魏編 漢中の戦い
魏編 漢中の戦い
馬超の乱を破った曹操は涼州を手中に収めることに成功した。
曹操は涼州の指導者を片っ端から入れ替え曹操の息のかかった者達が要所に送り込まれた。そのやり方に多くの反発が出ると思いきや曹操は政治手腕を存分に振るう。
制度を設けるに当たり、新たな仲間となった韓遂を用いたこと。そして公益の許可と財の剥奪をしなかったことは涼州の民から支持されることとなった。
曹操は曹操ではない。鬼の子と呼ばれる極悪非道な男という概念を涼州の民から取り払った。
曹操軍は長安に最も近い安定に滞在していた。
曹操「この戦いで涼州の反乱は治まったが……やはり税は馬で取り立てるべきか……」
夏侯惇「いいんじゃない? 涼州の馬は軍馬としては利用価値も高いし」
夏侯淵「そんなことより次はどうするつもりだ? 孟徳」
曹操「次は漢中攻略に移るが合肥と江陵に援軍も送らなければならんな」
夏侯惇「じゃあ、ここでまた別れないといけないわね」
曹操「そういうことになる」
曹操軍兵士「合肥より報告です! 呉軍の猛攻で李典様と楽進様が討ち死に! 現在、張遼様のみで合肥を守っております!」
合肥の報が曹操の元に知らされた。
夏侯惇「楽進と李典が……そんな……」
夏侯淵「江陵はどうなっている? 死傷者は出ていないか」
曹操軍兵士「江陵は何とか持ちこたえているようです」
曹操「漢中攻略は諦め直ぐに合肥に向かう」
夏侯淵「孟徳。邪晶のことを考えれば時間がない。漢中攻略には俺が行く」
曹操「淵……」
夏侯惇「私と二人であれば漢中攻略に時間はかからないと思うわ」
夏侯淵「相手は張魯だ。恐れる敵ではない。そもそも惇はもしもの為にも孟徳の傍にいたほうがいい。合肥だけではなく江陵も危険な状態であることには変わりはないのだから」
夏候惇「確かにそうかも知れないけど……」
曹操「分かった。俺は一度、邪晶の相手をしてくる。淵、賈クの高弟の一人を援軍に向かわせる。それと満寵を連れて行け」
夏侯淵「それは助かる。話相手がいないのは寂しいんでな」
夏侯惇「淵、気をつけてね」
夏侯淵「ああ。惇、次に会う時に……」
夏候惇「何?」
夏侯淵「いや。何でもない。孟徳を頼んだ」
夏候惇「もちろんよ」
夏侯淵は漢中に向かった。
曹操は涼州を後にし合肥に向かうが途中、本拠地である許昌に立ち寄った。
許昌にて補給と兵の補充をし合肥への援軍に向かう準備を進める。
曹操と夏候惇は許昌の外れに二人だけで来ていた。一切の護衛はいない。
曹操「惇。付き添いはここまででいい」
夏侯惇「そうさせてもらうわ」
許昌からそれ程、遠くない場所で人が暮らすには不便な森林に隠された古墳の入口に二人は立つ。
曹操「ところで華佗はまだ帰って来んか?」
夏侯惇「ええ、まだみたいね。そろそろ帰って来る頃じゃないかしら? 薬の残量を考えれば華佗も分かっていると思うわ」
曹操「そうだな……ここに来るまでの間、誰にも見られていないと思うが一応、周囲を見張っていてくれ」
夏侯惇「分かったわ」
古墳の入口には門番である兵が一人だけいる。曹操が古墳の扉を開け入っていた姿を夏候惇は痛ましく見る。
曹操「この冷たい空気……外とは大違いだ。この寒気が俺の使命を駆り立てる」
曹操は古墳の奥深くに進む。
曹操「久しいな。邪晶よ」
曹操の目の前には大きな水晶に閉じ込められた妖艶な女がいた。水晶には破邪の札が貼られている。その水晶のようなものは結界のようで邪晶と呼ばれる女は封じ込められているようだ。
邪晶「お主も、わらわの為に律儀な男よ……曹操」
邪晶は曹操に微笑む。
曹操「好んで貴様に会いに来ている訳ではない」
邪晶「お主が死ねば私を封じる結界を修復する者がいなくなる……曹操……お主が死ぬのが楽しみでならぬ……」
曹操「ふん。貴様が結界から出られる時は、俺が貴様を殺す方法を見つけた時だ。怪物め」
邪晶「わらわを殺す? わらわが不死身であることは知っておるだろう。笑いをとりに来たのか曹操」
曹操「不死身かどうかは俺が決めることだ。結界に封じられた貴様はただ殺される時を待てばいい」
曹操は邪晶を睨みつける。
邪晶「曹操……お主は強い……わらわの瘴気にあたって平常心を保てる男はお主くらいの者よ」
曹操「結界を修復する……」
曹操は邪晶の言葉を無視し剣を抜き手のひらを切る。床に血が垂れる。
曹操「くっ!」
曹操の顔が苦痛に歪む。
邪晶「曹操。苦しそうだな……わらわを解放すればその苦しみからも解放されるだろうに……瘴気にあたり血を流すのは苦しかろう……わらわの瘴気はお前の傷口から体内に入り込む……命を蝕むことと知りながらようやるわ」
曹操「黙れ怪物……はぁはぁ……」
曹操は結界である水晶に血を垂らす。遠目でわからなかったが結界の水晶に僅かなヒビがあり曹操の血がヒビを伝うとヒビはその血を吸い結界は修復されていった。
邪晶「曹操……次は女も連れて来い……わらわは空腹ぞ……」
邪晶は結界から曹操の顔を下から見上げるように眺める。
曹操「女人を喰らい……男の精気を吸い……周りの者をその瘴気で狂わせる……貴様には誰にも会わせはせん! お前が日の光を浴びることはない!」
邪晶「人の寿命は短い……せいぜい粋がるがいい……」
曹操「貴様を殺す方法は必ずある! 次こそは必ずや殺してやる!」
曹操は切った手を抑え邪晶に背を向け出口に向かった。
邪晶「ふふふふ……可愛い男よ……曹操」
邪晶は暗闇の中で不敵に笑う。
曹操「終わった……惇、帰るぞ……」
夏侯惇「孟徳! 大丈夫!? しっかりして!」
古墳から出てきた曹操を夏候惇が支える。
曹操「大丈夫だ……これくらい何ともないさ」
夏侯惇「こんなこと……早く終わらせましょう……」
曹操「あぁ……合肥に急ごう……」
曹操と夏候惇は古墳を後にした。
許チョ「…………」
古墳から出てきた苦しむ曹操を許チョが木の陰から見ていた。
夏侯淵は満寵と共に漢中に侵攻していた。あくまでも別働隊ということだがそれでも数万の兵を率いていた。
満寵「夏侯淵さん、張魯は応戦して来るでしょうか?」
夏侯淵「もちろんしてくるさ。張魯は、まがりなりにも宗教国家の教祖だ」
満寵「五斗米道……確か無償でお米を振る舞ってくれるんですよね有名な話です」
夏侯淵「それだけではない領地内の犯罪は三度まで許され四度目に刑罰が課せられる。その政治手腕により絶大な信仰で徐々に力を蓄えたいる」
満寵「ひえー。曹操様とは正反対ですね」
夏侯淵「孟徳なら罪人の手を刎ねるだろうな。ある意味、夢のようなところだと思わないか?」
満寵「確かに……」
夏侯淵「だがその行いは漢中には罪人は逃げ込み質の悪い連中が集まるようになった」
満寵「まぁそうなりますよね。そうだとしてももっと広まってもおかしくないような……」
夏侯淵「それが宗教国家の限界なんだ。人の向上心を奪う堕落した人種を形成するやり方でもあるんだが俺にはどうも合わない。己の努力が報われてこそ人は満たされるものと考えているものでな」
満寵「怠け者にはぴったりですけどね。でも勝てる見込みがないのに戦うのかしら」
カク昭「う~ん。応戦して……その後、降伏するんだと思う」
カク昭が現れる。
満寵「誰です? あなたは?」
カク昭「賈ク様の高弟の一人、カク昭です。今回、曹操様から夏侯淵さんのお手伝いに向かう様にと」
夏侯淵「話は聞いている。宜しく頼むカク昭」
カク昭「はい! 僕、頑張りますから!」
満寵「うぅ……せっかく夏侯淵さんと二人っきりになれると思ったのに……」
満寵はぼやく。
夏侯淵「どうした満寵?」
満寵「あっ、いえ……カク昭! 満寵と申します! 宜しくお願いします!」
カク昭「うん♪ よろしくね」
満寵「ところで先程の話、適度に降伏とは一体どういうことですか?」
カク昭「多分ね。自分の都合がよくなるように応戦しに来るんだよ。途中、降伏して欲しければって、条件を出してくると思うんだ」
満寵「何だか嫌な戦い方ですね」
カク昭「夏侯淵さん、張魯を倒すのはどう思う?」
夏侯淵「保身を考えて戦う者は、いずれ乱の種になる。降伏は受け入れん」
カク昭「成程ね。夏侯淵さんと一緒に戦えて嬉しいや」
満寵「わっ、私も夏侯淵さんと一緒に戦えて嬉しいですよ!」
夏侯淵「ははっ、満寵、カク昭。俺もだ」
夏侯淵「カク昭は初陣か?」
カク昭「いいえ。以前、楽進さんと一緒に一度だけ」
満寵「あら、楽進と? 変な組み合わせね」
カク昭「とても素敵な方でした……でも……」
カク昭は下を向く
。
夏侯淵「楽進は最後まで戦い抜いた曹操軍の鏡だ。悲しむ暇があるなら楽進に恥じない生き方を貫くことだ」
カク昭「もちろんです!」
夏侯淵「では漢中攻略戦を始めようか」
漢中は険しい山に囲まれた場所で道は限られており守りに適した地形だ。夏侯淵達は兵を率い街道を通って漢中に向かうが当然のように張魯軍が待ち構えている。
兵を率いるのはカク昭で張魯を討たんと指揮を執る。張魯軍は徐々に後方に下がる崖に挟まれた地形まで退くと今度はここぞとばかりに戦ってきた。
カク昭は張魯軍の反撃に臆することはなく張魯軍に応戦する。張魯軍は数を減らした。カク昭は兵の優位を利用し前線の疲れた兵を何度も交代させた。
張魯軍の奮戦にカク昭は優位でありながらも少し後方に引いた。張魯軍も前進する。その時、崖から落石が落とされた。張魯軍の後ろにである。張魯軍は退路を失った。
その光景に張魯軍は悲鳴を上げる。その落石は元々張魯軍が用意していたもので崖に挟まれたこの場所まで下がったのだ。策の失敗を知る。左右の崖から矢の雨が張魯軍に降り注ぐ。カク昭が張魯軍と戦っているころ夏侯淵と満寵は弓兵を率い山の中を駆け巡った。狩りを得意とする二人は崖の上にいる張魯軍を殲滅していた。用意された落石を奪い退路を断つ。仕上げに上から矢を放った。
完全な勝利を飾り夏侯淵達は漢中に入る。
カク昭「これで漢中は曹操軍が制圧しましたね」
夏侯淵「ああ。漢中は豊な土地だが補給を受けにくい。自給自足出来る仕組みを持たねばならぬが当面は張魯の蓄えた食糧で事は足りるだろう」
カク昭「張魯の処遇はどうしますか?」
夏侯淵「このまま漢中の統治を手伝わせるといい」
カク昭「ではそのように致しますね」
満寵「夏侯淵さん! 大変です! 益州の劉璋が劉備軍に降りました!」
カク昭「どういうこと!?」
夏侯淵「慌てるなカク昭」
カク昭「でも! 夏侯淵さんここは逃げるが勝ちだよ!」
満寵「私もカク昭殿の意見に賛同します」
夏侯淵「そうか……二人の気持ちは分かった。しかし、ここで簡単に退く訳にはいかない」
カク昭「……」
夏侯淵「そんな顔をするなカク昭。我らの力で手に入れた漢中をそう簡単に渡す訳にはいかない。楽進も李典も死を覚悟して戦ったのだ」
満寵「そうでした……」
夏侯淵「曹操軍が天下を獲るには漢中は必須だ。今後、劉備軍と戦うことも含めてな」
カク昭「ごめんなさい……夏侯淵さんの言う通りだよ」
夏侯淵「ここで守るは不利だ。定軍山で劉備軍を迎え討とう」
カク昭「分かった。僕も曹操軍の仲間として、恥ずかしくない戦いをするよ」
夏侯淵「その意気だ。しかし無理に死ぬことはない。退路を残し最悪の事態は避ける」
満寵「では、死ぬと決まった訳でないのですね」
夏侯淵「ははっ、満寵。俺には漢中の大将としてお前達を守る義務がある。ここで退かぬは蛮勇であって勇気ではない。定軍山に向かおう」
こうして夏侯淵達は定軍山に向かった。




