魏編 魚の骨
魏編 魚の骨
鄧艾達は楽進と合流し見事奪われた物質を取り戻すことに成功した。帰り道は初めての実戦と曹操に会えることに喜びあった。
鄧艾「お師匠様。只今、任務を終え帰還致しました」
賈ク「おお。待ち侘びたぞお前達!」
賈クは鄧艾、鍾会、カク昭を笑顔で迎えた。
鍾会「お師匠様。まず物資ですが……」
賈ク「いや。ここはまず楽進殿の安否を聞こう」
賈クは自分に協力してくれた楽進を物資を奪われたことよりも心配していた。
鍾会「分かりました。楽進殿は無事です。物資の輸送を先導している為、帰還にはもう少し時間がかかるかと」
賈ク「そうか……無事で良かった……」
カク昭「お師匠様。楽進さんに僕、凄くよくしてくれたんだ!」
賈ク「それは良かったなカク昭。楽進殿は武こそ曹操軍の中では見劣りするものの良将中の良将……実直な働きは軍師の宝だ」
鄧艾「それは俺も感じました。今回の任務は本当に実のあるものですた」
賈ク「うむ。机上の上では学べないことは多い。これからも皆精進しなさい」
「はい!」
三人は元気に返事をした。
カク昭「ところで奪われた物資って結局何だったの? お師匠様」
賈ク「私が手塩に育てたカマキリの卵だ」
「カマキリの卵!?」
金銀財宝を想像していた三人は驚く。
鄧艾「カマキリの卵にどれほどの価値があるのですか検討つきません!」
鄧艾は声を大きくした。
賈ク「数年前から各地で蝗害が後を絶たない」
鍾会「蝗害……全ての作物を食い尽くす飛蝗の群れ……」
賈ク「そう。水害、疫病、凶作……そして蝗害。人が生きていく中で一括りに天災と呼ばれるものだ。水害は治水。疫病は薬。凶作は食糧の保存などで対処出来る。だが蝗害には人は無力だ」
鄧艾「ではこのカマキリの卵がその蝗害を防ぐことが出来ると?」
賈ク「それは分からない。蝗害が発生した時の飛蝗の数は数百億と言われている。そんな飛蝗に人がどうにか出来るものではない。だが蝗害が発生した地域にこのカマキリの卵を孵化させれば効果を得られるかも知れない。蝗害に対処出来る有効な方法であればそれは金などよりも遥かに価値のあるものだ」
鍾会「飛蝗の天敵なら鳥もそうですよね?」
賈ク「カマキリは一つの卵から数百匹が孵化する。今回取り戻してくれた卵は千を超える。数万のカマキリ達が蝗害をどの程度、抑制してくれるかはこれから分かることだ」
カク昭「幾ら鳥も天敵だからと言ってもその数を孵化させるのは現実的じゃないか……鳥の生む卵の数はしれてるから……」
賈ク「無謀とも言える考えは決して無駄にはならない。何故なら結果が分かるからだ。大事なことは一つ一つ実践して結果を残し更なる一歩の為である。お前達、何故、水は沸騰する?」
鄧艾「それは水は加熱すると蒸気になるからです」
賈ク「それは誰が知っている?」
鍾会「え……誰もが知っていることだと思います」
賈ク「その通り誰もが知っていることだ。だが迷信として水には感情があると信じられていた時代もあったのだ。熱せられると怒り冷たくすると悲しくなると凍る」
カク昭「そんなの変だ! ただ単にそれが水の性質なだけなのに!」
賈ク「そう。だがその性質は誰かが実験をし定めたものだ。我々は生きていく中で誰かの出した答えの中で生きている。そして今を生きる私達はその先駆者とならねばならん」
賈クの言葉に耳を傾ける三人。
賈ク「最後に……何故、水は沸騰する? 何故、凍る? その原理は分かるか?」
鄧艾「それは……何故なんだ……何故、凍ったりするんだろ……そういった性質を持つというだけで、そこから先の説明が付かない……」
鍾会「お師匠様は知っているんですか?」
賈ク「いや。分からない。我々が死んだ先、未来の人にその原理と仕組みを解き明かしてもらうしかあるまい」
賈クは寂しそうに答えた。
鄧艾「お師匠様。曹操様へのお目通りの約束は覚えておりますか?」
賈ク「当然だ。曹操様は荊州に向かわれる。私も急遽同行しなければならん」
カク昭「じゃあ! 僕達も一緒に!?」
賈ク「残念だが私だけだ。お前達にはカマキリの卵を徐州に間配ってもらわねば」
鍾会「そんな! 話が違うではないですか!」
賈ク「荊州を平定すれば直ぐに呉へ進行するだろう。呉が曹操様のものとなれば戻ってくる」
鄧艾「えぇ……それでは中華の平定が決まったも同然ではありませんか」
賈ク「益州の劉璋。涼州の馬超。漢中の張魯。まだまだ戦う相手など沢山おる」
カク昭「本当にそれだけですか? お師匠様」
賈ク「ふむ……実は留守を頼みたい。主力がほぼ南下する中、あまりにも不用心だ」
鄧艾「だってさ」
鄧艾は鍾会とカク昭の向けて言った。
カク昭「はぁ……仕方がないか」
鍾会「得体の知れない武装集団のこともあるしね」
賈ク「うむ。その者達が何をするか分からん。お前達はその件を任せる」
鄧艾「任せる? では……」
賈ク「好きに兵を動かしても構わん」
カク昭「やったぁああ! それなら退屈しなくてよさそうだ!」
鄧艾「カク昭。その気持ち分かるぞ」
鍾会「これで武装集団を壊滅させてから曹操様にお目通り出来れば……」
賈ク「うむ。曹操軍の立派な武将となるだろう。さぁ。今日はもう休むといい」
三人は賈クに挨拶をし宿舎に向かった。鄧艾達が宿舎に戻り数時間が経過した。
賈クはずっと楽進の到着を待っていた。
楽進「賈ク殿。今、戻った」
楽進が賈クに報告に現れた。
賈ク「楽進殿。よくぞ無事に帰ってきてくれました」
楽進「ああ。心配をかけた。正直、鄧艾達を送り出してくれて助かった」
賈ク「はい。私が手塩に育てた将来有望な者達です」
楽進「なるほどな。見所のある者達だ。きっと戦功を立て歴史に名を残すだろう」
賈ク「……」
楽進「どうした? 何かおかしなことを言ったかい?」
賈ク「私としてはあの三人を出来るだけ戦場に送り出してたくないのです。間もなく曹操様の覇業が成り平和な時代がやってくる。出来れば新しい時代で活躍して欲しい」
楽進「親心だねぇ。鄧艾達はそれを望んでいないのが難しいところでだな」
賈ク「ええ」
賈ク「今回の敵の素性も分からない連中のようで」
楽進「……」
賈ク「おや? 今度は私がおかしなことを言いましたか?」
楽進「賈ク殿。先に言っておくが武装集団は賊徒の類ではない。間違いなくどこかの軍に属していた者だ」
賈ク「なんですと!?」
楽進「鄧艾達がいなければ俺もここにいなかったかも知れん」
賈ク「それ程までの……少し気になりますな……」
司馬懿「お師匠様!!」
司馬懿が勢いよく扉を開ける。
賈ク「騒々しいな司馬懿」
司馬懿「鄧艾達に任務を与えながら私に一言もないとはどういうことですか!? しかもお師匠様は荊州に一人で向かおうとするなんて言語道断です!」
司馬懿は賈クを畳かける。
賈ク「鄧艾達から聞いたのか? それなら司馬懿も私と同行するといい」
司馬懿「ありがとうございます! さっき私に散々と自分達の活躍を誇らしげに語ってくれた可愛げのない後輩共に自慢してきます!」
そう言って司馬懿は勢いよく部屋を飛び出した。
楽進「あれも……弟子……なのか?」
賈ク「ええ……まぁ……司馬懿と申しまして……一応、私の一番弟子です」
楽進「弟子は戦場に出したくないのに連れて行くのか?」
賈ク「あれは別にいいかと……」
楽進「ああいうのが一番最後まで残るんだ。その感覚は間違いじゃないかもな」
賈ク「そうかも知れませんなぁ……」
楽進と賈クの間に何とも言えない空気が流れた。
曹操はこの時、荊州に向かう途中であった。楽進、賈クもまた荊州にこの後向かうことになる。
宿舎の厨房で作られる料理を許チョが眺める。
許チョ「これは……食べてもいいのか……?」
曹操軍兵士「許チョ様! これはどうかご勘弁下さい! これは任務を終えた鄧艾様達の分になります!」
宿舎の厨房に突如現れた許チョの登場に調理人は悲痛な叫び声で言った。許チョは曹操を守る親衛隊を率いる曹操軍一の豪将だ。青い髪にぽっちゃりとした体系。そして独特な喋り方は個性的であった。今まで何度も曹操の窮地を救いそして戦場では数多の敵を葬ってきた。
許チョ「鄧艾達……? それは誰だ……許チョは知らない……」
曹操軍兵士「賈ク様のお弟子のようで単独での任務を終えて戻られたのです」
許チョ「賈クの弟子……じゃあ悪い奴らだ……そいつ等のご飯は許チョが食べてもいい……」
曹操軍兵士「いやいやいや! 賈ク様のお弟子だからと言って決めつけるのはどうかと思います!」
許チョ「むっ……なら悪い奴なら許チョがこのご飯を食べてもいいか?」
曹操軍兵士「そっそれは……これならどうでしょうか? ご一緒に食されては? そうすれば何の気兼ねなく食べれると思います」
許チョ「そうか……じゃあそうする……」
曹操軍兵士「では用意致しますのでお待ち下さい」
料理人は取り敢えず食事を用意した既成事実さえ作ってしまえば咎められることはないと息をついた。
鄧艾達は自室にてぐったりしていた。
鄧艾「ああ……疲れた……司馬懿さん話が長すぎる……」
カク昭「ほんとだよ……しかも何でも正座しなきゃならないのさ。足の痺れがまだとれない……」
鍾会「途中で一回しばこうかと思ったわ……去り際の『曹操様に同行させてもらえないあなたと私は違うのよ!』の一言は本当に何言ってんだこいつって思ったわよ!」
鄧艾達は司馬懿の自慢話と皮肉を散々聞かされ精神的な疲れと足を痺れさせた。
「ご飯……持ってきた……」
扉の向こうから声が聞こえた。
カク昭「やっとか来たか……司馬懿さんのせいでお腹が空き過ぎてもう駄目かと思ったよ……」
カク昭が弱音を吐く。
鄧艾「まぁこれから食べれるんだ。もう忘れようじゃないか」
鄧艾は食事を取りに扉を開けた。そこには許チョが食事を入った箱を右手に。ご飯が入ったおひつを左手に持ち立っていた。
鄧艾「随分と可愛い料理人さんだね。ありがとう。料理を受け取るよ」
許チョ「……」
許チョは何も言わず部屋に入っていく。
鄧艾「おい。きみ……」
鄧艾が許チョを制しする。だが許チョは止まらない。
鍾会「どうしたの鄧艾?」
カク昭「その女の子は誰?」
鍾会とカク昭は異変に気づく。
鄧艾「食事を持って来てくれたことは感謝する。もう戻っていいんだよ」
許チョ「ここで一緒に食べる」
「は?」
三人の声が揃う。
鍾会「あなた。初対面よね? 私達と一緒に食べたいってどういうこと?」
カク昭「僕達は曹操様の軍師である賈ク様の高弟だよ?」
二人は威圧的に問いかける。
許チョ「知ってる……」
許チョはそう言って料理を箱から出し食事の準備をする。
鄧艾「鍾会よりも一回り大きいな……」
許チョの後ろ姿を見て鄧艾はこぼす。
鍾会「私より一回り大きい? どういう意味よ?」
鄧艾「いやっ! 何でもない! 忘れてくれ!」
カク昭「鄧艾……鍾会のお尻と比べたね」
カク昭が不敵な笑みで言った。
鄧艾「うっ!」
鍾会「鄧艾! あんなぶよぶよと私と比べるってどういうことよ! 大体あんたにお尻見せた覚えなんてないわよ!!」
鄧艾「確かに見たことないな! 失言だ! 謝るよ!」
鄧艾は焦る。
許チョ「ぶよぶよとは何だ……? 許チョには分からない……」
「へっ……許チョぉおおおおお!?」
三人驚き叫ぶ。
即座に三人は片膝を付き許チョの前に腰を落とす。
鄧艾「許チョ殿とは知らず申し訳ありません! 俺達は賈ク様の高弟、鄧艾! 鍾会! カク昭と申します!!」
許チョ「知ってる……それよりぶよぶよとは何だ……」
許チョの問いかけに三人の顔が青くなる。
鍾会「恐れながらぶよぶよとは美しい女性を表す言葉であります!」
鍾会が咄嗟に言い放った。
(何言ってんだ……そんなバレバレの嘘が通じると思ってるのかよ!)
鄧艾とカク昭は鍾会を見る。鍾会も言った後に自分の言い放った言い訳が余りにも馬鹿な言い訳だと後悔していた。
許チョ「そうか……許チョは美しいからぶよぶよか……ふふっ……ぶよぶよ……」
許チョは嬉しそうだ。
その光景に三人は何が起こったか分からなかった。
許チョ「お腹が空いただろう……一緒に食べよう」
鄧艾「いえ! 許チョ殿とご一緒に食事を食べるれる程の立場ではありません!」
許チョ「むっ……お前たちが食べなければ許チョも食べれない……」
「…………………………」
許チョの言葉にどう言っていいか分からず沈黙が流れる。
鍾会「鄧艾……ここは……」
鄧艾「ああ……」
沈黙に耐え切れず鍾会は鄧艾に合図を送った。
鄧艾「許チョ殿。分かりました。ご一緒に食事をとらさせていただきます」
許チョ「うむ……」
許チョはそう言って料理を並べる。
カク昭「許チョ殿! そういうことは僕達がやりますから!」
鍾会「どうか座ってお待ち下さい!」
三人は皿を並べ料理を出す。そしてご飯の入ったおひつの蓋を開けた。
「ん?」
三人の目に飛び込んできたのでおひつのご飯が半分しかなかったことだ。
三人は顔を見合わせるゆっくりと許チョを見る。
許チョ「どうした……許チョの顔に何かついているか……?」
よく見ると許チョの口元にご飯粒がついている。
鍾会「いえ……なんでもありません……」
三人は黙々と準備を終えた。
許チョ「食べよう……」
鄧艾「ええ……」
四人の食事には一切の言葉がない。正確には何を喋っていいか分からない。
そんな沈黙を破ったのは許チョであった。
許チョ「カク昭……お米はもっとよく噛んで飲み込め……」
カク昭「はっはい!」
突然の許チョの言葉にカク昭は驚く。
許チョ「お米は噛めば噛むほど甘くなる……」
カク昭「はい……」
許チョ「昔……曹操様は何度も兵糧不足に頭を悩めた……戦場では常にお米の量との戦いだ……相手を倒すだけでは……戦いには勝てない……」
「……」
三人は許チョの言葉に耳を傾ける。
許チョ「食べるものがあるというのは……幸せだな……」
鍾会「本当にそう思います」
鄧艾「もうすぐ曹操様が覇権をとり沢山食べれる時代がやってきますね」
許チョ「沢山か……それは嬉しいな……曹操様が許チョの約束を守ってくれる日はあと少しか……」
鄧艾「約束? どのような約束ですか……」
鍾会「ちょっと鄧艾……ちょっと軽率よ」
鄧艾「許チョ殿。出過ぎたことをお聞きしました。申し訳ありません」
鍾会に釘を刺され鄧艾は謝る。
許チョ「曹操様は許チョに……起きたら食べるものがある世界を……約束してくれた」
鄧艾「素敵な世界ですね……話してくれてありがとうございます」
許チョ「気にするな……」
カク昭「あれ……許チョ殿。さっきから魚には手を付けないのですね? お嫌いですか?」
カク昭は料理の一つ。魚に許チョが食べないことに気付いた。
許チョ「お魚は……好きだけど……骨があるから……」
鍾会「それなら私が骨を取り除きますね」
鍾会は魚の身と骨を分ける。
許チョ「お前達は……悪い奴らでは……ないな……」
許チョは嬉しそうだ。こうして会話の少ない食事は進みそれぞれの腹を満たした。
鄧艾「許チョ殿。片付けはやっておきますので」
許チョ「そうか……すまんな……」
許チョはそう言って部屋を出ようと扉の前に向かい立ち止まる。
カク昭「どうかされましたか?」
許チョ「お前達は……軍師か……」
鄧艾「はい」
許チョ「そうか……いつか共に戦場に立つ時が来れば……許チョに言うといい」
鍾会「なっ何をでしょうか……?」
許チョ「討ち取って欲しい者の名を……魚の骨を取ってくれた礼だ……必ず殺してやる……」
「!!」
許チョの突然の言葉に三人は驚く。
鄧艾「許チョ殿! 曹操様とのお約束を実現させる為! 我ら三人は如何なる苦労も問いません!」
三人は直立していた。
許チョ「おやすみ……」
許チョはそう言って部屋を出た。
カク昭「許チョ殿と聞いた時はどぎもを抜かれたけど……会えて良かった」
鍾会「ええ……少し変わってるけど……どんな戦い方をするのかしら」
鄧艾「魚の骨を取った礼にしては大きな見返りだが許チョ殿にとっては造作もないことなんだろうな」
こうして三人の驚きの食事会が幕を閉じた。




