雷編 時の銅雀 下
雷編 時の銅雀 下
南荊州を平定した劉備軍の元に呉から陸遜がキョウとの約束を取り付けに来ていた。
陣中にいる陸遜の元へキョウは向かった。
キョウ「陸遜殿。お待たせしました」
陸遜「キョウ殿。領土の件まだ話していなかったようですね」
諸葛亮「キョウ。今、陸遜殿から話を聞きました。南荊州を呉軍に明け渡す約束をした様ですね」
キョウ「はい」
諸葛亮「何か考えがあると思いますが一応聞かせて下さい。理由によっては厳罰の対象になります」
孔明はキョウを睨み付ける。
劉備「孔明……キョウ君に厳罰だなんて……」
諸葛亮「勝手な行動は軍規の乱れに繋がります。劉備様……ご理解下さい。そもそも臣下が勝手に判断する範疇を大いに超えています」
キョウ「劉備軍が生き残る為の唯一の道です。呉軍は曹操軍相手に戦果を挙げることは難しく劉備軍の南荊州に嫉妬の念を抱くでしょう。呉軍と劉備軍は争う必要がなく。共に歩み道を模索し行動に移しました」
キョウの言葉に迷いはない。淡々と話始めた。
キョウ「赤壁の戦い事態の呉軍の功績は大きい……ですが戦果を上げることの出来ない呉軍の隙を狙い劉備軍が南荊州を横取りしたとあっては劉備さんの名は落ちます」
関羽「おい、キョウ! まるで呉軍が弱いみたいではないか! 陸遜殿がいるんだから……もう少し言い方をだな……」
陸遜「関羽殿、お気遣い無用です。私も軍師のはしくれです。呉軍の戦力は曹操軍に及ばないことは分かっています」
諸葛亮「一応の理を通しての策ではある様ですね。しかし、このまま領土を持たず、いかに劉備様を盛り立てる気ですか?」
キョウ「劉備さんの最大の武器はその魅力です。その魅力を活かせば南荊州よりも大きなものを手に入れることが出来るでしょう」
劉備「もー! キョウ君ったら! 私が可愛いからって! ねー雲ちゃん」
劉備は関羽に笑顔を向ける。
関羽「劉姉……魅力の意味が違うと思うんだが……」
諸葛亮「キョウ……あなたの言っていることは分かりますが……夢物語で曹操を倒すことなど出来るわけないでしょうに。そんなことあなたなら十分に理解出来るはず」
ホウ統「孔明……キョウの策に俺は乗るべきだと思う」
劉備「おやっさん」
陸遜「ホウ統殿。ご無沙汰しております」
ホウ統「陸遜殿、久しいな」
陸遜「今は劉備軍に籍を置いているのですね」
ホウ統「ああ。周瑜に約束を破られたからな」
陸遜「え! そんな!」
キョウ「約束?」
ホウ統「赤壁で火計成功の報酬として陸遜殿を嫁にくれるって言ったのによー」
陸遜「そんな! あれは冗談では!」
ホウ統「ああ。冗談だ」
陸遜「ちょっと……!」
キョウ「ははは! おやっさんらしい冗談ですね」
諸葛亮「ホウ統。今は、これからを大きく左右する時です、そのような冗談は止めて下さい」
ホウ統「全く……孔明……キョウ殿の気持ちも汲んでやれ」
諸葛亮「キョウの気持ち?」
ホウ統「この策……決して悪くないぞ?」
諸葛亮「劉備様の気質は英雄です。しかし、流浪の英雄など今まで……」
ホウ統「一人いただろう?」
陸遜「はっ! まさか……春秋五覇の一人……」
諸葛亮「晋の文公『姫重耳』……」
晋の文公「重耳」遥か昔、流浪の身でありながら齢六十歳を越えて中華の盟主となった人物である。
ホウ統「そうだ」
劉備「誰ですかそれは? 雲ちゃん知ってる?」
関羽「もっ勿論! 知っておりますとも! えーとですな……」
ホウ統「流浪の身から天下の主に着いた方だ」
関羽「そっそうそう! それがしも今、それを言おうと……」
諸葛亮「あなたの考えは分かりました。時代を大きく見ればキョウの考えも悪くありません。劉備様、キョウの策に乗りましょう……あまり気が進みませんが……」
劉備「呉軍とは争いたくありませんからね」
キョウ「劉備さん、先生。ありがとうございます」
キョウは劉備と孔明に頭を下げた。
キョウ「それと劉備さんにお願いがあります」
劉備「なぁに? 私の独り占めは駄目ですよ?」
キョウ「曹操という男を認めて下さい」
「!!」
その場にいた者はキョウの言葉に驚く。
キョウ「驚くのも無理はありません。ですが相手を卑下し、目を背けていては曹操の器量を測り兼ねます」
関羽「キョウ! お前は見ただろう! 長坂の虐殺をそれでも曹操を認めろとはどういうことだ!」
キョウ「命のやり取りに道理を唱えることは敗者の苦言です。負け惜しみとでもいいましょうか」
関羽「キョウ。それがしを本気で怒らせるつもりか……」
関羽の眉間に皺が寄る。
キョウ「曹操がもし政治恐怖を強いているなら既に曹操はこの世にはいません。ですが今こうして形を保っていれるのは曹操の手腕と器量と曹操を支える民と仲間がいるからです。そう……僕達が劉備さんに仕えるように……」
関羽「孔明! 黙ってばかりでキョウに何も言わんのか!」
諸葛亮「……」
孔明は何も言わない。
ホウ統「関羽殿。何も言えないんだよ」
関羽「どうして!」
ホウ統「キョウの言葉をよく聞けば分かるさ。全て筋が通っている」
関羽「だって! 劉姉の悪口を! ……言ってないな……曹操の方がいいって! ……言ってないな……あれれ? どういうことだ?」
諸葛亮「それが全てですよ関羽殿。キョウは曹操という男を知るために偏見を捨てろと言っているのです……」
キョウ「その通りです。曇った眼で勝てる相手ではありません」
劉備「分かりました。キョウ君がそこまで言うのなら曹操への偏見を捨てましょう。ですが、そこまで曹操の事を考えていれば目移りしてもおかしくないと思いますが……それでもここにいるのは?」
キョウ「もちろん。劉備さんが素敵だからに決まっているではありませんか」
劉備「みなさん……聞きましたか……キョウくんが私のことを中華一……」
関羽「言ってませんぞ劉姉」
劉備「私にはキョウ君の心の声が聞こえたんです!!」
陸遜「何者ですか……主に対しこの言動……今までの主従関係ではありえない」
ホウ統「俺も会ったばかりだが測り切れない何かを感じさせる」
キョウ「陸遜殿、南荊州をお渡しします」
陸遜「はい。ありがとうございます」
キョウ「呉軍が南荊州に到着するまでにはここを去りますので」
陸遜「そんなに急がなくても結構ですよ?」
キョウ「はははは。お気遣いありがとうございます」
劉備「陸遜殿。一席、設けますがいかがですか?」
陸遜「それはまたの機会にお願い致します。周瑜様に一刻も早く伝えねなりませんので。私はこれで失礼致します」
陸遜は呉に戻って行った。
諸葛亮「やれやれ。こうも軍の方向性を搔き乱した責任を取らせてもらいましょう。これを機に軍師になりなさい」
キョウ「責任の取らせ方が何とも先生らしい。ありがとうございます」
ホウ統「遠慮しないところもいい。最初は誰もが怖気づくものだが」
諸葛亮「それと名がキョウでは寂しいですね。新たな名を。キョウ……キョウ……」
キョウ「姜維。というのはいかがでしょう」
諸葛亮「姜維? 悪くないですね。もう一捻り欲しいですね。うーんショウ、キョウショウ……姜尚……姜尚というのはどうでしょう?」
姜尚「姜尚ですか!」
キョウは姜尚という新たな名に驚く。
諸葛亮「気に入りませんか?」
姜尚「いえ! そんなことはありません! ありがとうございます……。只、少し驚きました……」
諸葛亮「これからは姜尚と名乗りなさい。皆には私から伝えておきます。軍師のことも」
姜尚「分かりました。ありがとうございます」
ホウ統「ははは! カッコいいじゃねーか姜尚軍師!」
劉備「姜尚君。いいじゃないですか!」
関羽「これからも頼むぞ、姜尚!」
姜尚「はい!」
こうしてキョウは姜尚として生きていくことになった。
姜尚「これで少しは未来を変えることが出来るだろうか……いやまだ足りない……」
姜尚は一人、長沙の郊外に立つ。
姜尚「ここからが本番だ。持てる知を出し尽し命尽きるまで刃を振るおう……僕に唯一足りなかったもの……それは覚悟……覚悟を決め乱世を終わらせる!」
姜尚は頭に被る布を外す。
姜尚「全ては己の為に非ず! 皆が笑って暮らせる世を望む己の理想の為に!」
姜尚は布を額に当て結んだ。姜尚の覚悟が運命を変える物語が始まる……。




