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 その後、出身地の町やら村の名前を聞かれるも答えられるはずもなく記憶が無いを貫き通す。


「攫っておいて放置っていうのも変だし犯人には何か目的があったはず。例えばあなたが喰い殺されるところが見たかったとか」


平然と怖いことを言って来る。

これを転移だとするなら定石では攫ったのは神様、しかし説明も無くとは随分と不親切だ。

現実問題として碧は放り込まれた直後に死にかけた、死なせる為に転移させるなんて意味が分からない。

碧を送り込んだのはこの人の言うみたいな何も知らない異世界人を放り込んで無惨に殺されるのを見るのが好きな悪神なのだろうか?


「目を覚ましてから人影とか見てない?」


「あっ!」


聞かれて思い出す。

人影と言われればそういえば見ていた。てっきり幽霊に分類していたがあれが神だとしたら突然消えたこともおかしなことじゃない。


「見たの?」


しかしあれを人とカウントして良いのだろうか?


「いや、見てません‥‥」


取り敢えず否定するも態度が不審だったのかどんどん向こうの視線が鋭いものに変わっていく。


「何か隠し事してる?」


腰の剣に手を当ててどう見ても臨戦態勢、マジで殺されそう。

こんな女の子が見ず知らずの男をいきなり斬り殺したりしないだろうと元いた世界でなら深刻には考えないがここは異世界、先刻も死にかけたばかりで楽観的にはいられない。

選択を誤れば死ぬ、死亡フラグ満載の世界。青ざめた顔でこの場を乗り切る言葉を絞り出す。今宵ニ度目の命の危機、額からは汗が滲み出ている。


「いや、気のせいだと思うんですけど人を見たような気がして‥‥」


威圧に負けて結局話すことにした。


「どんな奴? そいつを見てどれくらいの時間が経った?」


「どんなって、黒髪長髪の女の人だったかな‥‥‥でも別れて結構時間も経ってるし最後消えるように居なくなったからもうこの辺りには居ないと思います」


ですのでどうか犯人探しよりも先に安全な場所へと導いて下さいと祈る。


「黒長髪の女‥‥‥そいつの瞳の色は!?」


突然様子が変わった。目を大きく見開きまるで人が変わったかのように恐ろしい剣幕で詰め寄って来る。


「緋色でしたけど」


普通なら人の眼なんて気にしないけど珍しいなと思ってよく覚えている。

碧の答えに彼女は動揺を示しそれから明らかに目が変わった。

光が消え失せ直前まであった温かな人間性を放棄してしまったかのようにその目は怒りに満ちていることが碧なんかにも分かった。

さっきまで親切にしてくれていたのに途端に取り憑かれたみたいにこっちの事なんかどうでも良くなったのか背を向け歩いて行く。


「待って下さい! どこ行くんですか?」


こんな場所に一人取り残されては死ぬだけなので碧は慌ててその背に声をかけた。


「そいつを探しに行くに決まってるでしょ」


元いた世界では聞いた事のない質の声、でもそれがどういうものを内包しているのかは分かる。殺意がこもった声とはまさにこういうものなんだろう。

その後、ずんずんと進むその背中を追いかけるしか出来ない。

多分出口には向かってない、更なる深みに潜っているんであろう証拠に敵との遭遇率が上がっている。とはいえ近付く犬や熊、それ以外もこの子は容易く切り伏せてしまうので今のところ危険は無い。出来上がる血の轍を碧は黙ってついて行くだけ。

しかしいい加減不味い。


「あの〜そろそろ引き返した方がいいんじゃないでしょうか?」


「‥‥‥」


こんな暗い森の中で人一人探すのが難しい事ぐらい分かってるはず、そもそもあの人がまだこの辺りにいる可能性だって低い。目の前で消えてしまったあの感じは天界だか神界とかに帰ったんだと思われる。


「ここ危険な場所って聞きましたしこれ以上は危ないですよ」


「だから何?」


「だからって‥‥死ぬかもしれないんですよ?」


「私の命は失う事を恐怖できる重さを無くしてる、そんなものよりも優先すべき事があるの」


執念の様なものを感じさせる言葉だった。

神様に向けるこの人の感情は冷静な判断すら奪ってしまうほどの憎しみ、部外者が何を言っても止められないだろう。

ただ一つ、言いたいことはある。


「余計なお世話かもしれませんけどあんまり命ってのを軽く見ない方がいいんじゃないかなって‥‥‥俺もついさっき思い至ったんですけど人間ってやっぱり多くの犠牲の上に生きてるんですよ。俺みたいな人間だって親が多くの時間を使って育ててくれたから生きてこられた、命を粗末にするのってそういうの全部足蹴にする様なもんでしょう? だからもっと大切に扱ってあげないとなって思うんです」


人生で初めての命の危機に死生観が少しだけ変わった。安全圏に生きていれば命なんてあって当然のもの、けれど死にかけて必死に守ろうとしてその重要性に気付いた。


「犠牲の上に生きているからこそ軽くなる命もあるでしょ‥‥‥‥」


「えっ‥‥?」


「いえ、何でもない‥‥‥冷静さを失っていたのは認める。痕跡も何も無いのにこれ以上の深追いは危険しかないでしょうから帰りましょうか。あなたのお守りもしないとだから」


良い人ではあるんだろうけど度々気の強そうな一面が顔を出す。結構苦手なタイプ、クラスで一緒ならまず接点は無い。

ともあれ作戦成功、これで無事安全地帯まで向かえると安心して胸を撫で下ろした時に何かの影が目に入った。


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