魏編 邪教崇拝 下
魏編 邪教崇拝 下
浅瀬に到着した鄧艾達は上流に向かって歩いた。浅瀬は狭く兵全員が留まるほどの場所がなかったからだ。河の上流に向かう鄧艾達は不思議な場所に出る。街道から大きく離れた場所は徐々に大きな岩が増え陸路から閉ざされた水路になっていた。
鄧艾「不思議な場所だ。こんなところがあるなんて……」
鍾会「それも水の上を歩いているみたいなことの方が不思議よ」
鄧艾「ええ……この地形の方が不思議だよ」
鍾会「感性の貧相な鄧艾には分からないか……」
鍾会は鄧艾の先に進んだ。
許チョ「鄧艾……あそこ……」
鄧艾「あれは……砦? こんな場所に……」
許チョの指さす方向に岩山を利用した砦を発見した。
鍾会「あそこが本拠地ってわけね。一気に片付けやるわ」
鄧艾「……」
鍾会「どうしたの?」
鄧艾「こんな場所に砦を作る連中だ。中々、知恵の働く奴がいると思った方がいい」
鍾会「それもそうね。となると……退路のないこの砦には近くにもう一つの抜け道がある……」
鄧艾「ああ」
許チョ「許チョは正面から行くから……」
鄧艾「分かりました。では俺と鍾会の二人で抜け道を探しそこから突入します」
許チョ「うん」
そう行って許チョは兵を率い砦の正面に向かっていった。
鍾会「じゃあ。私達も……」
鄧艾「ちょっと様子を見よう」
鍾会「どうして?」
鄧艾「直ぐに抜け道が分かるから」
鍾会「ああ。そういうことね」
許チョが砦に入っていく。その光景を鄧艾と鍾会は眺める。しばらくして砦から敵と遭遇したであろう声が聞こえた。
鍾会「始まったわね。そろそろかしら」
鄧艾「ああ。来たようだ」
右手から武装集団が砦に向かっている。抜け道を通り砦に入った許チョを挟み討ちするようだ。
鄧艾「抜け道は右か」
鍾会「ええ。行きましょうか」
鄧艾と鍾会は敵の援軍を迎撃する為、兵を率い突撃する。敵の増援を駆逐する頃、砦前は赤く染まりその血が河に流れ込み河は綺麗な青から紫色に変わった。
その後、増援の足跡を辿り抜け道を発見し鄧艾達は砦内に入る。
鄧艾「いやぁ……この造り芸術だな」
鍾会「何、変なとこで関心してるのよ」
鄧艾「だってさ。この砦は天然の岩地に作ってあるんだ。よくもまぁここまで作ったと思ってさ」
鍾会「あんた。緊張感無さすぎ」
鄧艾「緊張に押しつぶれないようにしてるだけさ」
鍾会「その陽気な態度が? そうね……昔からそういうところあったわね」
砦内の岩壁に挟まれた通路を鄧艾達は更に奥に進む。
通路の先には広い空間が広がり武装集団が待ち構えていた。
鄧艾「親玉のいる場所に到着って所かな」
鍾会「敵は……多いわね……ちょっと不利かな……」
鍾会は即座に味方の兵と敵の兵の数を比べた。
鄧艾「あれは……」
鄧艾の視線の先には手足を切断された全身包帯の男をが座っていた。
鍾会「何……あいつ。あんなのが親玉?」
鄧艾「いいや……違う。親玉はその隣の男だ」
玉座の横に立つ背の高い老人を鄧艾は睨む。
老人「よくこの場所が分かったものだ……」
老人は弱い声で口を開いた。
鄧艾「曹操軍の物資略奪の罪でお前達を捕らえる! 逃げ場はない! 投降しろ!」
鄧艾の声が響き渡る。
老人「略奪? 曹操が私達から先に奪ったのだ……私達はただそれを取り返したいだけのこと……それを罪だと言うのは己の力を過信した愚か者の戯言よ」
鍾会「鄧艾。賊には賊の道理があるのよ? まともに相手なんかしちゃ駄目よ」
老人「私達が賊だと娘よ? 世間を知らぬ小娘が言いよるわ」
鄧艾「鍾会は小娘なんかじゃない! 立派な成人した女だ!」
鍾会「……」
鄧艾の言葉に鍾会はどう捉えていいか分からなかった。
その時、鄧艾達とは別の通路から許チョが現れた。
許チョ「鄧艾……鍾会……早いな……」
鍾会「許チョ殿。私達も先程、着いたばかりです」
許チョ「そうか」
鄧艾「投降の意思が見られないようだがこの場で一戦交えるつもりならさっさと始めよう」
鄧艾は老人を睨む。
老人「功に焦る若者よ……死に急ぐ出ない。お前達は私に出会ったことは悪いことではない。共に歩む道が残されている」
鄧艾「申し訳ないんだが陽の影で暮らす者に仕えるほど落ちぶれてはいない」
老人「ふふふふふ。ならば……」
許チョ「あっ……お前は……」
老人が喋るのを遮り許チョが言葉を発する。
老人「ほう。私のことを知っておるか……」
鄧艾「許チョ殿はあいつが何者なのか知っているのですか!?」
許チョ「うん……董卓の近く居た……」
鍾会「董卓!?」
董卓の名が出たことに鍾会は驚く。
老人「私の名を聞けば絶望を味わうことになろう……世を混沌に導いた私の名を知ればな」
許チョ「確か……えっと…ええっと……」
老人「ふふふふふ……」
老人は不敵に笑う。
許チョ「たしか……『ぷちゃ』」
老人「李儒だ! このたわけが! 誰が『ぷちゃ』だ!」
許チョ「そうか……李儒か……おしかった……」
李儒「一文字も合っておらんではないか! どこも惜しくもないわ!」
李儒は激高する。
鍾会「李儒って董卓に仕えていた軍師じゃない」
鄧艾「ああ。残虐無比な政策で帝をないがしろにし私腹を肥やしていた男だ」
李儒「この私の名を知りながらも堂々たる態度。中々の肝っ玉よ」
鄧艾「ははっ。あんたより非道な軍師を知っているものでな」
鍾会「ほんと。あんたはただの弱い者いじめみたいなものでしょ? 話にならないわ」
李儒「私よりも残虐な軍師だと……誰だそれは!」
鍾会「お師匠様よ。名は賈ク」
李儒「賈ク? 曹操に敗れた男に私が劣るとでも思っているのか」
鄧艾「劣るさ。隠れながら細々と悪事を働く小者にお師匠様に勝てる要素はない」
李儒「ゆるせん……お前達を捕え曹操との交渉材料にしようと思ったが。ここで始末してくれるわ!」
李儒は叫ぶ。
李儒「お前達! この愚か者達を好きにして構わん! 凌辱と拷問の末! 死に至らせよ!」
李儒は武装集団に号令をかける。武装集団は歓声を上げ多くが許チョの方に向って行く。
許チョは武装集団による凌辱の対象となり狙われる。
鄧艾「はははは! 号令の掛け方が間違っていたようだな! 鍾会! 今が絶好の機だ! 二人で李儒を……あれ? 鍾会?」
鄧艾は後ろにいた鍾会に声を掛けたつもりだが鍾会がいない。鍾会は全力疾走で許チョの方に向かって走っていた。
鄧艾「ええ……何でそっちに……」
李儒「ははははは! お前は相棒に愛想をつかれたようだな!」
鄧艾「むっ……」
鄧艾は李儒の言葉に腹が立った。
鍾会「許チョ殿!」
鍾会が許チョの元にたどり着いた。
許チョ「鍾会……鄧艾はいいのか? 許チョは一人で大丈夫……」
鍾会「許チョ殿! そう言った問題ではありません! この者達全員が私達二人に凌辱の限りを尽くそうとしています! 下賤の者が触れてはいけない身体だと教えてやりましょう!」
許チョ「分かった……」
鍾会の意味を許チョは理解していない。とりあえず返事をした。
武装集団「何だこいつ! お前はお呼びじゃねーんだよ!」
武装集団は凌辱の対象外の鍾会に向かって吠えた。
鍾会「はん! 照れ臭いのね! 本音はどうなのかしら!」
武装集団「本音に決まってるだろうがぁああ!」
武装集団が鍾会に斬りかかるが『パン』と音が鳴る。許チョが大錘で武装集団に振り抜いた。初めて聞く音と共に武装集団の頭が吹き飛ぶ。脳が空を舞った。
許チョ「鍾会……許チョが前に行くから」
鍾会「はっはい!」
許チョは先陣を切って武装集団を叩き潰し鍾会も兵を率い許チョに続いた。
鄧艾「あっちはあれでいいか」
李儒「お前一人で私に勝てると思っているのか」
鄧艾「当然だ」
鄧艾は兵達を率い李儒に向かって行く。李儒の周りの武装集団がそれを阻もうと襲い掛かった。
砦内は大混戦となり敵味方に多くの血が流れた。徐々に敵味方の数が減っていく。鄧艾は武装集団を斬り前に進むが李儒の目の前に到着する頃かなりの疲労で息が上がる。
李儒「はははは! それで終わりか!」
鄧艾「終わり……そうかもな……俺はここで終わりかも知れない。俺はな……」
李儒「ようやく観念したか……」
李儒が勝利を確信した時、敵の多くを打倒しながら進んだ許チョが李儒の背後に現れ李儒の足を大錘で叩き付けた。
李儒「ぐぁ!」
足をへし折られ李儒は床で転がる。
鄧艾「言ったろ? 俺の番は終わりだって」
老人「おのれ……私の野望が……こんな所で!」
鄧艾「時代は変わっていく。お前は余生を進む道を誤った」
李儒「我等の巫女を奪った曹操の手下如きに! 生き方をどうこう言われる筋合いはない!」
鄧艾「巫女? ははっ! 女を奪われたのか? ならその女は曹操様の下に敷かれ
ているさ」
李儒「小僧ぉおおおおお! 不老不死の秘密を握る巫女をその様な……!」
老人が顔上げ激高し叫ぶ。
その瞬間を鄧艾は首を刎ねようとしたが武装集団の一団が鄧艾と許チョに襲いかかる。
李儒はその隙に逃がされた。
大将が逃亡したことにより武装集団の士気が下がったのか鍾会と兵達によって一気に洞窟内は占拠された。
鍾会「鄧艾! やったわね!」
鄧艾「ああ……だが李儒に逃げられた」
許チョ「鄧艾。終わったのか」
鄧艾「はい。許チョ殿の活躍のおかげです」
許チョ「そうでもない。鄧艾と鍾会がいなければここまでたどり着けなかった」
鄧艾「ですか許チョ殿がいなければここを制圧することは出来ませんでした」
許チョ「ふふっ……任務を終えた……許チョは戻る」
許チョはそう言って兵を率い砦を出た。
砦内は鄧艾と鍾会の二人だけになった……いや、もう一人。四伎のない包帯の男の三人となった。
鄧艾「鍾会。許チョ殿と一緒に行かなくてもいいのかい?」
鍾会「それはあなたもでしょ?」
鄧艾「それもそうか……じゃあ二人で行こうか」
鄧艾と鍾会は四伎のない包帯の男の元に向かった。男から聞こえるのは呼吸する音だけ。目は見開いているが瞼が切り取られ目が乾ききって白濁している。よく見ると鼻も削ぎ落とされていた。
鍾会「随分と酷いわね。李儒に?」
鄧艾「いや……この極刑は『永冬』聴力だけを残す大罪人に施されるものだ」
鍾会「これがあの『永冬』……中華の二大魔王の一人、夏王『桀』が生み出した、その生に永遠の春を奪うという極刑……」
鍾会は包帯の男を眺める。
鍾会「よく知ってるわね」
鄧艾「この極刑を受けた者を知ってるからね」
鍾会「え……じゃあ。この男が誰か分かるの?」
鄧艾「この男は李カクだ」
鍾会「李カクですって!! 董卓亡き後、献帝を囲い……政権を牛耳って数十万の民を飢え死にさせた暴政の李カク……確か一族郎党皆殺しにされたはずじゃ」
鄧艾「李カクだけは死ぬことさえ許されなかったのさ」
鍾会「でも! それだけでこいつが李カク だなんて!」
鄧艾「そこに剣があるだろう。それが何か分かるかい?」
鍾会「随分と豪華な……剣に北斗七星……七星剣!?」
鄧艾「董卓が李カクに与えたそうだ」
鍾会「李カク……大悪党の末路がこれか……ざまあないわね」
鄧艾「李儒は董卓政権後に行方が分からなくなっている……生きていたことに驚きだ」
鍾会「信じられないことばかりよね……でも、現実なのよね……」
鄧艾「李儒は不老不死の秘密を知る巫女と言った。それが一体何か分からないが異形を神の使いと信仰する文化は遥か昔にあったのは事実だ。もしかしたら李カクを一つの象徴としようとしていたのかも知れない」
鍾会「頭がおかしいわね……こんな男を象徴だなんて。で? どうするの?」
鄧艾「こうする」
鄧艾は松明で李カクを燃やす。
李カク「はがぁ! はぁああああ!」
李カクは苦しむ。
鍾会「せっかく生かしているのにわざわざ殺すの?」
鄧艾「こいつは過去の生き物だ。今の時代に居場所はない」
鍾会「李儒みたいな奴がまた現れるとも限らないしね……邪教なんて世に広めるわけにはいかないもの」
鄧艾「さぁ。戻ろうか」
鄧艾と鍾会は砦を出た。
曹操軍兵士「鄧艾様。お待ちしておりました」
鄧艾「どうした。何かあったか?」
曹操軍兵士「武装集団の生き残りから他にも拠点があることが分かりました」
鄧艾「そうか。本体は叩いてもその手足はまだ残っているか。場所は聞き出せたか?」
曹操軍兵士「はい」
鄧艾「なら後で聞かせてくれ」
曹操軍兵士「分かりました」
鄧艾達は元の場所に戻り浅瀬を泳ぎ岸にたどり着いた。だがそこには許チョと許チョの率いた兵の姿はなかった。
鍾会「あら。許チョ殿はどうしたのかしら?」
曹操軍兵士「先程、曹操様の伝令が届きまして呉との戦いが始まる為に荊州に向かわれました」
鍾会「そう……別れの挨拶もしたかったのに……」
鄧艾「また会えるさ。それよりも今回の件をお師匠様に報告しよう」
鍾会「そうね。私達はこのまま武装集団の残党を殲滅する旨も伝えなきゃ」
鄧艾「ああ……ん? あそこの兵達はどうしたんだ?」
鍾会「何?」
鄧艾が目を向ける先に鍾会が顔向けると兵達がうずくまって鼻を押さえている。
鄧艾「どうしたんだ。お前達……おい大丈夫か? 鼻血が出ているぞ?」
鍾会「さっきの戦闘で負傷したの?」
曹操軍兵士「いえ……河を渡られた許チョ様が……水を絞ると言って服を……」
「……」
鄧艾と鍾会はお互い別の思いを抱きながら言葉を無くす。
鄧艾「そっそうか……で……大丈夫か?」
曹操軍兵士「はい……もう死んでもいいと思いました」
鍾会「あなたにお願いがあるの直ぐに賈ク様に報告書を書くからそれを届けてもらえないかしら」
鍾会は笑顔で言った。
曹操軍兵士「分かりました」
こうして鍾会は賈クへの報告書を書き兵に渡した。
鄧艾「何も言わないんだな」
鍾会「何が?」
鄧艾「いや……さっきの兵にさ」
鍾会「言わないわよ。もうすぐ死ぬかも知れないんだし」
鄧艾「どういう意味……なの?」
鍾会「報告書の最後にその兵を決死隊に入れてくれとお願いしておいたのよ。死んでもいいって言ってたじゃない」
鍾会は鄧艾に微笑む。
鄧艾「……」
本当に余計な一言を言わなくて良かったと思う鄧艾であった。
激動の一日が終えるも鄧艾達は武装集団殲滅の日々を送ることになった。




