魏編 赤壁の戦い 下
魏編 赤壁の戦い 下
ホウ統が曹操の元に訪れてから数日後。
楽進「曹操様。敵将・黄蓋が投降して来ました」
曹操「そうか。報告では周瑜からかなりの罰を受けた様だな」
黄蓋は曹操と戦うことを不服として周瑜から鞭打ちをされていた。
楽進「その様です、体中に拷問による傷がございます」
曹操「ふむ、賈ク。受け入れるか?」
賈ク「ここは受け入れるべきですが信用するには早過ぎます。徐晃殿と于禁殿の二人で監視させて下さいませ」
曹操「よし。黄蓋の投降を受け入れる。楽進、連れて来い」
楽進「分かりました」
黄蓋が楽進に連れて来られる。楽進は黄蓋に怪しい動きがないか目を離さず左手を腰に刺さる剣の柄を握る。
楽進「黄蓋殿、こちらが曹操様だ。どうぞご挨拶を……」
黄蓋「ふぉるふぉる」
曹操「ふぉるふぉる? 賈ク……何と言っておるのだ?」
賈ク「呉の方言のようなものでしょうか? 私にも分かりません」
ふぉるふぉる。初めて聞く言葉に曹操も賈クも戸惑う。
曹操「まー良い。黄蓋、投降を受け入れる。しかし完全に信用した訳ではない。監視を付けさせてもらう」
黄蓋「ふぉるふぉる」
黄蓋は笑顔で応える。
賈ク「何となくですが了承して頂けた感じがします」
曹操「徐晃、于禁。黄蓋を宿営に案内しろ」
徐晃「分かりました。黄蓋殿こちらです」
于禁「酷い傷ですね。まずは手当を先にしましょうか」
黄蓋「ふぉる」
黄蓋は于禁と徐晃に案内され曹操の元を去った。
曹操「あれが孫堅の代から使える黄蓋か……変わった男だな」
楽進「正直、あれが呉の将軍とは……呉の底が知れます」
曹操「そう言ってやるな」
賈ク「曹操様、昨日のホウ統の策でございますが」
曹操「長期戦には持ち込まん。しかし予想より戦が長引くかも知れん。補給線を太くし自給を急げ」
賈ク「では、その様に致します」
こうして黄蓋の投稿は曹操に受け入れられた。
張遼「……」
張コウ「張遼殿。寂しそうだな」
張遼「船上より俺は馬を駆ける方が好きでな……」
張コウ「それは俺もそうだ」
河のほとりで張遼と張コウは対岸の呉を眺める。
張遼「この大河の向こう側に関羽がいると思うと、逸る気持ちを抑えられん」
張コウ「劉備軍はは呉に亡命したことは聞いている。何か因縁でも?」
張遼「呂布殿の元にいる時に一度手合せを」
張コウ「なるほど。で、決着は?」
張遼「着いてはいない」
張コウ「それで関羽に固執しているのか」
張遼「一度、袁紹軍との戦いで戦場を共にした。また共に駆けたいと言う気持ちと、あの時の決着をつけたい想いが今は互いにぶつかり合っている……関羽の最後は俺の手でつけたい」
張コウ「張遼殿の意外な一面だな……曹操軍と袁紹軍との戦い……俺には恐ろしいものだった……」
張遼「どの口が言うんだ。最後の最後まで戦い抜いた男が……」
張コウ「官渡の戦い……あの一戦は曹操軍と袁紹軍の分け目であったかもしれん。袁紹軍は兵糧を焼かれ前に進むしか道は残されていなかった」
張遼「……」
張遼は張コウの話を黙って聞く。
張コウ「三十万……約三十万の兵が五万に満たない曹操軍に敗れた事実……悪夢でしかなかった」
張遼「十面埋伏の計……あんな無謀な作戦をよくも行ったものだ」
張コウ「曹操様、自らが囮になった。袁紹軍は曹操様を執拗に狙ったが許チョと典韋に守られ討つこと叶わなかった……そこに五カ所に二部隊づつの伏兵……率いるのは曹操軍の猛将達……俺は大混乱の中、何もできなかった」
張遼「殺したな。これでもかとう言うほどに」
張コウ「夜が明ける頃には味方の影はほとんどなかった」
張遼「あの時、誰もお前を討とうとしなかった」
張コウ「初耳だ……」
張遼「そう言った指令もない。みんな考えは同じだった。この男を仲間に迎え入れたいそう思ったんだ。張コウの投降に一番喜んだのは曹操様だがな」
張コウ「俺には勿体ない言葉だな……」
張遼「お前は誰が何と言おうと俺達の仲間だ」
張コウ「ありがとう張遼殿……」
張遼「少し喋り過ぎた……この大河がそうさせるのかもしれん」
張コウ「呉を破れば事実上、曹操様の天下だからな」
張遼「ところで俺に何か用事があるのでは?」
張コウ「ああっ。敵将の黄蓋が投降したらしい楽進からの話だと変わった奴のようだ」
張遼「変わった奴?」
張コウ「『ふぉるふぉる』しか言わないんだとよ」
張遼「確かに変わっているな。ん? あれは誰だ?」
張遼の視線に張コウは目を向ける。
張コウ「見かけん奴だな……おい! そこのお前。どこの部隊の者だ」
程普「ふぉるふぉる?」
「!!」
張コウ「ははっ! 噂の黄蓋殿か。失礼した。俺は張コウだ。こっちは張遼殿、よろしくな」
程普「ふぉるふぉる」
黄蓋に間違われた程普は笑顔で返事をした。
張遼「張遼だ」
程普「ふぉる」
張遼「言葉の意味は通じている様だ」
張コウ「黄蓋殿、引き留めて悪かったな」
程普「ふぉるふぉる」
程普は別れの挨拶をして去っていく。
張遼「……」
張遼は程普の後ろ姿を見る。
于禁「黄蓋殿。沁みますよ」
天幕にて黄蓋は治療を受けていた。
黄蓋「!!」
黄蓋は痛みにうめき声を出す。
徐晃「こんなになるまで拷問するなんて……周瑜は血も涙もない奴だな」
黄蓋の背中は鞭で打たれ血が滲む。
黄蓋「ふぉるーふぉるー」
痛みを耐える黄蓋は大きく深呼吸をした。
于禁「大丈夫ですか? 手当は一度止めましょうか」
黄蓋「ふぉる!」
徐晃「つっ続けて欲しいようね……」
于禁「凄い我慢強さですね。私達が想像をする以上の痛みがある筈なのに」
徐晃「流石は孫家三代に仕えた武将だ」
黄蓋「ふぉうーふぉうー」
黄蓋のは肩で息をし顔を赤らめる。
于禁「なっ何だか……黄蓋殿が興奮している様に思うのは……私だけでしょうか……」
徐晃「たっ多分気のせいだ。激痛に耐えてるだけよ……」
于禁と徐晃は黄蓋の手当を続けた。
曹操軍兵士「あー眠い……曹操軍に盾突く奴なんていないのに守りなんて必要あるのかよ……」
兵糧庫を守る兵士はあくびをする。
韓当「ふぉるふぉる」
曹操軍兵士「あっ黄蓋殿。どうかなされましたか」
独特の口調は曹操軍内でも知らない者はいない。黄蓋と勘違いした韓当に兵は心を許す。
韓当「ふぉるふぉる?」
曹操軍兵士「えっ? ここは兵糧庫ですが……何か御用ですか?」
韓当「ふぉるふぉる!」
曹操軍兵士「ぐあ! 黄蓋殿……一体何を……」
韓当に不意打ちを食らい兵は倒れる。
韓当は松明を持って兵糧庫に入って行った。
黄蓋の投降を受け入れた夜、曹操軍は船を鎖で繋ぎ水上の要塞を完成させていた。
多くの兵が船上で休息をとっていた。
夏侯惇「そう……じゃあ、ホウ統でも駄目だったんだ」
曹操「うむ」
夏侯淵「呉を平定すれば大きな戦は無くなるだろう。それから探そうじゃないか孟徳」
曹操「そうだな」
曹操最も大きな船の中で夏候惇と夏侯淵の三人で話をしていた。
華佗「失礼、曹操殿。お薬の時間です」
曹操「もうそんな時間か……」
夏侯淵「孟徳、体は大丈夫か」
華佗「夏侯淵殿。この華佗がいる間は曹操殿は大丈夫です。こちらに当面の分の薬を置いて行きますね」
華佗は中華一番の医者と呼ばれる放浪の医者だが今は曹操の元に居た。
夏侯淵「当面の? 何処かに行くのですか?」
華佗「薬草を採りに……しばらく曹操軍から離れます」
曹操「そうか。頼む」
華佗「はい。では私はこれで」
華佗は一礼して去った。
夏侯惇「華佗がいてくれて良かったわ」
曹操「あの男、俺が報酬を取らせようとしても受け取らん」
夏侯淵「根っからの医者か」
曹操「金よりも乱世を終わらせてくれとのことだ」
夏候惇「随分と高く付いたわね孟徳」
曹操「ふふっ……まったくだ」
李典「曹操様! 我らの兵糧庫に火の手が上がっております!」
李典が駆け込んで来た。
夏侯惇「何ですって!」
李典「兵糧庫付近で黄蓋の目撃情報があります!」
曹操「徐晃と于禁は何をしている! 直ぐに呼んでこい!」
李典「はっ!」
夏侯惇「呉軍の計略しか考えられないわ!」
夏侯淵「間違いないだろう。黄蓋の投降は埋伏の種か」
李典「曹操様! 徐晃殿と于禁を連れて来ました」
徐晃「曹操様! 兵糧庫から火が出ております!」
曹操「知っておるわ! 黄蓋が火を放ったのだ! 徐晃、于禁! 何のための監視だ!」
于禁「そんな! 黄蓋とはずっと一緒におりました!」
曹操「一体どういうことだ! 黄蓋は何処にいる!」
徐晃「一緒に来ております」
黄蓋「ふぉるふぉる」
曹操「黄蓋! 兵糧庫の火事はお前の手によるものか!」
黄蓋「ふぉる?」
曹操「くっ!」
夏侯惇「孟徳! 今は黄蓋に構っている暇はないわ!」
曹操「全軍に呉軍襲来の備えをさせ兵糧庫の消火も急がせろ!」
夏侯淵「徐晃、于禁! 付いて来い!」
徐晃「分かったわ!」
于禁「しかし黄蓋が!」
徐晃「いいから来なって!」
徐晃は于禁の手を引っ張る。
曹操「黄蓋! お前が兵糧庫に火を付けたことは分かっている! 裏切りの代償はその命で償え!」
夏候惇「ここから逃げるなんて思わないでね?」
曹操と夏候惇は剣を抜く。
韓当「ふぉるーー!」
程普「ふぉるーー!」
韓当と程普が部屋に現れる。
曹操「な! 黄蓋が三人!」
夏侯惇「どうなってんの!」
黄蓋「ふぉるふぉる!」
黄蓋の掛け声と共に韓当と程普と黄蓋は逃げる。同じ容姿の三人に曹操達は油断した。
李典「あっ逃げた!」
夏侯惇「李典! 追いかけるのよ!」
夏候惇は李典と共に追いかけるも黄蓋達は河に飛び込んだ。元々泳ぎが得意とする為、夏候惇と李典は見失う。
曹操「おのれー! なんたる様だ!」
部屋で一人曹操は怒る。
兵糧庫の火は曹操軍の大船団に燃え移る。風が火の粉を巻き上げ燃え盛る炎は辺りを真紅に染めた。先ほどまでの夜空は星がはっきりと見えたが炎の明かりと煙は見える景色を一変させた。鎖で繋がれた船は自由が聞かず船団は動くことが出来ない。曹操軍は河に飛び込む者が続出した。大混乱の中、呉軍の急襲が始まり一方的な殺戮が始まった。曹操軍の武将達は船を繋ぐ鎖を外す指示を出す。それでも動ける船は僅かであった。
曹操「馬鹿な! 曹操軍100万の軍が……何と言うことだ! 賈ク! 策を出せ!」
賈ク「はっ! 現状曹操軍を立て直すことは不可能でございます! 呉軍の追撃を振り切る為に急ぎ撤退を!」
賈クは曹操に撤退を進言する。
賈ク「撤退するにあたり、江陵及び合肥の二拠点を防衛線としてくだされ! 主力部隊は一刻も早く中原の部隊と合流する事を勧めます」
曹操「よし! 江陵に徐晃、曹仁、于禁! 合肥に張遼、楽進、李典! 他の者は体制を立て直す為に都に戻る!」
賈ク「曹操様お願いがございます! 江陵に我が弟子の司馬懿を付けさせて下さい! 必ずやお役に立ちます」
曹操「司馬懿? あの面白い娘か。いいだろう」
賈ク「ありがとうございます!」
賈クは伝令を飛ばす。
曹操「全軍退却! 劉備! 孫権! 今回は俺の負けだ。見事なものだ! だが覚えていろよこれで終わったわけではないことをな!」
赤壁の戦いで大敗した曹操は敵陣に向けて叫ぶ。




