魏編 赤壁の戦い 上
赤壁の戦い 上
許昌周辺にて武装集団の駆逐に忙しく動く鄧艾達を他所に曹操は劉備の追撃戦である長坂の戦いを終え呉の攻略準備に移る曹操は大河を挟みその準備を進めていた。
荊州の襄陽の都で寛ぐ曹操の元にある贈り物が届けられていた。
曹操「勝利の余韻に浸っている時に……わざわざ生々しい首を眺めながら酒を飲まんとならんとはな」
目の前には二つの首が並べられていた。一つは袁尚、もう一つは袁キの首であった。
賈ク「公孫康は曹操様に二心を抱いていないことを伝える為のもの。まぁ、これはこれで袁紹の残党がいなくなったことは嬉しいことではありませんか」
徐晃「凄いわね……おじいちゃんの言った通りになったわ」
袁キの首を見て徐晃から感嘆の言葉が漏れる。
曹操「おじいちゃん? 徐晃。何か知っているのか?」
徐晃「はい。張コウの知り合いで田豊と言う者に会いました」
曹操「田豊だ……と……」
徐晃「とっても話やすいと言うか……いい人と言うか……」
曹操「徐晃……荊州攻略に遅参した言い訳ばかりで肝心なことを報告していないとはどういうことだ!」
曹操の言葉には怒りが込められていた。
徐晃「え!? 肝心なこととって……あのおじいちゃんのことでしょうか……」
徐晃は恐る恐る曹操に聞く。
曹操「そうだ! そのおじいちゃんのことだ! 直ぐに張コウを呼んでこい!」
徐晃「はっはい!」
徐晃は張コウを呼びに走った。
賈ク「驚きですな。まさか田豊の名が出てくるとは」
曹操「うむ。袁紹がもし田豊に耳を貸していたならば賈クに命を狙われる前に死んでいただろう」
賈ク「その言い方をされては……」
曹操「安心しろ根に持っているわけではない」
徐晃「曹操様! 張コウを連れて来ました!」
徐晃が張コウを連れて来る。
張コウ「曹操様。お呼びでしょうか」
曹操「徐晃より田豊と接触したことを聞いた。田豊の才はお前が一番よく知っている筈だ。何故、報告しかなかった」
張コウ「田豊様は高齢です。出来れば血生臭い曹操軍で過ごすよりも平穏な余生を過ごしていただきたいと思ったからです」
曹操「俺には人材が必要だ。そう……中華を一つにまとめ治める為だ」
張コウ「そこにどうしても田豊様は必要でしょうか……俺の完全な私情になりますが田豊様のことはどうか……」
張コウが頭を下げる。
曹操「田豊にそれほどの恩があるのか」
張コウ「田豊様がいなければ曹操様に仕えることはなかったと思います」
曹操「まったく。言い訳をしない男だなお前は……どこかの誰かとは違う」
曹操は徐晃を見る。
徐晃「え……私……?」
曹操「張コウ。お前のその実直さに免じて田豊のことは諦めよう。だがその分の戦果は期待している」
張コウ「お任せ下さい」
張コウは短く言った。
徐晃「でも袁家の威光がどうの言ってた割には死ぬのが早かったわねこいつ」
曹操「そうだ……この首は田豊のものによるものなのか?」
張コウ「はい。田豊様は袁キに二つの道を伝えました。一つは公孫康を頼る道。もう一つは劉備を頼る道です」
曹操「俺から言わせてもらえばどちも破滅の道だ」
張コウ「はい」
曹操「だが……田豊でさえ劉備に一目置くか……」
曹操は天井を眺める。
賈ク「曹操様。私には分かりません……劉備に天運あれどそれは曹操様にも宿っているものです。何故、それ程までに劉備を恐れるのでしょうか?」
曹操「恐れる?」
曹操は賈クを睨む。
賈ク「もっ申し訳ありません! 失言でした」
曹操「恐れてはおらん……だが俺の進む道にはいつもあの女がいる……それが目障りなだけだ」
徐晃「まるで蝿ね」
徐晃は今日も冴えている。
曹操「船の準備を急がせろ。呉を討ち乱世終止符の楔形を打ち込む」
曹操はそう言ってその場を去る。
徐晃「船の準備ね……もう大体は終わってるんでしょ?」
賈ク「ええ……問題は船員ですな。操舵は一朝一夕で身に付くものではありません。こればかりは日々の積み重ねでしか解決出来ません」
徐晃「ちょっと聞きたいんだけどさ。もっと違う所から攻めればいいじゃない。陸路を通るのも河を渡るのもあんまり変わらないでしょ?」
賈ク「曹操様はなにも戦いだけが勝利の方法だとは思っておりません。圧倒的な軍事力を見せ呉に降伏させることが最善だと考えております」
徐晃「ふーん。だったら水上戦の訓練なんていらないじゃない」
張コウ「分からないのか徐晃?」
徐晃「なに? あんたは分かるの張コウ」
張コウ「もし呉が徹底抗戦の構えであるなら何が何でも武力行使するしかない。仮に訓練不足で静観するようであれば曹操軍は見かけ倒しと笑われることになるからだ」
賈ク「そういうことですな」
徐晃「色々考えることがあって面倒ね」
賈ク「さぁ。徐晃殿も張コウ殿も水上戦の訓練に参加して下さい」
賈クの言葉に徐晃と張コウは訓練に向かった。
賈ク「しかし、荊州とは豊かな場所だ。百万近くの兵を食べさせるのに苦労するかと思ったが劉表め……かなりの備蓄を持っていた。病に犯される前は覇権を志していたのかもしれんな」
賈クは荊州の食糧庫の多くを曹操軍の兵糧に充てた。そのおかげで訓練にも余裕があり曹操の領地内から食料の補給をする手間が省けた。
司馬懿「お師匠様。よろしいでしょうか」
司馬懿が賈クの元に訪れる。
賈ク「司馬懿よ。どうした?」
司馬懿「鄧艾と鍾会から報告書が届いております」
賈ク「武装集団の件だな」
司馬懿は賈クに報告書を渡した。
賈ク「どれどれ……ほう無事に拠点を潰したか……何だ……李儒、李カクだと……」
司馬懿「李儒に李カク? 何と書いてあるのですか?」
賈ク「武装集団の頭は李儒と李カクだったそうだ」
司馬懿「忘れ去られてもおかしくない名前です。鄧艾も鍾会も歴史の汚物処理に貢献したことを褒めてやらねばなりませんね」
賈ク「汚物処理どころかこれは大変な功績だ。曹操様もお喜びになるだろう」
司馬懿「!」
曹操が喜ぶ。この言葉が司馬懿を動揺させた。
賈ク「新時代に向けて忌まわしき者共が現世に留まっていては叶わぬからな」
司馬懿「おっ……お師匠様……それはどれほどの功績……いや、どうすれば鄧艾と鍾会以上の功績を残せるでしょうか……」
賈ク「まったく……お前は鄧艾と鍾会。そしてカク昭を何だと思っておる。可愛い後輩だろう」
司馬懿「いくら可愛くても先輩である私を差し置いていく様なことになれば可愛くもなくなります! そもそも、あの三人にお師匠様は甘すぎます!」
賈ク「甘くするのは仕方があるまい。私の弟子の中ではお前が最も才能豊であるのだから。他の者達にはしっかり指導してやらねば」
司馬懿「私が一番なのは当然です! 私は後輩に後れをとることは絶対にありませんし! あってはならないことです!」
賈ク「ふむ……鍾会とカク昭に関しては司馬懿に及ばないかもしれんな」
司馬懿「鄧艾だって同じことです!」
賈ク「司馬懿。お前は軍師でありながら術士だ。鍾会もカク昭も」
司馬懿「ええ。それがどううかしましたか?」
賈ク「なぜ鄧艾だけが術を使えないと思う?」
司馬懿「ほほほほ! 知れた事です! 才能がないからに決まってるではありませんか!!」
賈ク「いいや。私がそういう風に育てからだ」
司馬懿「え……どういうことです?」
賈ク「前線で指揮を執り臨機応変に行動し敵の参謀を裏をかく。まぁ言うなれば対軍師に特化された訓練を積んだ者。それが鄧艾だ」
司馬懿「どっどうしてそんなことしたのですか!」
賈ク「興味本位だ。正を作れば相反するものを作りたくなるだろう」
司馬懿「では……もし私と鄧艾が戦えば……」
賈ク「その首は鄧艾によって斬り落とされるだろうな。常に司馬懿、お前を敵と想定させて訓練させてきた」
司馬懿「なっなんてことを……教えているのですかお師匠様!」
賈ク「お前の可愛い後輩は敵に回すと恐ろしいぞ司馬懿。はははは!」
賈クは笑いながらその場を去った。
司馬懿「鄧艾……だけは……すっ少しだけ優しくしてあげようかしら……ね」
鄧艾だけは敵に回してはならないと思う司馬懿であった。
工房では謹慎の解けた李典と楽進が久しぶりの再会を果たしていた。
楽進「李典。謹慎大変だったみたいだな。お疲れさん」
李典「お疲れって程、疲れていない。直ぐに解けたし、いい休養を取れた」
楽進「ほう。曹仁の愚将ぶりも二周まわれば功を奏すか」
李典「今回ばかりは三周はいったな。そのおかげで……ほら、ちょっと図面を描いてみた」
李典は楽進に設計図を見せる。
楽進「これは……船……軍船か?」
李典「ああ。呉攻めには間に合わないがどうだ? 中々いけてるだろ?」
楽進「ふむ……双胴船か……これなら安定してるし物資の輸送に限らず戦場では水上の砦になるな」
李典「漕ぎ手に三百人は必要だが攻守に優れた闘船だ。呉攻めが終われば曹操様にお願いして一緒に作らないか?」
楽進「いいねいいね! 李典! 俺たちは一足先に戦争から足を洗って大好きな建造の日々を送るってか!」
李典「呉を降せば俺と楽進が抜けたって問題ないだろう。後は戦うことしか能のない連中に任せればいい」
楽進と李典は曹操軍きっての工作、建造技術の才があり共通の趣味から二人の絆は強いものとなっていた。
許チョ「楽進……李典……許チョも……手伝うか……船……」
李典「許チョ。いつの間にいたんだ?」
いつの間にか許チョが後ろに立っていた。
楽進「えらく久しぶりに会う気がするな」
許チョ「船……手伝うか?」
李典「どうしたんだ? 建造工作が好きだなんて知らなかったぞ」
許チョ「許チョは……戦いがなくなったら……居場所が……」
楽進「ははははは! そんなこと心配してんのかよ。許チョには許チョにしか出来ないことがあるだろう」
許チョ「でも……仕事が……仕事がないとお米が食べられない」
楽進「もしも! もしもなかったら一緒に船を作ろうぜ!」
許チョ「いいのか……楽進」
楽進「もちろんだ! なっ李典!」
李典「力仕事は山ほどある。断る理由なんてないさ」
許チョ「そうか……よかった……」
夏候惇「駄目よ」
夏候惇が現れる。
許チョ「夏候惇……」
夏候惇「楽進、李典。許チョを孟徳に仕事を与えないと思う?」
楽進「いや。だからもしもって……話で……」
李典「そうそう……」
夏候惇「もしもの話でも駄目。許チョが本気にしたらどうするのよ」
李典「それは……それで……ありかな?」
楽進「まぁ……そうだよな」
夏候惇「壊されるわよ……」
夏候惇は楽進と李典にだけ聞こえるようにぼそっと言った。
楽進「その考えは……」
李典「なかったな……」
許チョ「夏候惇」
夏候惇「なぁに? 許チョ?」
夏候惇は許チョに可愛い声で返事をする。
許チョ「夏候惇はぶよぶよだな」
「!!」
楽進、李典は固まる。夏候惇にいたっては笑顔の顔がひくついている。
許チョ「そして許チョもぶよぶよ」
夏候惇「ねぇ許チョ。ぶよぶよの意味は知ってる?」
夏候惇は優しく語りかける。
許チョ「知ってる……美しい人のこと……」
夏候惇「そうね。その通り。でもね、その言葉は人に使っては駄目よ?」
許チョ「そうなのか? 夏候惇はぶよぶよで綺麗なのに?」
夏候惇「あまり使ってはいけない言葉なのよ? ね? 約束」
許チョ「分かった……ぶよぶよは言わない」
夏候惇「うん。いい子ね。ところで……その言葉は誰に教えてもらったの?」
許チョ「鍾会」
楽進「鍾会かよ……口の悪いところあるもんな……」
李典「知ってるのか?」
楽進「賈クの弟子の一人だ」
夏候惇「ふーん……鍾会ね……会うのがとても……とても楽しみだわ……」
夏候惇の言葉はどこか冷たい。
夏候惇「許チョ。ご飯の支度が出来るから一緒に行こうか」
許チョ「うん」
夏候惇と許チョはその場を離れた。
李典「鍾会……終わったな……」
楽進「ああ……惇姉……怒ってたよな……」
楽進と李典は鍾会の行く末を心配した。




