返らないと決めたはずなのに、僕は―――
「それだけは絶対にやだ! 僕は! お姉さんがなんと言おうとも………絶対に! 離れてなんかやらないから!!」
お姉さんに抱きついて叫んでいた。
近所迷惑なんて知ったことか。お姉さんと離ればなれになるほうがずっと、ずうっっっっと辛い。
涙で歪む視界ではお姉さんの表情はわからないけど、たとえ嫌がったとしても離してやるもかと、強く抱き締める。
「…………ゆっくん」
僕を呼ぶ、お姉さんのか細い声。
背後に回される手の感触に、僕のカラダが震えた。
「ありがとう………こんな私を好きになってくれて」
思ってもみなかった言葉に目を見開く。
お姉さんはそんな僕を見つめ、愛おしげに瞳を細める。
「でもごめんね。ゆっくんとは付き合えないの」
「僕たちが家族だから……?」
知ってるとは思わなかったのだろう、お姉さんは目を見開く。
「知ってたんだ」
「うん。このまえ話してるの聞いちゃって」
「悪い子だなぁ、ゆっくんは」
「悪い子だから、お姉さんとは離れなくても良いよね?」
意趣返しのように問えば、お姉さんはしてやられたとばかりに笑う。
「そうね。お互い悪い子だから、悪影響なんてないもんね」
お姉さんは笑う。無理したものじゃない、僕が好きなお姉さんの笑みだ。




