魏編 蝕む悪意
魏編 蝕む悪意
呉軍の包囲を合肥から守り抜いた。戦いは膠着し張遼はひたすら援軍の到着を待つ日々を送っていたが決して闘志が衰えることはなかった。
仲間の仇を討つことにどこまでも固執し呉軍を睨む。既に援軍が徐々に到着しており初戦の兵力の数倍の兵力があった。そして曹操軍の本体が到着した。
曹操軍兵士「張遼様! 曹操様率いる本隊が到着致しました!」
張遼「そうか……やっと始められそうだ」
曹操「張遼、良く合肥を守ってくれた」
張遼「楽進と李典がいてくれたからです。賛辞はあの二人に送って下さい」
曹操「そうか……二人への賛辞はあの世で伝えよう」
賈ク「しかし、その後、呉軍から攻撃が無いとは信じられませぬ」
張遼「だが、そのおかげで合肥は健在だ」
賈ク「確かに……呉軍には頭の回る奴は居らんのか? 最大の機を失うとは」
張遼「ん? 賈クは知らんのか? 周瑜が死んだことを」
曹操「周瑜が死んだだと?」
賈ク「それは初耳ですな。呉軍の流言ではないのですか?」
張遼「間違いないようだ。それもあるから呉軍も攻めて来んのだろう」
賈ク「それならば納得できますな。事態の収拾に努めているのか」
曹操「周瑜の死などどうでも良い。今は楽進と李典の弔いの為、呉軍を叩きのめしてくれるわ! 明日、早々に攻撃を開始する!」
合肥は呉軍との戦いの準備に活気付いた。
その晩。
夏侯惇「ねぇ張遼。楽進と李典はこの下に眠っているの?」
張遼「ああ……孫権を討ち損ね帰還していた時、呉軍によって遺体が運ばれようとしていたので奪い返した」
夏侯惇と張遼は合肥の端にある小さな二つの墓の前に立つ。
夏侯惇「惇姉と慕ってくれた二人の顔が見れないなんてさ……今まで多くの仲間を失ったけど今回は流石に応えるわ……」
張遼「最後の最後まで戦い抜いた二人には羨ましいという感情しかない。男として最高の最後だったのではと思う」
夏侯惇「あなたそう思うかも知れないけど私はそうは思わない……二人の遺品からね図面が出てきたのよ。もうね涙が出てきたわ」
張遼「図面?」
夏侯惇「軍船の設計図。きっと作りたかったのね……孟徳に見せたら何も言わずに部屋に戻って行った……きっと泣いてるわ」
張遼「曹操様が? ありえんだろう……」
夏侯惇「人前では絶対に弱い所は見せないから。でもね、楽進と李典に限ったことじゃない。あなたも含め今の武将達が亡くなっても同じように部屋に閉じ篭ると思う。これは古い付き合いの私だから分かることなんだけどさ」
張遼「……あまり考えたくもないな」
夏侯惇「どれだけ非情と言われても私は孟徳の優しさを知っている。張遼、これから先、自分の命を粗末に扱うのは駄目よ」
張遼「頭の隅に入れておく」
夏侯惇「明日、攻撃の要はあなた。私は遊撃にまわる」
張遼「らしくない。何故、そんな行動を」
夏侯惇「呉軍の戦力は決して侮れない。私はね、どこまでもいっても女なの。自分のわがままで味方の命を危険にさらしたくないわ」
張遼「男は単純で悪かったな」
夏侯惇「だから男は可愛いのよ」
張遼「惇姉と呼ばれるわけだ……女として、いや人として完成されているのかもな」
夏侯惇「ほんの少し背伸びしてるだけよ。心は永遠の女の子なんだから」
張遼「そうか……ではその女の子が明日の戦いでどれ程の活躍を見せてくれるか楽しみだ」
夏侯惇「決まってるじゃない。地獄に叩き落とすわ」
張遼「女の子はそんなこと言わない」
夏侯惇「うーん……なら地獄に送って差し上げますわ。ならどうかしら」
張遼「ぎりぎり……かも知れん」
夏侯惇「もう……女の子に夢を見過ぎね……さぁ明日から忙しいんだから休みましょう」
張遼「うむ」
翌朝、合肥の一室で主立った者達が集まっていた。
曹操「呉軍の様子がおかしいな」
張遼「昨日までとは全く違う気配です」
夏侯惇「やる気ね。そうでなきゃこちらも盛り上がりに欠けるわ」
許チョ「許チョも頑張る」
曹操「うむ。張遼と許チョがいればそれだけで逃げ出す者もいるかもしれんな」
張遼「敵将で一人、気になる男がいる」
夏侯惇「へー、張遼が気にかけるなんて珍しいわね」
張遼「甘寧と言う男だ……あの男は俺が貰う」
許チョ「張遼……その男……許チョが欲しい……」
許チョが張遼を見る。
張遼「駄目だ」
許チョ「夏侯惇……張遼が意地悪する……」
張遼「夏侯惇に泣き付いても駄目だ」
夏侯惇「あらら、許チョ。甘寧は張遼が欲しいんだって。他の武将で我慢してあげてね」
許チョ「張遼……我慢して欲しいか……」
張遼「知らん」
許チョ「むっ。やっぱり意地悪だ……」
曹操「許チョよ。これは競争だ。討ちたければ張遼よりも先に甘寧を討てばよい」
張遼「なっ!」
曹操が許チョの肩を持ったことに張遼は焦る。
許チョ「競争……頑張る……」
夏侯惇「あはは、張遼。競争だってさ、頑張って」
張遼「口に出すんじゃなかった」
夏侯惇「さっ、許チョも張遼も早く準備して行きなさい」
張遼「分かった。許チョ、行くぞ」
許チョ「うん」
張遼と許チョは出陣の準備に向かった。
曹操「先に二人に向かわせるなんて……惇。何か話したいことがあるのか?」
夏侯惇「孟徳……実はもう華佗の薬が……」
曹操「そうか。華佗もまだ戻っておらん……何かあったのかも知れんな」
夏侯惇「身体は大丈夫……?」
曹操「大丈夫だ。惇……お前が心配するほど俺は弱くない」
夏侯惇「孟徳……出来るだけ後ろにいて」
曹操「楽進と李典の仇を俺が討たんでどうする」
夏侯惇「そういうと思ったわ。でも少しくらい私のお願いくらい聞いてくれてもいいでしょ? たまには……」
曹操「たまにはか……孫権は殺すなよ」
夏侯惇「ええ。約束するわ」
曹操「ならば行こうか」
曹操は合肥に展開する呉軍と戦う為に出陣した。
合肥の戦いは曹操軍の前進から始まった。守る必要がないからだ。必ず討つという意思表示でもある。呉軍はそれを迎え討たんと前進した。
両者譲らなぬ戦いが数時間が経過していた。当初は互角の戦いは曹操軍がやや有利な形となっていた。張遼は甘寧を探し一騎討ちが始まっていた。
その頃、右翼では夏侯惇が呉の補給をあわよくば崩さんと遊撃する為、馬を走らせる。それを阻止する為に陸遜が呉の武将達に指示し夏侯惇を警戒していた。そのせいか左翼では許チョが呉軍を叩き殺しながら甘寧を探していた。戦いの差は夏侯惇の動きに武将達を動かし許チョに戦力を裂けなかったことだ。
夏侯惇「本当にしつこいんだから……」
呉軍の追走に夏侯惇はぼやく。
凌統「夏侯惇!」
夏侯惇の前に凌統が現れる。
夏侯惇「あら? 綺麗な顔ね……一瞬、女かと思ったわ」
凌統「ぐっ……気にしていることを……」
夏侯惇「気にする? 自慢していいんじゃない? 綺麗な顔に産んでくれたご両親に」
凌統「そんなことお前にどうこう言われる筋合いわない!」
凌統が吠える。
周泰「夏侯惇!」
夏侯惇の前に周泰が現れる。
夏侯惇「あら? 逞しい身体ね。一瞬、男かと思ったわ」
周泰「ぐっ……気にしていることを……」
夏侯惇「気にする? 自慢していいんじゃない? 頑丈そうな身体に産んでくれたご両親に」
周泰「うるさい! 好きでこんな身体になったんじゃない!」
夏侯惇「ははははは! 可笑しい! 何だか正反対の似た者同士がいるなんて呉軍は笑いを取るのが上手なのね!」
夏侯惇は戦場で笑う。
凌統「観念しろ! お前は既に方位されている!」
周泰「ボッコボコのギッチョンギッチョンにしてやるからな!」
夏侯惇「それは困るわぁ……性別の判断が難しい武将に負けるなんて恥ずかしいじゃないの。そう思わない?」
凌統「散々、逃げるだけの貴様に恥なんて感じるのか」
周泰「ほんとだよ! 陸遜から夏侯惇から目を離すなって言うから追いかけたけどお前! 何もしてないじゃんか!」
夏侯惇「残念だわ……もっといい男に追い掛けて欲しかったのに……」
凌統「隻眼のお前に惚れる男なんてこの世に果たしているのか夏侯惇」
夏侯惇「それはお隣さんに言ってあげれば?」
周泰「ふざけんな! この野郎!」
夏侯惇「ふふふふ。実はね、もう飽きたのよ。遊撃として戦場を駆けながら補給を絶つ任務は。もう少しで日が落ちるでしょ? その前に少しくらい暴れたいじゃない……楽進と李典の仇もあるし……」
凌統「こいつ……まさか……」
夏侯惇「そのまさかよ。私が止まったのは武将の首級を挙げること……あなた達の首……貰っていくわね」
夏侯惇は口を閉じると同時に馬を走らせる。凌統は向かってくる夏侯惇に合わせ馬を走らせる。二人はすれ違うと同時に馬を返し斬り合いが始まった。
馬上の夏侯惇は凌統の攻撃を交わし凌統は夏侯惇の攻撃を受ける。この二人の戦い方に差が出てくる。避けながらも二の手を繰り出す夏侯惇に凌統は傷が増えていく。
周泰が凌統に加勢し夏侯惇に戟を振りかざすも馬を巧に操り周泰の攻撃は空振りに終わる。夏侯惇は執拗に凌統を追い込む。周泰が近づくと夏侯惇は凌統を中心に周泰の攻撃が届かない場所にまわった。
凌統「くっ! なんだこの戦い方は!」
周泰「卑怯だぞ! 私の前に来いよ!」
夏侯惇「面白いこと言うわね? 二対一でしょ? 卑怯なのはそちらでしょ?」
その時、合肥から退却の銅鑼が鳴る。
夏侯惇「残念ね。時間切れだわ」
凌統「まだ終わらせるには早いぞ! 夏侯惇!」
周泰「結局、最後は逃げるのか!」
夏侯惇「思ったより馬鹿なのかしらね。このまま続けてもいいけどあなた達、自分の仲間が心配じゃないの? この戦場には私よりも強い張遼、許チョがいる」
凌統「ぐっ!」
夏侯惇「覚えておきなさい。過去、数百年の戦場で味方の行動を軽視していい結果なんてないのよ」
周泰「こっちだって甘寧がいるんだ! お前に何が分かるんだよ!」
夏侯惇「甘寧の元に張遼と許チョが向かったわよ」
周泰「え……」
夏侯惇「どうなっているか分からないけど。もし生きていたらよろしく伝えて」
凌統「お前達、略奪者に甘寧の何がわかる!」
夏侯惇「略奪者? 本当の略奪者はもっと恐ろしいものよ。あなた達の主、孫権の父。孫堅は偉大な男だったと思うわ。それに比べて孫権は私達に敵対、警戒することのみじゃない。中華が一つになるということは即ち乱世が終わるということ……時代はもう違うの。群雄割拠の時代は終わったことを知るべきだわ」
凌統「曹操は共に歩める男なのか! どれ程の虐殺を行いどの口がそれを言うか!」
夏侯惇「人の怨恨を飲見込んでこその覇者と呼べる。まぁこの話しは機会があれば話しましょう。そうだ……最後に私から目を離すなと言った陸遜だっけ? あなたの判断は正しかったと伝えてね。その判断がなければ呉の補給線は確実に潰れていたわ。じゃあねお二人さん」
夏侯惇は凌統と周泰の名も聞かずに去った。
曹操軍は合肥に退却し負傷者の手当てと食事の用意に慌ただしい空気が流れた。
賈ク「呉軍も中々やりますな」
曹操「戦力を分散させているとは言え、孫権もやりおるわ」
合肥城で曹操達は戦いの余韻に浸る。
張遼「……」
夏侯惇「あら張遼、どうしたの? そんなに怖い顔して?」
張遼「甘寧を討ち取れなかった……許チョに邪魔された」
許チョ「違う甘寧が私のことをデブって言ったから……」
夏侯惇「そっそうなんだ……」
許チョ「夏侯惇。デブと何だ……」
夏侯惇「どっどうして私に聞くの……」
許チョ「張遼が」
夏侯惇「張遼……あんた……」
張遼「他に誰が答えられるんだ」
曹操「やれやれ……甘寧も戦場で許チョに結婚を申し込むとはな……」
「え!?」
曹操のとてつもな言葉に許チョを除く皆が驚く。
張遼「そっ曹操様……いくら何でも……」
曹操「許チョ。甘寧は嫌いか?」
許チョ「よく分からない……」
曹操「甘寧は許チョのことを大好きなようだ」
許チョ「そうか……デブとは好きな人に伝える言葉……」
曹操「そうだ。許チョ……次は甘寧をしっかり捕えるといい」
許チョ「分かりました……でも許チョは……甘寧を……」
曹操「最初はそれで構わんさ。明日の戦いの為にも今日は早く休むといい」
許チョ「はい」
許チョはその場を去る。
曹操「必ず甘寧を生け捕りにしろ……許チョに暴言を吐いた責任と取らせる」
曹操の声に怒りが籠る。
夏侯惇「ちょっと孟徳! いくら何でもその責任の取らせ方は!」
曹操「言うな! 許チョの伴侶は誰でも務まるものではない! 甘寧が拒めば拷問にかけろ! 許チョの夫として生きていかねば命はないと身体に刻め!」
賈ク「しかし! 許チョ殿の気持ちは!」
曹操「許チョなら大丈夫だ。米さえ与えておれば何の問題もない」
夏侯惇「あんたの言葉は相当問題だけどね」
曹操「張遼まだ呉軍との戦いは終わりではない。だが甘寧は必ず生かして連れて来い。許チョの夫になる男だ! 腕の一本までは斬り落として構わん! 分かったな!」
張遼「わっ分かりました……」
夏侯惇「もう滅茶苦茶ね……」
賈ク「曹操様は許チョ殿のこととなると人が変わりますからな……」
曹操軍兵士「報告します! 漢中の夏侯淵様が定軍山にて討ち死にされました!」
突如、夏侯淵の死が知らされた。
曹操「なんだと! 淵が!」
夏侯惇「うそ……淵が……そんな……」
曹操「詳しく話せ!」
曹操軍兵士「はっ! 益州を獲った劉備軍が漢中に攻め入った様で、夏侯淵様率いる部隊は応戦。 その後、撤退途中で命を落とされました……」
曹操「劉備! どこまでも俺の使命を邪魔しおって……くっ……」
曹操はその場に倒れる。
夏侯惇「孟徳! しっかりして!」
張遼「曹操様! 急ぎ、医者を!」
賈ク「何ということだ……」
曹操は軍医によって夜通しの看病が続いた。翌日、呉軍との戦いはなく曹操軍は合肥で呉の動向を見守ることになった。




