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完全に退路を封じられている。
これはかなりまずい状況なのではないかと碧が恐れ慄いているとぼとぼとと上から何かが降って来た。
「私が片付ける、あなたは身を隠してなさい」
先程襲って来た剣を振り回す蔦がバラバラになって地面に転がっている。感情の切り替えが早い、先程の動揺が嘘みたいに容赦が無い。
本当に一瞬、閃光の如き素早さ。あの熊にもまるで動じなかったところを見て腕は立つのだろうと思っていたが想像以上。
迷い無く駆け出し蔦による不規則な軌道の剣も難なく避けつつ切り伏せてしまう。
そして間も無く出来上がったのは無惨な蔦の残骸。
「今のうちにここを離れるからついて来て」
同じ人間かと疑いたくなる程の運動神経に驚愕しつつも頼もしさを感じこれでようやく安全圏に行けると胸を撫で下ろした矢先、彼女の足元で蠢く影に気付いてしまう。
残骸と成り果てたはずの蔦がうねうねと互いに絡まり合い新たな蔦を形成している。慌てて伝えようとするも既に手遅れ、それは一瞬にして彼女の身体を絡め取り身動きが取れなくなった彼女の周りではばらばらになったはずの蔦が再び人型をとる。
このままでは彼女が殺されてしまう、しかし碧が出て行ったところでどうにか出来るとも思えない。
「逃げなさい」
碧の迷いを見抜いたかのようだった。
多分それが正しい。蔦人形は彼女の方に群がっているから今なら気付かれずにこの場を離れられる。
犠牲者が一人になるか二人になるか。考えるまでもない。
「でも‥‥」
迷う。
だってそれは見殺しにするということだ。
自分が死ぬ事は当然怖いが目の前で誰かが死ぬのも同じくらい怖い。
「でもじゃない、幸い今のところあんたは狙われてないんだしここにいても何も出来ないんだから行きなさい。これは私の自業自得、あなたが気にする事じゃない」
『放っておけ』
何処かからかそんな声が聞こえた気がした。
「何だ?」
周りを見ても誰も居ない。気のせいか、それとも碧の心の弱さが幻聴を招いたのか。
頭に響いて来た声の言いなりになるのは自分の弱さを認めるみたいで嫌だと思った。
ここに碧が居たって彼女の言う通り何の役にも立てないだろう、むざむざ死ぬだけなら逃げた方がいいのかも知れない。
心臓が破れそうな程に鼓動を早め手だって震えている、人を救いたいだなんて願いを抱ける器じゃないのは明らか。
死にたくない‥‥‥しかしここで命の恩人を見捨てて行ってしまったらきっとこの先後ろめたさに囚われてろくな人生なんて歩めない気もする。そもそもここを切り抜けても一人でこの森を抜け出すなんて出来る気がしない。
碧が生き残るにはこの人を助ける以外道がない。
どうせ死ぬなら何も出来なかった臆病者より無謀な愚か者の方がまだマシに思えた。
逃げろと叫ぶ声を無視して碧は駆け寄り女性の腰から短剣を抜き取る、そして必死こいて蔦に振り下ろす。
でも結果は漫画やアニメみたくはいかない。
平凡な人間には平凡な力しか無くて奇跡なんて起こせない。
一本の蔦すら切ることが出来ずそうこうしている間にどんどん彼女の身体に蔦が巻き付いて行く。こいつらはこうして仲間を増やしているのだろう、このままでは彼女も新たな蔦人形になってしまう。
「くそっくそっ!」
「もういいからっ! 行けって言ってるのが分かんないの! この馬鹿、間抜け!」
「素直に助けてって言えないそっちの方が馬鹿だ!」
「助けて欲しくなんてないっ! さっさと消えて!」
「俺が助けて欲しいんですよっ! こんな物騒な森に一人放り出すなんて無責任な事しないでください、一度手を出したんだから最後まで面倒見てくださいよ!」
「いい歳して甘えた事言わないで!」
「俺はまだ十七だ!」
馬鹿みたいな言い合いを繰り広げる最中も蔦の侵食は止まらない、なのに碧が切れた蔦は一本だけとどう考えたって間に合っていない。
「分かったでしょ? あなたじゃ無理」
「出来る!」
それでも諦めようとしない碧を見て彼女は呆れたように、そして諦めたような笑顔を見せて言う。
「あなたが命を懸けてまで助ける価値は私には無い。その勇気は別の誰かに使ってあげなさい」
「ここで使えない勇気なんて温存したって無駄だ!」
助けてくれた恩人が目の前で死にそうなのに動けないならこの勇気に使い道は永遠に無いだろう。
このまま蔦に絡め取られようと最後まで足掻いてやると覚悟を決めて‥‥‥そこで碧はふと疑問に思う。
何で自分はこうも自由に動けるのかと。
自分の身体を見てみる、どこにも蔦が巻き付いていない。
巻き付こうとするも人を選ぶみたいに避けているようにも見えた。




