路地裏の逆襲と、新たな絆
「すまねえ、バルガスの旦那……。ガルシア商会から『あそこに薬草を一束でも卸したら、お前の店もこの街から叩き出す』って脅されてよ……。うちも家族を食わせなきゃならねえんだ、勘弁してくれ……」
翌朝、裏口からやってきた馴染みの薬草問屋の商人が、申し訳なさそうに何度も頭を下げて去っていった。
カルロスの言った通りだった。
ガルシア大商会は迷宮都市中の市場に圧力をかけ、『緑竜の息吹亭』への薬草の卸ルートを完全に封鎖してしまったのだ。
「……ごめんなさい、バルガスさん。僕が作った薬のせいでガルシア商会に目をつけられて、お店にこんな大迷惑をかけてしまって……」
カウンターの前でアスターが深くうなだれると、バルガスが煙管の煙をふぅと吐き出し、アスターの頭を煙管の柄でコツンと軽く叩いた。
「アホか小僧。銀貨二枚で売るって決めたのは俺だ。テメエが謝る理由は一つもねえだろ。……あんな強欲豚の脅しに屈して薬屋畳むくらいなら、最初からこんな路地裏で店なんざやってねえよ」
「でも、薬草が入ってこなければ、お薬を作ることができません……!」
アスターがぎゅっと拳を握りしめた、その時だった。
ガララララッ!!
「アスター兄ちゃん!! バルガスの親父!!」
店の木扉が勢いよく開き、息を切らしたレオン君が飛び込んできた。
茶髪のボサボサ頭を汗で濡らし、その後ろには十人以上の若い冒険者たちが、大きな麻袋を担いでズラリと並んでいる。
「レオン君!? どうしたの、朝早くから……!」
「街の市場で噂を聞いたぜ! ガルシアのクソ野郎どもが、アスター兄ちゃんへの薬草の卸を止めたんだろ!?」
レオン君は背負っていた麻袋を、カウンターの上にドサッと置いた。
他の冒険者たちも、次々と自分たちの麻袋を積み上げていく。
「迷宮はガルシア商会の庭じゃねえ! 俺たち冒険者の仕事場だ! 市場から買えねえなら、俺たちが迷宮からいくらでも直接採ってきてやるよ!」
「みんな……っ!」
「へへっ、アスター兄ちゃんの薬のおかげで、俺たち怪我も減ったし胃も痛まねえんだ! 恩返しさせろよ!」
少年冒険者たちの力強い言葉に、アスターの胸がカッと熱くなった。
だが、それだけでは終わらなかった。
「おーい、アスター! あたしもとびきり強力な助っ人を連れてきたよ!」
カランコロンとドアベルを鳴らして店に入ってきたのは、クララだった。
その後ろには、少し緊張した面持ちの小さな男の子と女の子が、ちょこんと隠れるように立っていた。
「クララさん、その子たちは……?」
「あたしの弟のトミーと、妹のリリィさ!」
クララに促され、十歳くらいの男の子と、八歳くらいのおさげ髪の女の子がおずおずと前に進み出た。
二人とも少しサイズの合わないつぎはぎの服を着ていたけれど、クララと同じ燃えるような赤髪と、澄み渡る琥珀色の瞳をキラキラと輝かせている。
「アスターお兄ちゃん……! この前は、すっごく美味しいポトフと白パンをたくさん持って帰ってきてくれて、ありがとうございました!」
「リリィも、あんなに美味しくて温かいごはん食べたの、生まれて初めてだったの!」
二人がぺこりと深々と頭を下げてくれた。
「初めまして、トミー君、リリィちゃん。クララから話はたくさん聞いていますよ。この前は美味しい木苺を届けてくれて、本当にありがとうね」
アスターがしゃがみ込んで目線を合わせると、トミー君が小さな胸をドンと叩いた。
「姉ちゃんから聞いたよ! アスターお兄ちゃんがお店で困ってるんだろ? スラムの仲間たちと一緒に、薬草の泥落としと水洗い、あたしたちが全部手伝うよ!」
「リリィも、きれいなお水で草さんを洗うの得意だよ! 傷んだ葉っぱも、ちゃーんと見つけて取れるもん!」
「えっ、本当かい!? でも、井戸の水はすごく冷たいよ?」
「へっちゃらだよ! お兄ちゃんが美味しいお薬を作れるように、がんばるもん!」
こうして、路地裏の小さな薬屋で、奇跡のような『完全循環システム』が動き出した。
レオンたち冒険者が迷宮の上層から新鮮な薬草を大量に採取し。
スラムの子供たちが、泥やゴミを丁寧に水洗いして選別し。
アスターがオズワルド師匠の乳鉢で、不純物を極限まで取り除いて丁寧に調合する。
「トミー君、リリィちゃん、水が冷たいからこの桶を使ってね。僕が温かいお湯を入れておいたから」
「わあ、温かい! お兄ちゃん、ありがとう!」
ゴリゴリ、ゴリゴリ……!
子供たちが丁寧に洗ってくれた薬草は、泥も雑菌も綺麗に落ちていて、驚くほど調合がやりやすかった。
アスターはオズワルド師匠の乳鉢に向かい、全身全霊で乳棒を回す。
休憩時間には、アスターが朝焼いておいた胃に優しい『カモミールクッキー』と、温かいハーブミルクを子供たちに振る舞った。
「うわぁぁっ! サクサクしてて、すっごく甘くて美味しい!」
「リリィ、お兄ちゃんのお菓子だぁいすき!」
クッキーを口いっぱいに頬張る子供たちの満面の笑顔で、店の中はまるで大家族のような温かい空気に包まれていく。
子供たちにはお手伝いのお駄賃として銀貨数枚を手渡すと、トミー君が「これで今夜はみんなで美味しいお肉が食べられる!」と飛び跳ねて喜んだ。
バルガスも、子供たちに「おい、こっちの葉っぱも丁寧に並べとけ」とぶっきらぼうに言いながら、その頭を優しく撫でていた。
「へっ、見ろ小僧。卸問屋を通さねえから、市場より遥かに新鮮な薬草がタダ同然の安さで手に入りやがった。ガルシアの豚どもが見たら、悔しさで泡吹いて卒倒するぜ」
バルガスが大笑いした通り、ガルシア大商会が仕掛けた流通封鎖は――路地裏の人々の絆によって、完全に打ち破られたのだ。
特製ポーションは毎日三十本以上も量産できるようになり、店先には連日、感謝の笑顔が溢れるようになった。
夕暮れ時。
今日の調合をすべて終え、子供たちを見送った後。
アスターとクララは、店の前の石階段に腰掛けて、茜色に染まる空を並んで見上げていた。
「ふぅ……今日もたくさん作れましたね、クララさん」
「ああ。……アスター」
「はい?」
隣に座るクララが、膝を抱えたまま、そっとアスターの顔を見上げてきた。
夕日に照らされた短い赤髪が風に揺れ、琥珀色の瞳がじわりと潤んでいる。
「トミーとリリィさ……あんなに笑った顔、久しぶりに見たよ。……あたし、スラムで弟や妹たちを養うのに必死でさ。毎日が戦いで……あいつらにあんな美味いお菓子も、温かい居場所も作ってやれなかったから」
「クララさん……」
「アスターが来てくれてから……あたしの世界、全部変わったんだ。……本当に、ありがとうな」
クララは照れくさそうに微笑むと、そっと自分の肩をアスターの肩に寄り添わせてきた。
触れ合う肩から、クララの温もりと、トクトクと速い鼓動が伝わってくる。
「……クララさん。僕の方こそ、クララさんがいつもそばにいてくれるから、こうして頑張れているんですよ」
アスターが素直な気持ちを伝えると、クララはカッと顔を真っ赤にして、アスターの腕をぎゅっと抱きしめた。
夕暮れの路地裏で、アスターたちの距離は、確実に縮まっていた。
――だが、その頃。
目抜き通りにそびえるガルシア大商会の裏手では、カルロスが路地裏の凶悪な傭兵団――『黒狼の爪』の首領ヴォルグに、ずっしりと重い金貨の袋を手渡していた。
「……流通封鎖が効かないどころか、ますます勢いづいているだと? 小賢しいネズミどもめ……」
カルロスが冷酷な笑みを浮かべ、闇に潜む凶悪な傭兵たちを見下ろす。
「おいヴォルグ、お前たちの出番だ。明日の迷宮探索で、あの薬屋の小僧と赤髪の女剣士を事故に見せかけて始末しろ。……二度と我が商会の邪魔ができないようにな」
「ククク……任せな。迷宮の奥で骨も残さず消してやるよ」
闇の中で光る、凶刃の切っ先。
迫り来る悪意の罠に、アスターたちはまだ気づいていなかったのだった。




