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雷子  作者: 三幸
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呉編 呉の暗君

呉編 呉の暗君





 夷陵の戦いは双方に甚大な被害を出し終結した。陸遜はその被害の大きさに内陸の統治を断念し呉の首都である建業まで全軍を撤退させた。


 そう……江陵を捨てたのである。




孫権「于吉よ! そなたの言う通り、劉備軍を撃退できたな!」


 建業では夷陵の勝利を喜ぶ孫権と于吉の姿があった。


孫権「しかし曹操軍め! この機に裏切るとは! どこまでも卑劣な奴らよ!」


于吉「呉の将兵の働きは誠に素晴らしいものでございましたな」


孫権「于吉よ。これからどうすれば良いのだ?」


于吉「はい。次の大戦に備え、国力を高めるのが良いと思います」


孫権「そうか。ならばそうしよう」


于吉「一つ提案がございます」


孫権「うん? 何だ申しても見るがいい」


于吉「呉は大河での貿易に富み土地も豊かでございます」


孫権「全ては朕の為政によるものだからな」


于吉「誠に仰る通りでございます。そこで呉軍の財政負担を減らして更に百万の軍を抱えたいと考えます」


孫権「そんなことが出来るのか!」

 孫権から驚嘆の声が上がる。


于吉「はい。呉の大商人達に民兵を持つ権利を与えて下さい。さすれば呉の国金を使わずとも国そのものが多大な兵力を蓄えることが出来ます」


孫権「見事だ于吉よ! 直ぐに実行しよう!」


于吉「全ては孫権様の仁徳でございます。曹操軍が攻めてきても、孫権様を守る為に民兵は立ち上がるでしょう」


孫権「そうか……やはり朕の仁徳によるものか。これからの呉が楽しみだ」


于吉「はい」


孫権「では早速、その条例を実行させてくる」


 孫権は文官達の元に向かった。


于「ふむ……呉はこれで滅ぶと思うたが……陸遜か。思ったよりやりおるわ。まさか呂蒙の後釜にあれ程の者がおるとは……陸遜を消さねば面倒だな。しかし、この暗君であれば陸遜を消すのに刃はいらんのー。ふっふっふ」


 于吉は笑った。




 大河に沿って呉軍は対曹操軍けん制の為に布陣していた。


陸遜「何とか無事に曹操軍の攻撃が始まる前に帰って来られました」


徐盛「曹操軍の連中は攻めて来るかな」


陸遜「いえ。私達が戻ってきた以上は簡単には動かないでしょう」


周泰「陸遜。さっき聞いたんだが……甘寧は……」


陸遜「はい。甘寧さんは亡くなりました」


朱桓「甘寧さん……怖かったけど……ただそこにいるだけで安心出来る人だったのに……」


陸遜「甘寧さんを失いましたが結果として呉を守り切ることが出来ました」


徐盛「これからどうするんだ?」


陸遜「私は孫権様に会いに行きます」


周泰「孫権様に? 何かあるの?」


陸遜「呉は短期間であまりにも多くの将兵を失いました。国力を高めるにあたり、方向性を決めたいのです」


徐盛「そうか。俺達はどうすればいいんだ?」


陸遜「劉備軍からの侵攻はもう無いでしょう。警戒すべきは曹操軍です。大河を渡さないように防衛線を張って下さい」


徐盛「分かった」


呉軍兵士「報告します! 曹操軍大将・曹操が死去しました。その後、国号を魏と定めました!」


 陸遜達に突如、曹操の死が知らされた。


陸遜「曹操が死んだ?」


周泰「これは朗報だ! なっ皆!」


徐盛「そうか? 俺は曹操の首をこの手で獲りたかったがな」


朱桓「曹操軍は……いや、魏はこれから喪に服すのでしょうか」


陸遜「はい。これでやっと疲弊した将兵を休めることが出来る……」


徐盛「死んでいった皆からの贈り物かもしれないな」


陸遜「随分と不謹慎な贈り物ですが、今の状況から言えば最高の贈り物です」


朱桓「戦ってばかりだったからなー」


陸遜「では、孫権様の元に行って参ります」


周泰「気を付けてな」


陸遜「ありがとうございます」


 陸遜は孫権の元に馬を走らせた。







呉軍兵士「孫権様。陸遜様がお見えです」


孫権「陸遜が? そうだ! 朕の素晴らしい政策を聞かせてやろう。きっと陸遜も賛同するに違いない」


陸遜「孫権様。夷陵より只今戻りました」


孫権「良く無事に戻った陸遜」


陸遜「いえ、私の力及ばず韓当殿と甘寧さんを失くすことになり申し訳ございません」


孫権「うむ。惜しい武将であったが、お主達だけでも勝利し生きて帰って来た。朕はそれだけで満足だ」


陸遜「ありがとうございます孫権様。これから呉は国力を高めなければなりません」


孫権「勿論、朕も同じ意見だ」


陸遜「そこで私から幾つかの提案があるのですが……」


孫権「それなら朕はもう考えてある」


陸遜「えっ……」

 陸遜は嫌な予感がした。


孫権「驚くぞー陸遜」


 陸遜の表情とは正反対の自信ありげな表情の孫権である。


孫権「呉の大商人達に民兵を抱える権利を与え、呉の財を使わず軍の増強を図るのだ。どうだ凄いだろう」


陸遜「…………」

 陸遜は黙る。


孫権「どうした陸遜? 凄すぎて声が出んのか? 朕の考えがあまりに凄すぎたかのー」


陸遜「愚策です……」

 陸遜はぽつりと呟いた。


孫権「そうかそうか愚策か……何だと! 朕の政策を愚策とはどういうことだ! 陸遜!」

 賛同してくれると思った孫権は激高した。


陸遜「商人達に兵を持たせ呉の国を守らせる……その様なことが本当に可能だと思いますか……」

 陸遜は擦り切れそうな声で孫権に話す。


陸遜「軍とは……規律と国を愛する心から成り立つものです。商人達の抱える民兵など、自分達の財を守る為にしか働きません……」


孫権「おのれーー! 陸遜! それ以上、朕の策を批判すると許さんぞ!」


陸遜「孫権様! どうかお願いでございます! 目を覚まして下さい!」

 陸遜は悲痛な声で叫ぶ。


孫権「朕は元々目を覚ましておる!」


陸遜「理想と現実は違います! これでは呉の為に散った将兵が報われません!」


孫権「朕がいつ将兵を蔑にしたのだ!」


陸遜「その政策そのものがそうです!」


孫権「もう良い! 貴様を投獄する! 陸遜を捕えろ!」

 

呉軍兵士「はっ!」


 陸遜は捕縛された。


陸遜「お姉様……私では呉を守れません……許して下さい……」


 牢獄の中で一人陸遜は涙を流す日々を送ることになった。



 冷たい牢屋の中で陸遜は過ごす。




 その後、呉では大きな戦いはなく蜀は魏に滅ぼされた。




呉軍兵士「陸遜様。お食事の用意が出来ました」

  

 兵が陸遜に食事を持ってくる。


陸遜「ありがとうございます」


呉軍兵士「陸遜様が牢から出られる日を皆、待っております」


陸遜「……」


呉軍兵士「周泰様からお手紙を預かっております」


陸遜「周泰さんから……」


 陸遜は手紙に目を通す。


陸遜「蜀が魏に滅ぼされましたか……次の的は呉になりますね……」


呉軍兵士「みな同じことを言っております……」


陸遜「牢の中ではどうすることも出来ません……」


呉軍兵士「あまり長く話すと怪しまれるのでまた参りますので」


陸遜「ええ。あなたとの会話だけが私にとっての支えです」


 親切な兵は頭を下げその場を離れた。


 少しして足音が聞こえてくる。陸遜は兵が戻ってきたのかと思ったが残念ながら現れたのは孫輔であった。


孫輔「孫権の元を訪ねてみれば……逃がした兎が牢の中に閉じ込められているとはな」


陸遜「あなたは孫輔様……」


孫輔「ここから出たいか陸遜」


陸遜「タダとは……いかないのでしょうね」


孫輔「当然だ。ほんの少し……ほんの少しだけ身を任せてくれれば良いだけだ……」


 陸遜は嫌悪感を抱く。


陸遜「孫権様との交友関係から孫輔様にそれほどの力があるとは思えません」


孫輔「ちっ……」


陸遜「人として何たるかを一度、よく考えることをお勧めします」


孫輔「なら朱桓に的を変えるか……陸遜を助けてやると言えば……あの女なら……」


陸遜「止めなさい! 朱桓さんに手を出すことは許しません!!」


 陸遜は格子を掴む。


孫輔「はははは! 周瑜も呂蒙もいない! 私を止められる者などいるものか! どうする陸遜!? お前が私の相手をするのか!?」


陸遜「あなたみたいな……あなたみたいな人がいるなんて……信じられない!!」


孫輔「私は気が短い……お前にその意思がないと言うのならこのまま去らせてもらおう……もちろん向かうのは朱桓の所だがな……」


陸遜「ぐっ……分かりました……その代わりに約束です……朱桓さんのことは……」


孫輔「当然だ。約束は約束だ」


 孫輔は牢の鍵を開けようとした。


 ガン!

 突如、孫輔の頭が格子に叩き付けられた。


孫輔「ぐお!」


于吉「……」


 孫輔を叩き付けたのは于吉であった。


孫輔「貴様ぁあああ! この私に何の恨みがあってこの様な真似を!! 死刑にしてやる!!」


于吉「恨みなどない。余りにも心の醜い者の所業にお灸を据えねばなと思ってな」


孫輔「盲目爺が!」

 

 孫輔は剣を抜く。


于吉「子童子が……」


 于吉は孫輔の顔を掴み何度も壁に叩き付けた。悲鳴を上げる孫輔であったが途中から何も言わなる。絶命していた。


陸遜「あなたは一体……」


于吉「夷陵の戦いは見事であったな陸遜」


陸遜「私を助けてくれたのですか……」


于吉「そのようなつもりはない……お前は最後の仕上げなのだ。愚者が受ける相応しい結末のな」


 于吉はそれだけ言って姿を消した。



 孫輔の死は孫権に伝えられるも揉み消されることとなった。




そして蜀を滅ぼした魏軍が呉に迫り来る……



呉軍兵士「孫権様! 魏軍の大軍が攻めて来ております! 前線で徐盛様、周泰様は討ち死にし朱桓様が一人で戦っております!」


孫権「魏め……蜀を滅ぼせても呉を簡単に滅ぼせると思うなよ! 呉の大商人達への援軍要請は!」


呉軍兵士「はい……それが……」


孫権「どうしたのだ!」


呉軍兵士「兵を連れ魏に亡命しました……」


孫権「何だと! 一体どういうことだ! 朕の政策のおかげで力を蓄えることが出来たのではないか! その朕を裏切る気か!」


于吉「はっはっはっはっはっ! これは愉快だ! これ程の暗君は見たことがない!」

 于吉は大声で笑った。


孫権「于吉……何を申しておるのだ……朕は仁君だろう……」


于吉「孫権よ。まだ気付かんのか? 呉の呪いの正体を……」


孫権「呪い? 一体、何のことだ!」


于吉「貴様を操り、呉の地に住む者を滅ぼす。それが儂の目的じゃ」


孫権「何だと! では今まで朕を騙していたのか!」


于吉「周瑜、呂蒙はわしが殺したのよ! 暗君孫権よ! 貴様があまりにも愚かな故に、これほど簡単にことが運ぶとは思いもよらなんだ!」


孫権「于吉ーー! 許さんぞ!」


于吉「孫策にも及ばない貴様がわしに勝てると思うておるのか?」


孫権「やっぱり兄上は……お前に!」


于吉「儂の術で簡単に殺してやったわ」


孫権「くそぉおおおお!」


 孫権は于吉に殴りかかる。だが于吉は躱し孫権の顔に拳を叩きこんだ。


孫権「いっ痛い……ぐっ血が……血が出てる……」


 孫権は鼻血を出しながら痛みを我慢した。


于吉「孫権。最後に一つだけ教えてやろう。儂がいなくとも呉はいずれ滅ぶ運命だったであろう。それは環境や人材の問題ではない……貴様自信の生きていく姿勢そのものが虚勢と威圧でしかないからだ」


于吉「さて…儂はこれで消える……さらばだ呉の暗君よ……はははははは」


 于吉は黒い霧に包まれ消えた。


孫権「何ということだ……朕の元にはもう誰もいないのか……そうだ……陸遜なら朕を助けてくれる筈!」


孫権「陸遜はどこだ! 陸遜ーー!」


 孫権は陸遜の名を呼ぶ。


呉軍兵士「陸遜様は牢に……」


孫権「朕が牢を開ける! 許してくれ陸遜……朕が愚かであった……」


 孫権は牢獄に向かい走る。


孫権「周瑜と呂蒙を殺したのは于吉……朕は于吉を信じてしまった……これでは将兵は全て、朕が殺した様なものではないか……いや! 朕が悪いのではない! 于吉が悪いのだ! そう! 朕は騙されただけだ! 陸遜がいれば呉は何とかなる筈だ! 陸遜許してくれ! もう一度、朕を助けてくれ! 陸遜ーーー!」


 息を切らしながら孫権は牢獄にたどり着いた。


 だが陸遜の牢の前で孫権は格子を掴み涙を流した。牢の中にいるはずの陸遜は確かにそこにいた。

 

 陸遜は牢の中で首を吊って既にきれていた。


 陸遜の足元に一通の手紙があった……呉軍の全滅……仲間達の死……于吉が陸遜に書いたものであった。


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