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雷子  作者: 三幸
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魏編 樊城の戦い

魏編 樊城の戦い



 

 流言に聞いた関羽は腸が煮えくり返る思いをしていた時、曹操軍の前線基地が薄手になる報告を聞き急ぎ兵を率い出立した。


 領土を奪ってくれと言わんばかりの曹操軍の行動に関羽は益州にいる劉備に負けずと意気込んでいた。


関羽「劉姉の治める世をより強固にする為にも何としても樊城を落とす」


周倉「うん! おいらも姜維に負けてられないもん! 頑張るよ!」


関羽「その意気だ。次に会うときは洛陽になるだろう」


 関羽は樊城に向けて突撃の号令をかける。


 樊城の曹操軍は城を囲まれては最後と思い一気に兵と共に出撃した。


 関羽は南荊州で徴兵と訓練に明けくれる生活を送っていた。背後に敵はいない。ただ前に進むだけ全てを切り倒す。関羽のもっとも得意とすることだ。


 南荊州を出発した時から中華は劉備の人気から続々と関羽と共に戦いたいと志願する者が多く、その数は正規兵の倍になっていた。


 中央の関羽に当たるのはホウ徳だった。ホウ徳の援護に于禁が中央の後衛に付く。左翼に曹仁、右翼に徐晃といった布陣だ。

 

 関羽率いる劉備軍と曹操軍は樊城の数里先で激突する。向かいくる劉備軍をホウ徳は単騎で駆ける。ホウ徳の槍さばきと馬術は劉備軍を止めるには十分であった。于禁はここぞと言わんばかりに止まった劉備軍に向けて弓兵を率い矢を打ち込む。


 初撃は曹操軍優勢に見えた。ここでそのまま敵兵を狩ることに専念すればまだ望みはあったかも知れない。だがホウ徳は関羽を見つけ向かっていく。



ホウ徳「関羽殿とお見受けする! 私の名はホウ徳! その首を頂戴致します! 是非、お手合わせ願いたい!!」


 ホウ徳は関羽を見つけるなり一騎討ちを申し込んだ。


関羽「ほほう! 気持ちの良い武人だ! その心意気買わせてもらおう!」


 関羽とホウ徳の一騎打ちが始まる。もし関羽を討つことが出来れば事実上曹操軍の勝ちである。


 ホウ徳は関羽に向けて槍を繰り出す。関羽はその槍を簡単に捌く。


ホウ徳「中々やるようですね!」


関羽「ホウ徳と言ったな! 関羽にその言葉を吐くのはお主だけよ!」


 二人の一騎討ちは刃から火花を散らす金属音がぶつかる音がこだまする。


 打ち合って二十を超える頃、関羽の顔に余裕がなくなりホウ徳の心にも焦りが出る。


関羽「それがしとここまで打ち合える者は多くはない! 心躍るぞホウ徳!!」


ホウ徳「お褒めの言葉と受け取ります!」


 ホウ徳は関羽の胸目がけ槍を突き出す。


関羽「さぁ! これはどうだ!」


 関羽はホウ徳槍を『ギン』という音と共に大きく弾く。ホウ徳の槍を握る手は肩の後ろまで弾き返された。


ホウ徳「ぐっ!! どこにそんな力が!?」


 ホウ徳の顔が引き攣る。


関羽「さらばだホウ徳! 心地よい戦いであったぞ!」


 無防備なホウ徳に関羽は青龍刀を振るう。


ホウ徳「!!」


ホウ徳の首が地面に転がる。


関羽「それがしとここまで打ち合う者が居るとは驚きだ……惜しい武人であったがこれも乱世の定めか……」


 関羽はホウ徳の首を青龍刀で刺し高く掲げる。ホウ徳率いる兵は一斉に崩れ逃げ出す。


 関羽はホウ徳の補佐をしている後衛の于禁の元に向かう。


関羽「于禁! お主の負けだ! ホウ徳の二の舞いになりたくないだろう」


于禁「くっ! ホウ徳殿……」


関羽「于禁よ、降れ。お主の死に場所はここではあるまい」


于禁「私の死に場所は自分で決める!」


 于禁は武将として虚勢を張る。


関羽「ならばここで果てるか于禁? それがしはこれより先、誰一人として生きて返すつもりはない」


曹操軍兵士「うっ、于禁様……」


 怯えた後ろの兵が于禁を見る。


于禁「私は……関羽! 私が降れば兵には手を出さないと約束してくれるか!」


 于禁は死んでも戦うべきだと考えたが怯える兵達の眼差しが于禁の考えを変えた。


関羽「于禁。この関羽を知るのであれば、その問いは愚問だ。約束しよう兵の命は保証する」


于禁「分かった……降ろう」


 于禁は武器を捨てた。


曹操軍兵士「于禁様……私達のことを……」


 兵の言葉に于禁は何も返さなかった。


関羽「うむ、お主の兵を想う気持ちそれがしも感服するばかりだ」


 関羽は于禁とその兵を捕縛し後方に移す。


于禁「皆……御免なさい……私は……私は……!」

 連行される于禁は涙を流し歩いた。


 その頃、左翼では曹仁と周倉が戦っていた。両者、戦略など持ち合わせていない。力だけのぶつかり合いが繰り広げられ死体を積み上げていく。


 右翼では中央の関羽が徐晃に襲い掛かり徐晃は防戦一方になっていた。中央のホウ徳と于禁が敗れたことによって曹仁、徐晃は徐々に押し込まれ劉備軍は樊城の目前まで来ていた。

 

 その時、劉備軍の後方から呉軍が襲い掛かる。甘寧、蒋欽、徐盛の三軍が関羽の後ろを襲った。劉備軍の半分は途中、合流した志願兵で呉軍の突然の奇襲に大混乱する。


関羽「何だ!! 一体何があったんだ!」

 関羽は後ろを振り返る。


劉備軍兵士「呉軍です! 呉軍の奇襲です!」


関羽「なんだと! 何故、呉軍が同盟を結ぶ我らを襲う!」


劉備軍「分かりません!」


徐晃「関羽! この戦いはお前の負けだ! 呉は曹操軍と盟を結んだ! お前を討つ取る為に! 既に南荊州は呉によって落ちているわ!」


関羽「なっ……そんな馬鹿な……」


徐晃「孤立したお前には逃れられない死が待っているわ関羽!」


関羽「全軍! 撤退だ! 南荊州を取り返す!」


 関羽は号令をかける。


徐晃「逃げるのか関羽!」


関羽「徐晃。来るなら来い……その時は樊城を瞬時に落としゆっくり料理してやろう。それがしの考えを変えたくなければそこで大人しくすることだ」


徐晃「ううっ……」


 徐晃は関羽の言葉が脅しではないと思い撤退する関羽を見送ることしか出来なかった。


関羽の撤退は周倉にも伝わり関羽は呉軍の中央突破を試みる。関羽率いる劉備軍の正規兵は呉軍に襲い掛かる。呉軍は関羽を討たんと意気を巻くが近づく者は尽く首を刎ねられた。その戦いぶりに呉軍は道を開けざるを得なかった。


関羽「おのれ! 後少しの所で樊城を落とせたところを呉軍の裏切りに遭うとは!」


 関羽は愛馬「赤兎馬」を全力で走らせ南荊州に向かった。樊城は寸でのところで落城を免れた。



 関羽が撤退した樊城の草原は草木を赤く染め上げおびただしい死体が広がる。


 その死体は関羽が通り過ぎた道に沿って作られたように長く蛇の様なうねりを作っていた。



曹仁「関羽が去ったか……呉軍の連中がいなければヤバかったぜ!」


徐晃「ええ……そうね」


 樊城では曹仁と徐晃が帰還していた。


曹仁「徐晃どうした? 元気ねーな?」


徐晃「曹仁! 于禁が関羽に降り、ホウ徳が討ち取られたのよ!」

 悲痛な叫びが樊城にこだました。


曹仁「徐晃……」


徐晃「ごめん……あなたに当たることじゃなかったわ」


曹仁「なぁ徐晃。俺様の考えだがよ。ホウ徳の死はそりゃ寂しいし、于禁が関羽に投降するとは俺様も思っていなかった。でもよ。うまく言えねーけど……生き残った俺様達って振り返っちゃいけねー気がすんだよ」


徐晃「曹仁……そうね……あなたの言う通りだわ」


曹操軍兵士「報告します! 呉軍は関羽の追撃に移った模様で于禁様が関羽に解放され帰って参りました!」


曹仁「マジかよ! 徐晃聞いたか! これが朗報ってやつだ! 明るく迎えてやろうぜ!」


徐晃「ええ!」


 曹仁と徐晃は城門に于禁を迎えに行く。


于禁「曹仁……徐晃殿……申し訳ない……」

 曹仁と徐晃に于禁は謝る。


徐晃「于禁お帰り!」


曹仁「謝る必要なんてないぞ于禁! お前が生きてりゃそれでいいじゃねーか!」


 于禁の投降など気にしていないかのように曹仁と徐晃は明るく迎える。


于禁「少し疲れました……部屋で休ませて貰います」


徐晃「うん。後片付けはこっちに任せなさい」


曹仁「おうよ!」


于禁「ありがとう……」


 于禁は一人、自室に向かった。


 そんな時、曹操の訃報が届けられる。


曹操軍兵士「曹仁様! 徐晃様! 曹操様がお亡くなりになりました!」


曹仁「そうか……分かった」


徐晃「いつか来ると分かっていたけど……曹仁、大丈夫?」


曹仁「ああ。于禁にも話してくる」


徐晃「ええ」


 曹仁は驚かない。遅かれ早かれその時は来るのだから。曹仁は于禁の部屋に向かう。



曹仁「于禁いるか? 何だ? 寝てるのか?」


 曹仁は扉を開け部屋に入る。


曹仁「于禁! お前、何やってんだよ!」


 曹仁の眼に飛び込んできたのは腹に刃を突き刺し自害しようとする于禁の姿であった。


于禁「そ……曹仁……女性の部屋に無断で入って来るなんて……」

  

 倒れる于禁は弱い声で曹仁を制す。


曹仁「それよりお前! 何やってんだよ! これは!」


 曹仁は于禁を抱える。于禁の血が床を赤く染める。


于禁「一度、敵に投降した……武将の末路よ……曹仁……」


曹仁「せっかく生きて帰って来たのに! 意味が分からねーよ!」


徐晃「曹仁? どうしたの? はっ! 于禁!」


 曹仁の怒鳴り声に徐晃は様子を見に来るが于禁の姿に徐晃はその場で何が起こっているか理解する。


于禁「徐晃殿……ごめんなさい……これしかないの……」


徐晃「于禁しゃべらないで! 直ぐに医者を呼ぶわ!」


于禁「お願い……このまま逝かせて……」


曹仁「馬鹿言ってんじゃねーよ!」


于禁「曹仁……よく聞いて……私が関羽に投降したのは……無駄に兵の命を無くしたくなかったの……」


 掠れた声で于禁は話す。


于禁「それは武将として……選択してはいけない決断……」


曹仁「于禁……」


于禁「ここで私が生き残れば……将兵に緩い軍気が……蔓延する……」


曹仁「何、バカ言ってんだよ! 兵を想う気持ちを優先させただけだろ!」


于禁「責任を……誰かが責任を取らなくてはいけないのよ……」


徐晃「于禁……」


 徐晃には于禁の気持ちが痛いほど理解出来た。


于禁「曹仁……あなたは誰にも責任を押し付けない……あなたはとても優しい……曹操様が曹仁を可愛がっていた理由が良く分かるわ……乱世で荒んだ心を、あなたの明るさが……私には……とても心地よいものだったわ……曹仁……私もあなたの様に生きる……こ……とが……」


 于禁の手が床に落ちる。


曹仁「于禁! 于禁ーー!」


 曹仁は于禁の名を叫ぶ。誰も聞いたことのない曹仁の悲痛な叫び。


徐晃「于禁……私は誰かが責任を負う世の中を終わらせる為に戦うわ……あなたの様な優しい人を、もう二度と死なせない為に……」


 徐晃は涙を我慢し于禁を見る。


曹仁「……」


 曹仁はいつまでも于禁の手を離さない


徐晃「曹仁……行きましょう。あんたが手を離さいと于禁も逝けなわ」


曹仁「だったらこのままずっとここにいる……こんな結果。俺様は認めねぇ」


徐晃「曹仁。こっちを向きなさい」


曹仁「嫌だ」


徐晃「こっちを向きなさい!!」


 徐晃は曹仁の顔を掴み自分の方に向ける。


 曹仁は涙を流していた。


徐晃「あんた馬鹿……ほんと馬鹿! 何、人で泣いてるのよ! 私だって泣きたいのに!」


 徐晃の眼から涙が零れる。


曹仁「なぁ徐晃。戦場以外の死って俺たちには許されるのか……于禁はどんな死を望んだんだ……俺は……」


徐晃「そんなの知らないわよ! 馬鹿ぁあ! わぁああああ! 于禁――!」


 樊城の戦いはホウ徳と于禁の死をもって終わりを迎えた。


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